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続・大監獄へ:第六日(6)

 大監獄の地下独房から地上へ――レディはスカートを摘んで裾を持ち上げ、濡れた石段を用心深く上がり、陽の下へと出た。

 ここで小休止――とするにはほど遠い雰囲気。

 昼間は牢から出してもらえる軽微犯の男たちが、狭い中庭――雑草のはびこる余地もないほどに踏み固められた地面――を囲む壁に揃って張りついている。

 咳払いさえない。目を伏せ、ただひたすら嵐が過ぎ去るのを待つ案山子だった。

 悠然と中央へ進み出た〈教授〉が、おもむろに杖を真下へと突く。足元に転がっていた拳大の石が粉砕される――許可。

「この中で、先日の夜中の光を知る者は?」

 すぐさま、ほとんどの囚人の手があがった。

「ふむ。では、その中で、自分が誰だか分からないという者は?」

 今度は一斉に――事情を知らないため、奇妙な問いに訝りつつも――手がおろされる。

「光の正体を見た者は?」

 手は上がらず――当然だ。みな牢に入っていたはずだし、建物の中庭に面した側は回廊状になっている。窓はなく、天井近くに明かり取り小さな穴があるのみ。中庭を覗くことなどできない構造になっていた。

「どうかね?」

〈教授〉がレディを振り返る。

「できるか?」という意味だ。

 囚人たちの視線にたじろがないで立つだけでも、かなりの度胸試しだったが――ここは強気に確認しなければなるまい。

 レディは帽子を外し、ぐるりと周囲を見回した。〈教授〉を促す。

「こちらの淑女(レディ)を知っている幸運な男は?」

 首実検。

 復路の汽車内で決めた。覚え書きの紙片には、ほんの数度だけ裏稼業の男を臨時に雇って行動したことが記されていたからだ。夫婦者を装わなければ入り込めない場所があったらしい。そうでなくとも、どこかで顔を合わせた者が服役しているかもしれなかった。

 もし名乗り出れば、同時に泥棒としての自分を嫌でも思い知ることになるぞ――ツクモの懸念――レディは、もちろん承知のうえだった。

「受けて立ちますわ」

 凛然と宣言――覚悟の眼差し。

 天の配剤が、それに応じた。

 一人――まだ若く、顔つきだけなら好青年――が、おずおずと手を挙げたのだ。

「昨年の暮れ頃、ジェシー――そう名乗っておられた、そちらの若いご婦人に雇われました」

 ジェシーというのは偽名だろう――どの紙片に書いてあったか。ポーチェなら覚えているのだが確認する暇はなく――レディは努めて冷静に、知ってることをすべて話すよう促す。

「雇われたのは酒場です。ケチな仕事を――まあ、その、手紙詐欺なんですが――してるもので、いっつも金欠で。店主に叩き出されて蹴飛ばされてたところを、そこの彼女が払ってくれたんです。で、代わりに『仕事』を手伝えと。内容ですか? 彼女の夫として〈魔法使いの島〉で開催される会議に――そうです。〈魔術師〉の。まあ仕事柄、変装やら成りすましは得意でして……会議の様子……ですか? あいにく〈魔術〉には詳しくないもので、ほとんど内容は分からずじまいで……」

 杖のひと突き。地面の石が砕ける。若い男が、文字通り跳ねながら身を竦ませた。

「はい! 思い出します! え、ええと……そう! 会議の後の懇親会で、〈魔法卿〉ジョン・ヘンベインに近づくよう言われました。それから……そうだ。彼ら、〈科学卿〉の話をしていたんです。あの生意気な青二才が成り上がったのは、お前の国の――あ、海むこうのひらめ王の国のことで――強欲商人が金を出したからだ、とかなんとか。けれども、その出資した会社は、もう潰れてしまったそうで」

 話を端折ろうとする青年を、レディは制止する。

「そこ。もう少し詳しく思い出せませんか?」

「詳しくですか? なんだったかな……まったく名も知れない商人の会社だったそうで。それなのにポンとおよそ八万金貨を出資したので――金額ですか? これは間違いありません。僕、お金のことに関しては記憶力がいいんですよ。仕事柄ね。それで大金だったから注目を集めたけど、すぐに倒産してしまったという話だったと。そうだ……思い出した。そうしたら急に〈魔法卿〉がしつこく訊ね始めたんですよ。そこの経営者はどうしたんだとか、なんだかんだと、そんなことを」

 大金もさることながら、その話に〈魔法卿〉が食いついたという部分に、レディは注目――思わず傍らを見上げ――〈教授〉が点頭――同じ考えらしい。一方で、青年が気づかずに話しつづける。

「でも結局、煙たがられて話の輪が崩れてしまったんです。あとはもう、なんというか浮世離れした話ばかりで、あれじゃあ〈魔術〉も廃れるな、という感想以外は私にはさっぱり」

「ふむ。それで? 話はそれだけか?」

〈教授〉の鋭い視線に、青年が狼狽える。しかし、注がれる威圧から逃げも隠れも、ましてや眼前で隠しごとなど不可能と賢明にも悟ったのだろう。

「夜、彼女を……その、誘ったのですが……平手打ちを食らいました。三発」

 告白に、笑いを堪える気配がじわじわと広がり――すかさず石が粉砕――瞬時に中庭へ舞い戻る緊張。静謐。

「他には?」

「いえ、もう……彼女とはそれっきりでして。〈教授〉にゆかりのある方と存じ上げていれば、あんなはしたない真似は決して――」

「分かった」

 跪きかねない哀願調で訴える青年を問答無用で黙らせ、〈教授〉が目を移す。

 ポーチェが、これまでとは見違える熱心さで地面を探っていた。もう、ずいぶんと離れて、中庭の外れに近い。なにかを辿っているらしく、ひたすら歩き回っていた。機嫌が良いのか、「チープ、チープ」と鼻歌のように呟いている。進路に囚人がいてもお構いなし――むしろ囚人のほうが逃げていく。

「お嬢ちゃんは、なにか訊いておきたいことはあるかね?」

「当日、風はあったー?」

 スカートが汚れるのも気にせず膝をついいたポーチェが、ひとつまみの砂を地面へこぼす。

 ほとんどなかった、というのが囚人たちの一致した答えだった。

「おそらく、ここが現場。砂を使って〈魔法陣〉(アレ)を描いてる。性質上、制御は一瞬でいいから安定性は考えなかったみたい。発動した衝撃で吹き飛んだり、あとで踏み荒らされたりして、証拠が残らないようにするのを優先したんだねー」

 その、残らないように工作された証拠とやらを見つけたのだから、ポーチェの観察力と執念もたいしたものだ。レディは、その日、何度目かの――もう数えるのも面倒だった――感嘆を洩らす。

「でも、いい加減ですわね。もっと証拠の残りにくい方法はいくらでもあったでしょうに」

「時間がなかったのかも。完全に証拠隠滅する必要はなかったのかも。数日ごまかせば十分だったのかも」

 ほとんど独り言のポーチェへ、〈教授〉が諸手を広げて会話を遮った。

「そのへんの話は、場所を変えてしないかね?」

「あら、失礼」

 レディは口元を押さえる。たしかに、この衆人環視のなかでは不用意だ。ポーチェも提案に異存はないらしく、腰をあげると、さっさと中庭を後にしようと歩き出す。やはり、「チープ、チープ」と小さく節をつけながら。

 帽子をかぶり直して後を追い――ふと、レディは振り向いた。

 囚人――自分をジェシーと呼んだ青年に微笑む。

「ありがとうございました。わたくしのこと、覚えておいてくれて」

 それは皮肉でなく、心からの感謝だった。

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