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大乱戦となり:第七日(3)

方形魔法陣(スクエア)ー」

 駆けつけたレディに、ポーチェがこの期に及んでいまだ緊迫感のない口調で告げた。再び展示台を蹴りつけながら。

「床を引っぺがしたらしいってツクモが言ってたでしょー。たぶん新しい床石の裏に陣を描いて、それを〈魔術品〉で安定させてるのー」

 レディは顔を巡らせる。方形広場(スクエア)の境界として、四隅、東西を結ぶ線の中点に世界中からの逸品があった。

 諍いの〈呪式〉が施されている黄金林檎。選ばれた〈魔法騎士〉の名のみが浮かび上がる真鍮円卓。北の伝説的〈魔術鍛冶〉の作とされる銀と白鳥の羽毛で編まれた〈魔翼〉。植民地から運ばれ〈妖糸〉で織られた東方式〈魔法陣〉。翠緑玉(エメラルド)小板(タブレット)に彫られた〈魔術文書〉――。

 前日に急遽、配置変更をしたのは、〈賢者の石〉を展示するためだけではなかった――そして、おそらくポーチェはツクモからの説明と実物から見抜いた――のだと悟る。

「それで? 蹴っ飛ばせばいいのかしら?」

 眼前の展示台――解説板に自然と目が向いたのは、シスルの町の温室でのツクモを思い出したから――北方王国の出品。剣――暴竜を斬った――異民族との戦いに使用された重厚な〈魔剣〉――さっきの予想通り――を足蹴にしているポーチェ。ひとまず横から真似る。

「動かしたいのー」

「どこへ? 運ぶの?」

「向きを逆にしたいだけー」

「そんな単純なことで?」

 レディは驚き戸惑いつつも、「任せて」と大きく頷く。展示台の上で剣を支える枠へ手を伸ばした。ポーチェには大きく重いかもしれないが。

(わたくしなら――)

「ダメ!」

「えっ?」

 制止――それから衝撃――鞭で払いのけられたのかと思うほどの。

「痛っ!」

 レディは堪らず声をあげながらも、思い当たる。メドウズ伯の館で、ポーチェが似た目に遭っていたことを。

「なかなか手厳しい拒絶ですこと」

「〈術者〉か〈許された者〉じゃないと触れないよー」

「よく分かりましたわ」

 館の隠し扉が開いたのも、おそらくレディが〈許された者〉だからだろう。伯爵の娘だというポーチェの限りなく確信に近い推測に、やっと納得がいった気がする。

「でしたら――」

 レディは太ももまで露わになるのも構わず、足を振り上げた。

「蹴っ飛ばすしかありませんわね!」

 より力を込めて展示台に――今度は角へ狙いを定め――蹴りを入れた。

 重い。

 魔法陣を簡単に崩されるわけにはいかないのだから、なにか錘になるものを仕込んでるに違いない――が、それでもひと蹴りごとに、わずかずつながらも向きをずらしていく。

「ジェームス!」

〈魔法卿〉の苛立った叫びが聞こえてくる。まだ、こちらまで〈消滅〉させるほどの力は発現していないらしい。ポーチェも、そこまでわかっているからこそ手を――実際は足だが――出しているのだろう。

「あら。筋肉自慢さんは、ジェームスと仰るのね」

 レディは一種の感慨を込めて呟く――あの〈魔人〉にさえ「名前」があるというのに!

 素早く視線を走らせる――ツクモの背中が見え――対峙する〈魔人〉が瓦礫の中で身を撓め――身の裡に力を蓄え――その、一瞬後。

 爆発的な脚力を解放。

 驚異の跳躍力で展示物を一気に越え――もはや飛来。

「逃げて!」

 レディは、周囲に目もくれないポーチェの腕を強引にとって庇いながら、展示物の陰へと回り込む。展示物が魔法陣の一部なら、迂闊に手出しはできまい、と咄嗟の判断――正解。着地した〈魔人〉が盛大な舌打ち。

 その、背後。

 音もなく――牙を剥く――東の果てから来た()〈暗殺者〉が。


                      ◆


 ツクモ――〈魔人〉と同時に跳んだ。

 肘の手斧――肉の隆起の上で白髪を振り乱す後頭部へ。

 叩き込む。手応えあり。頭蓋を割った。〈魔人〉の膝が折れる。腰が落ちる。辛うじて床に手は付かず――矜持か。すぐに蒸気――あるいは白煙が、傷口から立ち上る。回復の兆し。

「眠ってろ!」

 横へ回って、こめかみへ再度の肘。水平に一閃。めり込む――が、そこまで。異形の首は微動だにせず。耐えた――シスルの町で似た攻撃は経験済みということか――右。颶風――〈魔人〉の左手。ツクモは仰け反り、躱――指先が。服に引っ――ボタンが弾け――襟元を掴まれる、体が左へ振られる――壁――いや、〈魔人〉の右拳。強引に後ろへ跳ぶ――服が裂けた。鼻先に暴風が吹き過ぎていく。手首――と、呼ぶにはあまりに太いが――掴む。捻る。投げる。受け身など取らせない。頭から直下――床石へ。

「うがあっ!」

 異形による獣の咆哮。腕をふりほどかれた。さすがに、力では太刀打ちできない。

「ぬああっ!」

〈魔人〉が起きあがりざまに突き上げてきた拳の軌道を、ツクモは膝の一撃でそらす。掴む――また手首。捻る。投げる。直下。蒸気機関を彷彿とさせる上下運動。

 ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。

 異音――軋み。〈魔人〉の奥歯。ふりほどく。立ち上がる。距離を――警戒。なぜ投げ飛ばされてしまうのか、理解できていない顔つき。

「〈魔術〉みたいだろ?」

 ツクモはするすると〈魔人〉へと間合いを詰め――ようとして、後方へ飛び退いた。

 逃げ遅れた影を砕く棍棒の襲撃。〈組織〉の刺客――〈魔人〉が隙を衝きレディたちの方へ跳躍――直後に、その足へ伸びてくる一撃――洋杖――平衡を崩した〈魔人〉がたちまち床へ。片足があらぬ向きに屈曲。立てず――またしても――転ぶ。追撃を逃れようとあえて転倒をつづけ、広場東辺――主の立つ演壇を見上げる位置へ。

「しっかりしてくれ。生徒が逃げ出してるぞ」

刺客(かれら)の教育を引き受けたつもりはない」

 苦言を呈すツクモに並んだ〈教授〉が、憤然と杖をふるった。棍棒を交差させた刺客に受け止められたが、まるで意に介さず振り抜く――刺客の体が浮き、高々と展示物の向こう側へと吹き飛ばす。

「ふむ。六点だ」

 満足げに髭を撫でる。おそらく伝統球技のことだろう、とツクモは辛うじて推測。

「さて。次に飛ばされたいのは誰かね? なんなら広場の中に投げ込んでやってもいいが?」

 獲物を品定めする猛禽の目で、〈教授〉が他の刺客たち――四名まで減らされていた――を見回した。踏み込んでこないのは、攻めあぐねているせいか。

 底の知れない男だな――。

 ツクモは内心、舌を巻く。刺客たちも、決して弱くない。少なくとも、これまで相手にしてきたごろつき(・・・・)どもとは格が違う。それを寄せ付けず、しかも同時に複数の相手をして余裕まであるとは。

 その〈教授〉が、杖を握り直す。

「ところで、君が彼らの知り合いだと見込んで、ひとつ訊きたいことがあるのだが」

「なんだ?」

頭目(ボス)――指揮官(コマンダー)――ようするに、この黒づくめの戦士(ソルジャー)たちに命令を出す者はここにいるかね?」

 いる――。

 ツクモは即答しかけて、その無意味さに言葉を飲み込んだ。代わりに、別の言葉を。

「姿は見せない」

 いつだってそうだ。奴らは背後で糸を引く。操る。表へ出るのは実行部隊のみ。たとえこの場で、〈教授〉の杖に全員が撲殺されようとも。

 それに――。

「頭を潰そうなんて考えるのは無駄だぞ。与えられた命令は遂行する。そういう〈組織〉だ」

 与えられた命令を阻止できるのは、「止め」という命令を与えられたときか、負傷が大きく勝てないと判断したときだけだ。

 膝をついていた〈魔人〉が、立ち上がった。折られた足が回復したのだろう。

 早いな――。

 治癒力を上げているのかもしれない。追い打ちをかけておきたかったが、刺客たちとの無言の牽制で機を逸した。迂闊に動けないのは、こちらも同じだ。

「地道に叩くしかなさそうだな。お嬢さんがたが結果を出すまでは」

 手の内で握り(ハンドル)を転がす〈教授〉の言葉に、ツクモは背後の気配を窺う。

 蹴り、蹴り、蹴り、蹴り。大小大小と音が交互に響いてくる。その規則正しさ――作業への没頭ぶり――が、命を預けている者への信頼を物語っている。

 そして、それが深まるほどに焦燥に駆られる男がいた。

「ジェームスッッッ!」

 号砲。戦闘再開。


                      ◆


 レディ――また〈魔法卿〉の叫びを聞いた気がした。

 もう目を向けることさえしない。ひたすら、展示台を蹴る。蹴りつけた。周囲で殺伐とした空気が荒れ狂っていたが、これも無視。

「どいてっ」

 ポーチェを脇へ押しやった。蹴り――三連発。とどめに、もう一発。

 反転、完了。

「どうっ?」

 ポーチェを、そして展示を見回す――変化なし。拍子抜けする。

「今度はあっちー」

 ポーチェが広場北辺の真ん中――真鍮円卓の展示――を指さす。途端に〈魔法卿〉の激烈な叫び。

「ジェームスっ! なにをしているっ!」

 苛立ちは、ポーチェの判断の正しさを反証していた。

「ちょっと!」

 感心する間もなく、歩き出したポーチェの進路に慌てふためく。

「そっちは――」

 たしかに指し示した方向――方形広場(スクエア)を挟んだ反対側――に近い。

 しかし。

〈魔法卿〉のいる演壇の前――いつの間にか移動していたツクモと〈教授〉と〈魔人〉と四人の刺客――入り乱れる真っ只中ではないか!

「危ないっ!」

 ポーチェを引き戻そうと手を伸ばしたが、逆に掴まれ、導かれる形で自分も踏み込んでしまう。

「遠回りすれば〈魔人〉が来るよー」

 つかつかと、市場を行く足取りでポーチェが言う。

「逃げられないー」

 その理屈はレディにもわかる。自分たちが遠回りを選択し、混戦から離れる。それを見た〈魔人〉が、ついさっき見せた脚力で跳べば、いかに素早いツクモでも追いつくのは容易ではない。丸腰で守る者のいない二人を、あの怪力で捻り潰すのは一瞬だろう。

 ここはあえて危地に挑むほうが、ツクモにとって守りやすく、したがって正しい選択となる。

「だからって――」

 それ以上、言葉にならない。

(ど真ん中を通り抜けることはないでしょう!)

 乱戦の狭間を歩く。拳、足、刃、杖、耳元で大気を裂いて飛び交うのは、東洋風の短剣か。

 いずれにせよ――そして、不思議なことに――そのすべてがポーチェの行く手を阻むことはなかった。春の嵐のさなか、ぽっかりと空いた晴れ間。あるいは、黒い雨雲から射す梯子の光。

 平穏。静謐。皮膜の向こうで繰り広げられる血戦との落差に、息をのむ。目を見張る。一切の音さえも消えた錯覚に陥り――それを、ポーチェが破った。

「触るなっ!」

 裂帛。初めて聞く鋭い声音――駆け出す。

 手を引かれたままのレディは、蹴りつづけて半ば壊れた靴で、つんのめりながら後を追う。

 紳士たちがいた。北東隅の展示台――あれは北方の〈魔翼〉だったか――に手を掛けている。どうやら、見よう見まねで反転させようとしているらしい。

「離れろっ」

 細い腕を払う。語気以上に鋭く。荒っぽく。その一点をとっても、危険が切迫していると告げていた。

 しかし、届かない。聞こえてはいるだろうが、数人がかりでいることを恃んでいるらしい。一気に動かしてしまおうと腰を屈めている。

「やはり、こと〈魔術〉に関しては、年の長幼は関係ないようだ……そこの紳士諸兄」

〈魔法卿〉が、ポーチェの動きに対する焦りとはうってかわって悠然と、展示台にとりつく紳士たちに呼びかける。

「そこはもう、連携済みだ」

 酷薄な笑み――宣告。周囲に浮遊する球体をひとつ、指先で弾く。

 蜂の羽音――紳士たちの頭上。現れたのは蜂ではなく、赤い明滅体――子供の拳ほど――逆三角錐。回転――「なんだこれはっ!」――おののきの叫びが、地上に遺した最後の痕跡――〈消滅〉。

 消え失せた紳士たちに倣って――その紳士たちもポーチェに倣ったわけだが――他の展示品を反転させようとしていた他の人々が、一散に逃げ去る。

「最初に言ったはずだが? 展示品にはお手を触れないように、と」

 逃げまどう人々の姿を式壇の高みから睥睨し、気取った笑みを湛えていた〈魔法卿〉が、しかし次の瞬間、怒りの形相を作った。

 睨みつける先には、赤毛。

 できることなら、その血走った両目で射殺したいのだろう。

 ポーチェが手を――正確には足だが――つけた展示台は、さっき示した通り北辺の中央。真鍮円卓――帝国の至宝。だが、一片の躊躇いもなく蹴りを入れつづける。頭上に逆三角錐は――現れない。

 ただ手を――足を――貸すだけしかできないレディに、その原理は把握できなかったが、ともかくもポーチェの選択がでたらめではないことは確かなようだ。

「〈魔術〉って、もうちょっとこう……いっぺんに……なめらか(スマート)に」

 レディは、淑女らしい言葉を選ぶ余裕もない。

「ぶわ、ってなるものじゃなくて? ぶわって」

 半ば抗議口調でこぼすと、ポーチェが頷いた。

ちゃんとした(・・・・・・)〈魔術〉なら一度に発動するよー。力が偏在――むらがあるのー。詰めが甘いのは〈魔術〉もだねー。制御しきれていない証拠ー」

 チープチープチープ! と、最後に鋭く早口で吐き捨て、蹴り足をしばし宙に止める。

「『完成させた』? これで?」

 聞く者を凍えさせる憤り。真冬の首都のほうが、まだ暖かく感じられそうだ。

「効率を無視した水晶宮の単純結界化。能力不足を補うための操作系の具現化。発動遅延を解消できないから制御までの擬装。一つずつしか連携できない非並列思考。世界の至宝を使って、やってることは見かけを取り繕うことばっかりで、しかも本来の〈消滅〉は――」

 がっがっ、と怒りにまみれた蹴りが再開。

「賢者の、石を、使って、おいて、この、体、たらく、なんだ、から、そも、そも、まだ、制御、できない、もの、なのっ!」

 苛立ちをぶつけているのか、展示台を動かそうとしているのか。もしくは、その両方か。

「だか、ら、すり、替え、ても、すり、替え、なく、ても、結果、は、おな、じっ」

 また、足が止まる。出発前に結った赤毛はほつれ――すでに帽子は捨てている――汗の浮いた額に張りついていた。肩で息をしながら、傍らのレディを見上げる。

「あなたのせいじゃない。あの消失事件は」

「そうなのね――」

 安堵の呟きを洩らした途端に目の前が暗くなりかけ、レディは慌てて蹴り足に集中。なんとか意識を繋ぎ止める。

「よ……よかった……」

 視界が滲む。咄嗟に俯く。雫が、振り上げた足を濡らす。

 死のう。

 と、思った――贋作屋で自分の正体を知り、安宿で独りになったときだ。実際、〈魔弾〉の銃を握りしめ、こめかみに当てるところまでやった――そこへ〈組織〉の刺客。

 変装をすぐに見抜けたのは、瞳の色がツクモと同じだったから。思わず銃口を向け――躱され、〈魔弾〉は板窓を吹き飛ばし――そこからツクモの傷だらけの顔を見るまで、記憶は飛んで――。

(あの状況で、鞄の中から銃を取り出して応戦するなんて)

 自分には無理な話だ――にもかかわらずツクモは、説明をあっさりと無条件で信じてくれた。それこそが、レディ・パピヨンに相応しいと思ったからだろう。

 あの瞬間。


 生きてみせる!


 決意を固めたのだ。まだ絶望するには早い、と――。

 喜びに浸っていられたのはそこまで。

 疲労――この一週間分の蓄積に加えて、どっと五体にのしかかってきた。足が重い。息が切れる。力が入らない。とうとう狙いも外した。平衡を崩す。よろめく。膝が折れる。

 転ぶ――寸前で、背後から支えられた。

 ツクモ――と、思ったがまだ奮戦中。支える手は柔らかく、たおやか。手袋をしている――大人の女性。

 レディは振り返り、思わず声をあげた。

「へ、陛下っ?」

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