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蝶は心を決め:第五日(5)

 沈黙が安酒場におりた。

 ツクモ、レディ、〈教授〉が三者三様の顔つきでポーチェの言葉を解釈しようと反芻し――真っ先にツクモは放棄。

「もう一度、言ってくれるか?」

「だからー、レディは自分の鍵なのにいらないってー」

「あれは〈魔法卿〉のものだろう?」

「でもー。でもでもー」

 ポーチェが細い体をもどかしそうに揺らす。

「あたしは『取り戻した(リゲイン)』って聞いたよー」

「どこで?」

「故買屋でー。言ってたでしょあのお爺さん。『取り戻したのか』って。レディのこと知ってたみたいだから、泥棒なのも知ってて、だから『盗んだ(スティール)』とは言えなかったんだろうけど、『手に入れた(ゲット)』とも言わなかったよー」

 ツクモは――遣り取りを聞くレディと〈教授〉も――応じる言葉を見つけられず、むなしく口を開閉させた。

 記憶違いってことは――。

 まじまじとポーチェを見つめ、疑念を否定。ポーチェのことだ――あのとき棚の古物に目を奪われていたとはいえ――正しく覚えている。

「そ、それじゃあ――」

 レディが半ば狼狽えながら話を継ぐ。

「わたくしは、自分のものを取り戻すために泥棒をしていたと?」

「さあ?」

「さあ、って。あなた、いま自分で――」

「だって、あたしはレディじゃないもん。どうして、それを泥棒してまで取り戻そうと思ったのかなんて分からないよ。でも、『これまでの事実から推察すると、そう考えるほか』ないでしょ」

 レディの言葉を拝借し、むしろ、そう考えないほうがどうかしていると言いたげな口調だ。

「〈賢者の石〉は、この告知にもあるとおり秘宝だよー。だから、すぐに足が付いちゃう。いくらなんでも、そんな危険な橋を渡る? 稼ぐだけなら普通の宝石とかで十分でしょ? なのに、あえて〈賢者の石〉を盗みにいったのは、相応の理由があったから。どんな? それが自分のものだから。取り戻す(リゲイン)

「その話、他になにか証拠のようなものは?」

「ないよー」

 ポーチェが、あいかわらずの呆気なさで身も蓋もなく答える――ただし、指は告知の紙にあった。

「行ってみたらわかるかもー」

「万博へ?」

「そっちじゃなくてー」

「そうか」

 呟いたのはツクモ。〈教授〉も察した顔つきだ。

「ここだ」

 ツクモは告知の一文を指でなぞる――故メドウズ伯エルネスト・ヴァレリアン。

「当主は亡くなっているようだが調べられることはあるんじゃないか?」

「そうかも……しれませんが……」

 レディが言い淀む――困惑と躊躇い。鍵の元々の所有者が、いまは亡き伯爵。それを「取り戻そう」としていた、ということは――子供でも、ひとつの推測に辿り着く。

 レディは、伯爵に近しい者ではないか?

 しかも「取り戻した」という表現を使ってはいるが、実際に「盗んだ」という事実も動かしがたいのだ。なにか事情がある。それも、知ったら重荷になるような。

 まあ、二の足を踏んで当然か――。

 ツクモは納得――しかし、引き下がるつもりはない。

「手がかりじゃないと言って諦めるほど、俺たちはまだ鍵のことを知っちゃいないだろ?」

 レディがその語気に圧倒され、思わず身を引く。

「なんだか、わたくし以上に熱心ですわね」

「怖じ気づいたのか?」

 ツクモは鼻で笑った――ようするに気にくわないのだ。半端に投げ出す姿を見せられるのは。

「まあ、無理にとは言わないが」

「き、急に色々と話が転がったので整理してるだけですっ」

 今度は卓上に半ば身を乗り出して反論するレディの姿に、〈教授〉がしかつめらしく――多分に芝居がかっていたが――相槌をうつ。

「女性を急かすのは感心しないな」

「ガキの頃から迅速な決断、行動を仕込まれたんでな」

 ツクモは、まともに取り合うのも面倒だという顔つきで投げやりに応じつつ、それでもレディの様子を窺う。目が合った。やや薄い唇が静かに息を詰めるのを見つめる。やがて白皙の面が動いた。視線が〈教授〉、再び目の前の皿に興味を移してしまっているポーチェへと巡る。再び戻ってきた碧い双眸の力強さに、答えを悟った。

「行って差し上げますわ」

 心持ち顎をあげ、澄ました口調だった。

「ふむ!」

〈教授〉が大きく納得。

「たしかに、その選択が君にはふさわしい。そういう意味だろう?」

 問いは、ツクモへ向けたものだ。レディが目を見開いた。

「そうなのですか?」

「知らん」

 ツクモは本心から言う――少なくとも、「気の利いた言葉」にはほど遠いということだけは理解していたが。

「どうせ守るなら、守り甲斐のあるやつがいい。それだけだ」

 ぶっきらぼうな調子になった。口髭を弛ませる〈教授〉の視線が妙に鬱陶しい。手元の水でも頭からぶちまけてやろうかと思ったが、レディが怒るだろう。仕方なく顔をそむける。

「まあいい。これで私も、取り付けてきた約束が無駄にならずに済みそうだ」

「約束?」

 小首を傾げるレディへ、〈教授〉が愉しげ――そして少しばかり子供っぽい得意さで――胸を張る。

「午前中に、用事を思い出したと言ったろう? 大監獄の件で、一度くらいは中を検分してみたいのではないかと思ってね。古い顔見知りに頼んできたのだよ」

 その言葉に真っ先に食いついたのは、「ふわー」と奇妙な歓声をあげたポーチェだ。口から食べかすを飛ばし、フォークを握りしめている。

「中に入れるー!」

「ポーチェ。口の中にものを入れているときにお喋りはおやめなさい」

 すかさず飛んだレディの注意に渋々従いつつも、目の輝きは衰えない。食事を再開する手つきも、露骨に上機嫌だ。

 レディが諦めの苦笑を浮かべながら、気を取り直す。

「急いだほうが良さそうなほうから片づけましょう。明日、朝一番にメドウズ伯の館へ。大監獄は午後に。よろしくて?」

 最後の問いは、相変わらずのお飾り。すでに決定済みの響きだ。

「私は『よろしい』のだが……」

〈教授〉が、しばし言葉を探してからポーチェを見やった。

「お嬢ちゃんを首都(メトロ)巡りにご案内ということもできる。半日程度ならね」

 提案の意味がわからず訝るツクモをよそに、ポーチェが冷たい眼差しをした。

「えー。やだー。あたしもレディたちと一緒にいくー」

「気を利かせるのも大切なことだよ」

〈教授〉が、その二つ名のとおりのしかつめらしい口調で――ただし、たっぷりと芝居っ気を含ませ――たしなめる。

 レディが、ため息をついた。やっと察したのだ。ようするに、「二人きり」にしてやろうと言って――いや、からかって(・・・・・)いるのだと。

「お気遣いは無用ですわ」

 ポーチェに負けず劣らずの冷ややかさで申し出を拒否。

「それに……なにか勘違いしておられませんこと?」

「ほう。勘違い? どのような?」

 なおも白々しく〈教授〉に問われ、レディがまごついた。

「どのような? といっても……それは、その……」

「なんだ?」

 ちらちら様子を窺うレディと目が合って、ツクモはさらに訝る。回りくどい会話の連続で意を汲むことができないのだ。

「俺が関係あるのか?」

「ありませんわ!」

 即座に、卓上へ身を乗り出す勢いできっぱり否定され――関係あるのか、とツクモは納得。

「わかった。ない。俺は関係ない」

 諸手をあげて部外者を装う。こういうときは、関わらないのが身のためだ。俺もだいぶ世慣れてきたぞ、と内心で自分に言い聞かせる。

「雅趣のない男だな」

「やめてくれ。俺を巻き込むな」

 大仰に慨嘆する〈教授〉に、おそらく初めての懇願する。

「食事をさせてくれ。朝からろくな物を口にしてないんだ」

 ツクモは強引に話をそらし、店の者を呼ぶ。適当に食べるものを注文し――気づく。〈暗殺者〉だったころにはなかった感覚。初めてだった。

 食事をしたい、と思ったのは。

 卓の三辺をさりげなく窺う――黙々と皿を空にしていくポーチェ。まだなにやら言葉の応酬をしている〈教授〉とレディ――ひと癖もふた癖もある三人――それでも、いつの間にか少しは馴染んでいたらしい。

 そうか――。

 これが、空腹。悪くない。

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