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暗殺者は探り:第五日(2)

 東端地区の安宿――ポーチェが偽造品の受け渡し場所として細工師と決めた――借りた一室。

「〈魔法卿〉の仕業に違いありません!」

 騒ぎの原因――大監獄の事件――をツクモから聞くなり、レディが椅子を倒さんばかりに立ち上がり、勢い込んで言った。

「どうしてすぐに教えてくださらないのです!」

「そういうことを口走ると思ったからだ」

「当然ですわっ」

 あまり豊かとはいえない胸をそらし、憤然。

「昨日の今日です。まだ首都(メトロ)別邸(タウンハウス)にいるかもしれません」

 手にした鍵のペンダント――受け取ったばかりの偽造品――を指揮棒に、煤と埃にまみれた窓へ――凛然と号令。

「乗り込みましょう!」

 応えたのは、無言。ふたつ――ポーチェとツクモ。

 咳払い。ひとつ――〈教授〉。

「私は、このまま同席していいのかね?」

 つづいた問いにきょとんとしたレディが、一拍おいて「あ」と小さく――彼女にしてみればお行儀悪く――口を開けた。

 まだ、〈教授〉は知らないのだ。これまでの経緯(いきさつ)を。あらましは察しているようだが――旧知の仲である儀典長からも情報は得ているだろう――詳細に、レディの口から説明したことはなかった。

 意図的に伏せているという可能性も考えて、ツクモは口を噤んでいたのだが。さっきの反応を見るに、単純に、そこまで思いめぐらせる余裕がなかっただけらしい。

「気づいたみたいだぞ」

 ツクモはため息まじりに〈教授〉へ――作り笑顔の返答。

「我らが主の明敏さに乾杯だ」

「俺はレディ(こいつ)に仕えた覚えはないと言ってるだろう」

 すげなく切り捨てるも、言葉を探すレディへ仕方なく助け船を出す。

「隠しても、さほど意味はないな。この男なら遅かれ早かれ俺たちの素性に気づく。下手すりゃ、当の俺たち以上に詳しく」

「ほう。ずいぶん評価してくれるね」

 愉しげに洋杖の握りを弄ぶ〈教授〉へ、ツクモは不本意ながらも否定しない。

「追ってきた〈魔人〉と違って、あんたは先回り(・・・)していた。その前のデイリリーの安酒場も、あっさり見つけたうえに顔が利いてる。さっき、この宿に入ったときも主人が顔を引きつらせて――」

 座っている安物椅子の背もたれを叩く。

「わざわざ人数分、かき集めてきた。有名人だ。協力者も大勢いるんだろう? 一匹狼だが、目と耳と鼻は無数にあるようなもんだ」

「敵に回すと厄介だけど味方にすると心強い」

 ツクモの言葉に、ようやくレディが大いに頷く。

「つまり、わたしの目に狂いはなかったということですわ」

 恐ろしく前向きな解釈に、ツクモは呆れるのを通り越して感心。

「ああ、そうだな。見習うことにする」

「なんだか皮肉に聞こえますけど?」

「それはきっと異国人ゆえの拙さだ。こっちの言葉は難しいな」

「でしたら、ちゃんと目を合わせて仰ったらいかが?」

「はにかみ屋なんだよ。東洋人らしいだろ?」

「そうやって外国人であることを逃げ口上になさるのはズルいと思いますわ」

「生まれ育ちをズルいと言われちゃかなわないな」

「でしたら、別の言い方をしましょう。それでは騎士と言えませんわ」

「それこそ昨日の今日だ。新米なんでな。大目に見てくれ」

「わたくしの騎士である以上、そこは認めらせません」

「だから、お前に仕えた覚えはないと――」

 咳払い――〈教授〉。口髭が弓なりに。

「私は、このまま同席していいのかね? 君たちの痴話喧嘩を見物していても?」

「どこが痴話喧嘩だ」

「痴話喧嘩ですって?」

 間髪入れずに揃う反応――顔を見合わせるツクモとレディ――〈教授〉が長躯を縮こませて笑いを堪える。ツクモは苦々しい顔つきで背もたれに体重をあずけた。

「これまでの経緯を懇切丁寧に説明してやれ」

「ええ、そういたしますわ」

 レディの静かな剣幕――〈教授〉が、遣り取りの渦中でぼんやりしていたポーチェへ首を竦めてみせる。

「|Such a life such a deathいんがおーほー

 赤毛の少女がぽそりとひと言――自分の椅子を引きずって窓辺へ。そのまま腰を落ち着け、外の景色を眺める。

「人をからかうのは好きじゃないらしい」

 痩せた後ろ姿を示した〈教授〉が、したり顔でレディに告げる。

「わたくしも初めて知りましたわ。お礼を申し上げたほうが? それともご褒美でも?」

 冷ややかな声音には、神妙な、それでいて反省の色が微塵もない顔を横に振った。

「説明だけで十分だよ」


〈教授〉が洋杖を弄びながら腰をあげたのは、レディが「記憶を失った美女レディ・パピヨンの冒険」第一部を情感たっぷりに語り終えて、すぐだった。

「用事を思い出した」

「用事?」

 訝しむレディには微笑――さらに一揖。

「興味深い話をありがとう。夕食にはご一緒しても?」

「もちろんですわ」

 口実を作って逃げ出す、もしくは官憲に密告するわけではなさそうだと解し、レディも愛想良く応じる。改めて礼を述べた〈教授〉が、つづいてツクモへ。

「では、淑女(レディ)をお護りする役は、ひとまず君に託すとしよう」

「誤解が消えれば、あんたの仕事じゃないからな。言われなくても引き受けるさ」

「なんだね? 誤解というのは」

「ん? 俺が賞金首だって話のこと――」

「勘違いしてもらっては困るな」

〈教授〉が鼻で笑い飛ばす。

「君が賞金首かどうかは、私の決めることではない。私は『狩り』をするだけだ」

 ようするに、これまでの経緯を知ったところで「狩人」と「獲物」の関係は、なんら変わっていないと言いたいらしい。

 ツクモは、うんざりとした面持ちで――鋭い視線を〈教授〉に向けたまま――立ち上がった。

「いけませんっ」

 剣呑な雰囲気に、すかさず割って入ろうとするレディを手で制す。

「俺に命令するな……こんなところで騒ぎを起こすつもりはない。相手次第だけどな」

「私もそのつもりだが?」

「こいつは驚いた」

 ツクモは言葉とは正反対の冷ややかな口調で、〈教授〉の、長躯の高みから悠然と注がれる威圧感を受け止める。

「隙あらば、その手にした杖でぶん殴ってくるもんだと思ってた」

「ああ、それはその通りだよ。だが、話を聞いていて気が変わった。彼女たちの一件を片づけないまま『狩り』をしては、かえって厄介なことになりそうなのでね」

 説明に、レディの細められた眼差し――疑義、あるいは直感的な嫌悪の翳り――をツクモは捉えたが、それ以上の追及はなく、そのあいだに〈教授〉も泰然とした足取りで部屋を後にした。

「いいのか?」

 板きれに取っ手がついただけといった扉を、ツクモは顎で示す。

「なにか、引っかかることがあったみたいだが?」

「ああ……気になさらないで。実は、わたくしにも分かりませんの。ただ、なにか――」

「なんだ?」

 言葉を切ってしまったレディに、まじまじと見つめられ戸惑う。

「いいえ。なにも」

 首を振りながらも、どことなく満足げな――勝ち誇っていると言ってもいい――表情に見えなくもない。ツクモは釈然としなかったが、重ねて問うよりも先にレディが話を進めてしまった。

「そんなことよりも、大暴れするつもりがないのなら、どうして……」

「見送るときは、席を立つのが礼儀(マナー)だろ」

「あなたの口から礼儀なんて言葉が聞けるとは思いませんでしたわ」

「『もう気にしないことにした』と言ってなかったか?」

「下手な話のそらし方をしないで、と言ってるのです。なにか考えがあるのですね? それとも異国の言葉は難しくて?」

 挑発気味の口調に、ツクモは苦笑を浮かべる。まだまだ、会話だけで誤魔化すのは無理のようだ。

「〈魔法卿〉はたしかに首都にいるかもしれないが、証拠もなく乗り込んだところで追い返されるか、警察を呼ばれて捕まるのがオチだ」

 にべもない言葉にレディの白皙が不服に歪むのを見つつ、「が――」と付け加える。

「お前の話を聞いていて思いついた。ようは、『自分がどうしてこんな目に遭わなければならなかったのか』を知りさえすればいいんだろ?」

「ええ。そうですわ」

「だったら、別方向から攻めてみるのも手かと思ってな」

「別方向?」

 小首を傾げるという分かりやすい仕草に、ツクモは自分の胸を指し示す。

俺の(・・)方向だ」


                      ◆◆◆


 銀梟は飛ぶ。

 煤煙に霞む首都(メトロ)の空を。虚ろなガラス製の眼差しで。東の外れから風上――西へ。

 眼下には、馬車。赤、金、黒の髪が乗り込んだ――黒は馭者台だったが。貸し馬車だ。

 左翼――家並みの向こうに悲劇の宝庫である塔を過ぎ、古代神殿の列柱を模した王立取引所と帝国銀行の堂々たる石造りの前で混雑する馬車の群れをゆったりと俯瞰。

 再び左翼――大聖堂の円形屋根(ドーム)をかすめ、無数の辻をひたすら西へ西へ。

 ようやく南へ馬首を巡らせて踏み込んだ街区――ちょうど東端地区に対して西端地区と呼ばれている――は、これまで通ってきた道以上に細かく辻が存在する場所だった。馬車の速度が落ちる。何度か同じ通りを巡回――ときおり馭者が左右を確認。

 迷ってしまったのか。

 あるいは、警戒か。

 しばらくして選んだ一角――似通った外観の三階建て高床住宅が五つでひとまとまりになっている――で、手綱が引き絞られ、まもなく停まった。

 帽子を目深にかぶり顔を伏せた馭者が、車台から降りる赤毛の少女と金髪の娘へ――乗ったときと違い、こちらも帽子に手袋と上品な装い――慇懃な物腰で手を貸している。

 赤と金は、ゆっくりと階段を上って玄関前へ――敲戸(ノック)敲戸(ノック)敲戸(ノック)

 ややあって、遠慮がちに扉が開いた。顔を覗かせたのは馭者同様の黒髪の若者――東洋人。

 すかさす大きな身ぶりで話しかける娘に対し、辛うじて困惑の笑み――口を差し挟む隙もないらしい。おまけに娘は強引に中へ入ろうとする。諸手を挙げてなんとか押しとどめようとして――直に触れて突き出そうとしないのは紳士的な振る舞いだが、おそらく騒ぎになることを恐れているのだろう――不意に娘がみずから後ろへ退いた。東洋人の若者が家の中を振り返り――引きずり込まれる。

 次に顔を出したのは、馭者だったはずの黒髪。すぐに扉が閉まる。娘が少女を急かし、揃って馬車へ。

 待つことしばし――馬車の日除けが細く隙間をつくり、周囲を窺う娘の顔が三度――何気ない顔つきで馭者の若者が玄関から出てくる。

 帽子をかぶりなおしながら黒い双眸が鋭く、素早く、辺りを警戒――梟のガラス玉の眼は見逃さない。

 黒髪馭者の動きに澱みはなかった。変わらぬさりげなさで所定の位置におさまると、手綱をとり、ひと声。

 馬車が動き出す。

 銀梟が翼を広げる。屋根を蹴り、飛び立つ。蹄と車輪の響きを追って。

 西へ。


                      ◆◆◆


「そろそろ、よろしくて?」

 西端地区を抜けたところで馬車の仕切窓が開き、顔を寄せたレディが話しかけてきた。

 ツクモは片手で、腰に差していた紙を――筒状。大人の掌ほどの幅。縦長のものを巻いていた――無言で渡す。

 血判状――早い話が契約書だ。

 ついさっき、馬車で乗りつけた家を物色し、手に入れたものだった。

 外観は周囲と同じく、なんの変哲もない住宅だが、中身は〈組織〉の隠れ家――ツクモたちの隠語では〈(たな)〉――になっている。

 そこへ潜入、〈魔法卿〉暗殺の依頼主を探り出すというのが、ツクモの考えだった。

 もちろん仕事は、単独(ひとり)で、だ。

 レディとポーチェの二人は安全な場所――〈教授〉に預けるというのが最善だったのだが――ツクモの隠れ家にいったん潜伏してもらうつもりでいた。

「本当に安全なのですか?」

 出発前――安宿での説明に疑り深く眉を寄せたレディへ、ツクモは大きく頷いた。

ねぐら(・・・)は〈組織〉もわざと把握していない。万が一、〈元締め〉が押さえられたら、そのまま芋づる式にお縄にりかねないからな」

 そのかわり任についていないときは定期的に〈元締め〉を訪れ、忠誠の証明と現状の報告をしなければならない。ついでに言えば、幾ばくかの生活費もこのときに支給される。

「ねぐら探しはしているかもしれないが、この首都(まち)で短期間に見つけるのは難しい」

 そういった余談まじりの話――ツクモなりに恐怖心を抱かせない配慮――にも、結局、レディが首を縦に振ることはなかった。

「わたくしの問題を、わたくしの見えない所で解決されては納得できません」

「解決するとはかぎらないぞ」

「もちろん、それも承知しています。ですが、ほら……こう見えても泥棒だったのですから証拠探しもお手のものではないかしら?」

 とてもじゃないが、ツクモは記憶喪失の泥棒を頼る気にはなれない。が、なけなしの長所を使って訴えてまでも、解決の糸口を前に隠れていたくはないという意志は理解はできた。

「わかった」

 必要以上に渋々と――つづく条件に従ってもらうためだ――承諾する。

「協力してもらおうか。ただし、動くのは俺だ。命令も守ってもらうぞ。なにしろ〈組織〉の懐に飛び込むんだからな」

「構いません。わたくしも、この前のように足を引っ張りたくはありませんので」

 古城でのことを言ってるのだろう。思わず、お互いに言葉を失う。

 先に気を取り直して、「それに――」と口を開いたのはレディだった。

「自分の騎士(ナイト)を危地に陥れては、主失格ですものね」

なるほど(あい・しい)……お前、俺をからかっているんだろ?」

「さあ、行きましょう」

 澄まし顔で安宿を後にするレディを追い――馬車を仕立て、変装用に少しばかり古着を調達し、移民の多く住む西端地区へと行き、何度か徘徊して〈元締め〉不在の目印――街路脇に目立たぬよう描かれた故国の文字――〈空〉――を確認、目的の家で客を装ったレディたちを囮として玄関へ立たせ――ひとまず無事に終えたのだが。

「これは……どういうことですの?」

 血判状に目を通し終えたらしいレディが、再び仕切窓へ顔を寄せた。

「署名が……ベンジャミン・ディルと……。わたくしでも知っていますわ。東洋貿易で若くして財を築いた――」

 言葉が途切れたのは、〈組織〉との繋がりに納得したからだろう。ツクモは――傍目には愛想のよい馭者の物腰で――仕切窓に頷く。

「そうだ。そして、渾名が〈科学卿〉」

「なぜ、その〈科学卿〉が〈魔法卿〉を?」

 血判状には理由まで書いていない。ツクモは答えず、馬車を左――南――へ。背後を確認。追っ手なし。

「儀典長の口ぶりじゃ、双方は対立しているようだが?」

「科学――特に蒸気機関が発明されてから、反目し合ってるのはたしかです。ただ……対立というにはあまりにも科学が優勢で……一般人のわたくしたちでも、はっきりと趨勢が分かるほどに」

「逆ならまだしも、〈科学卿〉のほうが暗殺を依頼する理由は見当たらない、と」

 ツクモは呟く。

「にもかかわらず、ってやつだ」

 手元には、たしかに血判状が存在している。危険な橋を渡ってでも、〈魔法卿〉を亡き者にしたいと考えている。

「……個人的に?」

「わからん」

 レディの半ば独り言の疑問に、ツクモはあっさりと首を振る。予断で話す気にはなれない。

「俺がいま〈科学〉と〈魔術〉で思いつくのは、ひとつだけだ」

 帰路を南にとったのは、その唯一の思いつきを――東端地区の安宿へ戻る前に――自分の目で確認しておくのも、なにかの足しになるのではないかと考えたからだった。

 あれか――。

 新緑の木立の向こう。壮麗たる威容。類似のものは、市民が消失したシスルの町で見た。南方植民地を収めた温室――しかし、比較するのもおこがましい。

 鉄とガラスが生みだした巨大建築。

 万国産業博覧会会場。

 通りの先には、声。瓦版か号外か。なにやら印刷物を配り歩く男がいる。

「緊急告知だよー。万博『魔法部門』で伝説のお宝、公開決定だよー。〈賢者の石〉が展示されるよー」

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