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帝国図書館へ:第六日(7)

 帝国博物館付属図書室――そこが、ツクモの目的地だった。もちろん、調べるために来た。〈的〉について、その国、その身分に合わせて探る方法も、〈術〉のひとつだ。〈組織〉からの説明だけでは足りないことや、長期間単独潜伏するときもあるからだ。

 メドウズ伯エルネスト・ヴァレリアン――チラシには「(ザ・レイト)」とあるから、すでに亡くなっていることは不慣れな東洋人にも分かる。

 より詳細を、さほど手間をかけずに――なにしろ、帝国(このくに)には「貴族名鑑」なる便利なものがある。廉価版から特装版まで幾種類も出版されており――閲覧には年間利用証が必要だが、ねぐらから持ち出してきた偽造証を使えば済む――最新版を読むことができた。

「ジサツ……」

 名前の直後にある略歴に目を通し、呟きを洩らす――貿易投資の失敗により破産。その後、自殺。

 破産が八年前。自殺が二年前のことだ。

 貴族が大きな借金を抱えていたり、破産したりというのは珍しくない。その点は故国よりも厳しいとツクモは教えられていた。ただし救済措置も多いし、貴族同士の援助もある。商売で自殺にまで追い込まれるというのは、よほどのことではないか。

 新聞――。

 名鑑の説明では簡潔すぎた。爵位と、所有の土地が一致しているので、そのメドウズ地方の新聞をあたりたいところだが――これは収蔵されていないと司書がいう。

 首都で発行されている新聞で我慢することにした。没年は月日まで年鑑に記載されていたので、その前後の新聞を運んできてもらう――博物館の本はすべて閉架式だ。貸し出し台で頼んだものを、司書が揃えて席まで運ぶ仕組みだった。

 目の前に重なった新聞から、目指す記事は拍子抜けするほど呆気なく見つかった――自殺の翌日。首都記者の早耳に、このときばかりは感謝だ。

 メドウズ伯が投資したのは、東洋との貿易会社だった。ところが、船の難破により荷は届かず、会社は一夜にして消え失せ、さらには保険も入っていない――正確には入っていたが偽造だった――ことが判明。すべての負債――八万金貨を超える巨額――が伯爵の両肩にのしかかった。

 他の貴族たちの支援は――なし。

 彼は良く言えば極めてお人好しでおおらかな――記事には「おめでたい(シリー)」と書かれていたが――前近代的な貴族だった。〈科学則〉と〈魔法則〉を統合して考える〈融合論〉――これも「世界は重ね合わせ」と考える〈重層論〉から見て時代遅れ――らしい。〈魔術〉に疎いツクモにはどちらでも良いことだった――の支持者で、王立技術協会の〈科学〉と〈魔術〉両系統へ多くの援助をしていた。

 早い話が財布扱いか――。

 見込みの薄い計画にも借金をしてまで手を貸し、そもそも負債があったのだ。にもかかわらず、まともな検討もなく、うかうかと東洋貿易の契約書に署名してしまった。中世の昔ならともかく、この時代、しかもこの貿易大国では、あまりに迂闊すぎる。

 おまけに工業化の遅れていた南部の貴族とあって、誰もが支援に躊躇してしまった。この二の足を踏んだわずかな時間が、これまでの債権者たちを焦らせたらしい。早めに回収しておこうと殺到――一種の取り付け騒ぎとなった。

 それでも伯爵という肩書きは絶大だ。財産をあらかた処分することで、債務は完済できたのだから。

 しかし、前時代的性格の者にとって、金策と債権者代理人との交渉は慣れない日々だったのだろう。最後まで大事にしていた収集品(コレクション)――鍵と錠前の骨董品だと記事にある――さえも売りに出されてしまった。

 収集品か――。

 ツクモは文章を辿る目を止めた。これが、おそらく〈賢者の石〉――鍵と錠前の収集品の中にまぎれこませていたのだろう。ここで肝心なのは「売りに出された」ということだ。処分のために競売にでも掛けられたか。ともかく。

〈魔法卿〉は、正当な手段で〈賢者の石〉を手に入れている。

 ほぼ間違いないと思えた。だからこそ、堂々と元メドウズ伯の所有品と謳って万博出品を告知しているのだ。それはまた、メドウズ伯を――レディの父を――詐欺にかけた犯人ではない、とも言える。〈賢者の石〉を得るのに、わざわざ破産させる必要はないのだから。

 むしろ当時の〈魔法卿〉は、王立技術協会〈魔術〉系の長年の支援者が金策に困り果て窮地に陥っているのを、わずかながらでも救おうとしていたとさえ考えられる。

 じゃあ、誰がメドウズ伯を――。

 記事に戻る。〈賢者の石〉を失った伯爵は、おそらく疲労と失意で体を壊し、心を病み――自殺。夫人はすでに亡く、わずかに遺された土地・建物に関しては男系相続の手続きがなされており、現在南洋植民地に住む遠戚の所有として――。

 ツクモは新聞を閉じた。

 読むに耐えなかった――わけではなく。

 長居しすぎたか――。

 逆方向(・・・)を探る。目が合った――二人組の若者。壁際。聳える書架。吹き抜け二階の窓から薄絹の日除けを通して淡い光が射している。その真下――長方形の建物をぐるりと巡る二階書架の通路が、陰を濃くしているところ。

 視線を戻す(・・)――初めに気配を察した方向――壁際。同じく聳える書架。一人の若者。

 みな揃って早足――互いに目配せ。唇が動く。声なき声。読唇。

 シ。

 たった一音。「始」そして、「死」

 左右の動きがいよいよ殺気を伴う。

 ツクモは、さりげなく席を立った。閲覧机の島にすがる人の背と頭が、何列も見渡せる。足音を殺し、椅子の谷間をすり抜けていく。本を読む者、手紙をしたためている者、頬杖をついて居眠りする者、そのほか席についている者たちに、ほとんど悟らせない動きだった。

 中央通路へ。奥に貸し出し申請台。反対は出入り口――常時お湯を使えることがご自慢の――洗面所が、出てすぐにあるのだが。

 当然か――。

 一人、立っている。塞がれた。この図書室の弱点は袋小路になっているところだ。

 上――採光ガラスを割って外へ出るには、吹き抜け二階の書架用廊下へと上る必要がある。使えるのは司書のみ。貸し出し申請台の後ろ。

 ツクモは、出入り口に背を向けた。

 自然、貸し出し台へと歩く形。借り出していた新聞の返却にいく若い東洋人――傍目にはそうとしか映らず――たしかに新聞は返却――が。

 そのまま淀みなく、ツクモの体は曲芸師の軽やかさで台を飛び越えていた。

「うわっ」

 ツクモの突然の行動に、司書の男が太い悲鳴をあげて身を屈める。室内の視線が集中――台上にあった本が勝手に閉じる――〈魔術〉の施された稀覯書――おそらく司書の男が咄嗟に「きっかけ」を発動させた――本の森――ページを捲る葉擦れの音ばかりの図書室に、それらが鴉の声よりも耳障りに響く。

 ツクモは二階書架への階段を――素通り。その下の扉に。壁の書架にない本や〈魔術書〉などを収める書庫への道。

 腰を抜かしたまま浴びせる司書の罵声を振り切って、開ける。書庫から戻ってきた別の司書と出会い頭に――躱す。相手が仰け反る。危うい均衡で抱えていた本の塔が雪崩。廊下へ散乱。呆然――すぐに憤然。

 謝罪を示すツクモの身ぶりは半ば通じず――故国のやり方だ――鼻先に立てた自分の掌を見つめるも、戸惑う暇はなく――身を翻して廊下を走る。

「書庫」と金属板の貼られた扉の前を通過。背後に気配を感じながら、より明るい方へ。

 出た。

 建設現場――巨大な円形。天蓋は半球状。

 首都の読書好きには、早くも話題になっている新しい図書室だ。

 大工や石工などの作業員が、組まれた足場を行き来している。突如、飛び込んできたツクモに気づいた者もいたが、その広さゆえに大半は作業に没頭。

 森閑としていた先の図書室内と違い、鑿や金槌の音も絶えず鳴り響いていた。

 これなら騒ぎを拡大せずに抜けられる――と一瞬でも頭をよぎったのは、やはり〈暗殺者〉としての読みが鈍っているためか。

 中央部まで来たところで、行く手を阻もうと現れた影に気づいた。旧図書室の入り口にいた男――外から先回りしたらしい。上着の後ろへ手を回し、鉄製の棍棒を両手に握る。

 ああ――。

 ツクモは、やっと思い出した。支部で叩きのめした若いのだ。

 今の今まで忘れられていたことを、棍棒使いも察したのだろう。〈封〉のために露わな怒りは見せないまでも、帽子を飛ばして猛然と迫る姿には、腹の底で煮えたぎる感情が原動力になっていることを物語っていた。

 背後――追っ手が複数。

 左右――木材、石材、土、砂、煉瓦、荷車、一輪車、その他もろもろの道具類。

 前――一人。

 選択は必然。手を伸ばし――右手。金槌(ハンマー)。もう一方――左官の(トラウェル)

 走り込む勢いのまま、横合いからの棍棒。受ける――鏝で。角材などで応戦していれば、間違いなく折られていた。

 弾く――腹を狙ってきた棍棒を金槌で。火花。つづけて、もう一撃。金槌。鏝。金槌。鏝。火花が咲き乱れる。

 工事が止まる。声が飛び交う。なんだアイツら。喧嘩か。妙だぞ。警官だ。誰か警官を呼んでこい。人が集まる。背後の追っ手が二の足を踏む。

「おいっ。てめえら!」

 文字通り戦いの火花を散らす二人に、とりわけ屈強な体格の大工たちが寄ってくる。丸太の腕。樽の胸板。ツクモたち東洋人よりもはるかに丈が高く、力ずくで従わせる自信を漲らせ――そのうちの一人が割って入ろうと――差し込まれた腕――障害物――躊躇なく棍棒が叩き折る――寸前。

 止めた――鏝。辛うじて。

 冷たい眼差しがツクモを刺し、雨の城址が脳裏をよぎる――受け止めた。辛うじて。

 同時に放つ。交錯した腕の下――陰――金槌。

「ぐっ」

 棍棒使いの呻き。視線が落ちる――反射。無意識。激痛の源――金槌は的確に靴の上から足を親指を潰していた。視認――ほんの微かな時。脈が一拍を刻むていど。

 ツクモには、それで十分だった。

 空いた手で腕をとり、捻る。抵抗――重心をずらす(・・・)――投げ。

〈魔人〉より軽いぶん、鋭く飛んだ。いつしか組み上がっていた職人たちの人垣へ水平にぶつかる――空隙が生じる。

 ツクモは見逃さない。飛び込み、捕らえようと伸びてくる無数の手をかいくぐり、すり抜けていく。

 あっちだそっちだと怒号が飛び交い、逃げたぞ、捕まえろと騒ぎは燎原の火となり、馬鹿野郎、助けてくれと罵詈雑言と悲鳴が混沌とし――。

 ツクモとその追っ手たちは、双方とも――このときだけは息を合わせて――姿をくらませていた。

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