ようこそ転生ヶ池へ
「ここは…?」
「初めまして、リョースケさん。ようこそ『転生ヶ池』へ。この池は、神が魂の救済のために創られた転生の場です」
目の前に浮いていたのは、頭まですっぽりと黒いコートを羽織った、背の高いドクロだった。ドクロは両手に長い鎌を持ち、丁寧に僕に頭を下げてきた。『転生ヶ池』。確かにドクロはそう言った。やった、成功した…!やっぱり、『転生ヶ池』の噂は本当だったんだ!死んで魂だけになった僕は、三日月が浮かぶ池の上で思わずガッツポーズした。
『深夜零時ちょうど、展性ヶ池に飛び込んで死ぬと転生できる』
そんな根も葉もない噂を、真に受けたわけではない。でもどうせ死ぬなら、そんな話に飛びついてみたくもなるもんだ。幼い頃からいじめを受け友だちもできず受験に失敗し失恋を重ね仕事すら見つからず引きこもる家さえ燃えて無くなった僕は、ずっと死に場所を探していた。隣の県の展性…通称「転生」ヶ池の噂を聞きつけたのは、そんな時だ。気がつくと何かに引き寄せられるように、僕の足はふらふらと池に向かっていた。
「あなたは…」
「私は天使です。ここ『転生ヶ池』の案内人を務めています」
「天使…!」
真っ暗な空の下で、どう見ても死神にしか見えないドクロが無機質な表情で僕を覗き込んだ。眼球のところにぽっかりと穴が空いていて、その中の真っ黒な闇を見ていると、思わず吸い込まれそうになる。僕は肩を震わせた。
「じゃあ、逝きましょうか」
「行くってどこへ…」
「そりゃあ、あの世ですよ」
「ちょ…ちょっと待ってください。この池って、その…転生の場じゃないんですか?」
「転生?ああそうだ…忘れてた」
僕の言葉に、先を急ごうとするドクロはピタリと止まった。僕は胸を撫で下ろした。なけなしの命一個かけて飛び込んだんだから、肝心なことを忘れてもらっては困る。
「ここに来たということは…つまり貴方も、転生したかったんですか?」
「ええ、まあ」
「どうして?」
「だって、僕、16年間不幸続きだったし…運良く異世界に転生して勇者にでもなったら、人生変わるんじゃないかなーって…」
「自分の人生に未練はないの?」
「ええ…あんまり」
僕は頷いた。もはや碌に飯も買えないこんな人生に、一体何の未練があるというのだろう。何度頭を捻っても、自分に誇れるものなんて何も思い浮かばなかった。ドクロが僕の話を聞いて笑い出した。
「なるほど、それでこの池に飛び込んだんだ。たまにいるんだよなあ、噂話を信じちゃう人って…」
「え!?嘘だったんですか!?」
僕は危うく死んでしまうんじゃないかってくらい度肝を抜かれた。これじゃ死に損だ。ドクロはまだ笑いながら、横に首を振った。
「いえいえ、本当ですよ。転生ヶ池に飛び込めば、ちゃんと転生できます。この池は神が魂の救済のために創られたのです」
「じゃ、じゃあ…!」
「違うんですよ。見てください…」
「え?」
ドクロが指差した先…暗闇に目を凝らすと、僕がさっき死んだ池の中から、誰かが必死に這い出してきた。
僕だった。
正確に言うと魂が抜けた後の、僕の肉体だった。
「はぁ…ゲホ、ゴホ…!生きてる…!?いや…この体は!?目が、目が見えるぞ!それに、手が動く!足も…!は、ハハハ…ハハハハハハ!!やった!俺は生まれかわったんだ!!」
僕の体が、僕の意思とは関係なく勝手に岸辺でガッツポーズしている。死んで魂だけになり、空から自分勝手に動く自分を見るのは、何とも妙な気分だった。
「あれは…?」
「この池はね、貴方が転生するんじゃないんですよ。どこか違う世界の報われない魂が、貴方に転生するんです」
「僕に…?」
「まあ彼なら、ずっと肉体を持て余してた貴方より、立派に残りの命を有効活用してくれるんじゃないですか?さあ、逝きましょう。命を投げ捨てた貴方はこちらです…」
その言葉に、僕はドクロを見上げた。夜空に浮かぶ長い鎌の先端が、三日月みたいにキラリと光った。