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花は探り当て:第六日(2)

 部屋を巡る――ドアというドアがすべてないのは、足を踏み入れたときから変わりない。家財道具から壁紙にいたるまで一切なく、ただ埃っぽい空気と足跡だけが残っている。

 寂寥感――というものだろうか。虚ろゆえに、以前あったはずの人の気配をかえって想像する感覚。ツクモは、それをおそらく初めて味わっていた。つい数日前まで〈封〉をされていた者でさえ身の裡に響くのだから、縁者かもしれないというレディには、より芯を揺さぶられるのではないか?

 ちらりと傍らに目をやる――白い横顔が、ゆっくりと部屋の端から端へ。次の部屋、その次の部屋でも。言葉は、ない。

 歩を合わせて付いて回ったツクモにも、かける言葉は見つけられなかった――黙っていたほうが良い気もする。おそらくレディも期待はしていないだろう。

 沈黙がことさら重苦しくならなかったのは、どの部屋も穏やかな――ときに暑いほどの――日差しが差し込み、明るさに満ちていたおかげだ。そのため室内には隠れる陰さえほとんどなかった。

 それと、ポーチェの動きも。

 部屋を覗いて危険がないと見るや、下の階で足跡を探す〈教授〉の苦労などお構いなしに、すたすたと中へ踏み込んで足跡をつけまくる。

 壁を撫で、叩き、ぽかんと口を開けて天井を仰ぎ、同じ場所を何度も行き来し、かと思えば一カ所に立ち止まってじっと床を見つめ、そのうえ突っ伏し耳を当ててレディの顔をしかめさせることもあった――市民消失の町シスルの、崩れた塔の瓦礫を探っていた様子と似ている。

 その、一連の動きが消えたのは最後の部屋に辿り着いたときだ。広く、二面にとった窓からこれまで以上に日が射し込んでいるせいか、淋しげな印象も薄い。

「ないー」

 ポーチェが、ぷうっと頬を膨らませた。

「空っぽね」

 レディは慰め半分に頷く。

「あなたの好きそうな物も、全部、処分されたか盗まれてしまったようですわ」

 嘆息まじりの言葉に、ポーチェがふるふると首を横に振った。

「あるはず。でも見つからない」

「なにがだ?」

 ツクモの問いには答えず、廊下へ出て行ってしまった少女を追う。すでに見て回った一階へ戻るつもりか。さっきまで覗いた部屋には目もくれず、真っ直ぐ階段へ――足を止める。見下ろす先は、ちょうど階段の中ほどにいた〈教授〉――口髭を弓なりにした微笑。

「おや。探険隊のご帰還だ。その様子だと、収穫はなかったのかね?」

 ポーチェの顔つきを窺うが、やはりまったく答えない。じっと〈教授〉の足元――辿っているはずの足跡――を見つめる。

 ツクモは弁護を兼ねて肩を竦めた。〈教授〉も「構わんさ」といった面持ちで首を振る。むしろ、ポーチェの次の動きに興味さえ抱いているらしい。

 その赤毛の少女が、不意に踵を返すなり、階段を上りきった突き当たりの壁を手探りしはじめた。

 白く、なにもない壁――少し目を凝らせば、長方形の跡がわずかな白の濃淡を生み出していることに気づく。おそらく絵が掛かっていたのだろう。上の方には掛け金もある。

「ふむ。その辺りは怪しいかもしれないな」

「ここ……最初から壁紙が貼られていなかったようですわ。てっきり、剥がされたのだとばかり……」

 レディが怪訝な顔で、壁に手を添えて見上げる。

「珍しいのか?」

 ツクモはつられて、なにもない白壁に目を向けた――室内ではないので、おかしいとは言い切れないが、正面から入って最初に目につく場所が装飾されていないのは珍しい。というレディの説明に、思わず息を洩らす。

「異国事情は色々と頭に詰め込まれたが、どうしても付け焼き刃だな。俺の国じゃ壁紙を貼る習慣がないんで気づかなかった」

 ぼやいているうちに、〈教授〉が階段をのぼってきた。足元を見ていない――その必要がなくなったのだろう。ツクモの投げ返した外套に手を通した。

「よく似た靴跡が、いちばん多く階段を上り下りしている」

 レディの傍らに立ち、杖を受け取りながら視線を注ぐ。

「大きさは子供か女性――形と歩幅から推測して若い女性という可能性がいちばん高い。そう……ちょうど君ぐらい(・・・・)の」

「わたくし?」

 レディが訝り、息を詰めた。

「町で噂の幽霊館。でも、定期的に人が来ている様子――」

 壁をこつこつと手の甲で叩きながら、ポーチェが不意に話し始める。茫洋とした口調は影を潜め、はっきりと――しかし誰に聞かせるというわけでもなく、ただただ自分の考えが口をついて出たという様子だった。

 なにか始まったみたいだぞ――。

 ツクモはレディや〈教授〉と目配せを交わす。この少女の突拍子のなさには、さすがに慣れた。すぐに意見が一致していると察し――このまま喋らせよう。

「なんの用で? 金目の物を盗むため? でも、もう荒らされ尽くした後よ。盗る物なんてなにもない。じゃあ、どうして定期的に(・・・・)人が来るの? 本物の幽霊? まさか。酔狂? うん、その可能性はあるね。でも、その類の人が来た形跡は見当たらなかった。落書きも火を使った跡も。この館は、埃と足跡以外とてもきれい(・・・)。なんで? 定期的に来ている人が、とてもとても注意深く大切にしているせい。それじゃ、その人はなんのために来ているの? 分からない。けど……用があるからこそ来ている。でも、使った形跡(あと)はなかったよ? 本当に? 使った形跡が|簡単には見つからない場所・・・・・・・・・・・・にあるとしたら?」

 背後の三人の思惑など知らず――興味さえ見せず――ただ言葉を溢れさせていたポーチェの手が、一カ所で止まる。

 こん――壁の響きが変化していた。

 空洞を示す。ポーチェの肩の高さ。絵の跡の左下隅。爪を立てた――かりかりと引っ掻く。なにかを剥がそうとしているらしい。

 ツクモは腰を屈めて顔を寄せる。壁が四角に――小さめの御札ほどか――填め込み式になっているらしい。隅に穴。一見して虫食いのようだが。

「借りるぞ」

 傍らに来ていたレディの髪留めを一本、結い上げている金髪から抜き取った。歯で先端を曲げ鉤を作る。穴へ――壁が、呆気なく外れた。

 現れたのは――石。壁に埋め込まれている。

「これは……」

「琥珀だな」

 ほつれた髪を押さえるレディと、上から覆い被さる形の〈教授〉――顔が四つも集まって、ささやかな一点を見つめる。

 と――ポーチェが、警戒もなくあっさり手を出した。

「みゃっ!」

 子猫の叫びと極小の雷光が、それぞれポーチェと琥珀から迸る。

 衝撃も、雷撃と喩えるにふさわしいものだったらしい。赤毛の三つ編みを大きく揺らしてよろめき、咄嗟に支えたツクモの手に寄りかかったまま、弾かれた自分の指先を丸い目で凝視。

 それから、満面の笑み。

「痛いー」

 嬉しそうに(・・・・・)呟くと、姿勢を戻すなりレディの手をとる。壁の琥珀へ導く。

「触ってー」

「は? いや、ちょっと! ちょっと待って。それは――」

 レディの慌てぶりも意に介さず、ぐいぐいと押しつけようとする。

「触ってよー」

「遊んでる場合じゃなくってよ」

 レディが叱りつけつつ、ツクモと〈教授〉を交互に振り仰いだ。どうしましょう――助けを求める眼差し。

 ツクモは〈教授〉と顔を見合わせた――一瞬――同意見。揃って手を伸ばし――レディの腕を掴む。

 ポーチェに加勢。

「なんで!」

 レディが、普段のお嬢様口調も忘れて叫んだ――が、もはや抵抗は不可能。壁へ――琥珀へ――ぺたりと掌全面を押しつけられ。目を固くつむる。

 雷――落ちない。

 壁の向こうに微かな振動。

「離れろ」

 ツクモは、ポーチェとレディの腕をとって後ろへ下がらせた。耳は重い音を――つっかえ棒か、錠か、閂か。いずれにせよ、なにかが外れた――捉えていた。真っ白だった壁に、扉ほどの四角い線が入る――いや。

 初めからあったのか――。

 見えるようになったのだ。〈魔術〉の薄紙が一枚剥がれて。

「これ……もしかして〈幻術〉?」

 レディが呆然と呟く目の前を、ごろごろと車の響きとともに壁――すでに扉だが――横滑りしていく。

 その向こうには、慎ましやかな空間。

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