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四人は首都へ:第五日(1)

 およそ半世紀前、鉱山技師あがりの男が自作蒸気機関車を走らせた草原を抜け、古代の威厳――それとはったり(・・・・)――にあやかって柱を並べた入り口を持つ駅に、午後初めての蒸気を吐き出しながら大北部鉄道(GNL)の汽車が停まった。

 駅夫が客車の鍵を開けてまわり、人と荷物が歩廊(プラットフォーム)で盛大に攪拌される。

 すとん、と二等客車から降り立ったのはポーチェだ。

 良家の、さもなくば新興商人のお嬢様といったこしらえ(・・・・)で、高い天井を仰ぎ見ると両手をぐっと突き上げる。

「着いたー」

 相変わらず抑揚に欠けた口調だが、この少女なりに喜んでいるらしい。さらに盛大な欠伸。

 つづいて同じような服に身を包んで降りてきたレディが、行き交う人々の視線に微笑を返しながら少女の大口を隠し、雄々しく天を指す両拳にそっと手を添えて下へ――水を差されたポーチェの頬が膨らむ。

「お嬢ちゃんに淑女(レディ)の嗜みは窮屈らしい」

 愉しげな低音。長身。(ステッキ)――〈教授〉。

 その後ろ――最後尾がツクモだ。

「辛抱してくれ。大人しくしていれば紛れ込めるが、目立てば際限がないのも首都(メトロ)だ」

 しかもポーチェは、いまやその赤毛以上に注目される可能性を秘めていた。

 ツクモは荷物を運び出しながら、昨晩――招かれた会食のあと――儀典長の私室で聞いた言葉を思い出す。


「彼女は逸材です。三流の私が見ても、はっきりと分かるほどのね」

 百年いや千年に一人とさえ真剣な面持ちで――始終湛えていた笑みさえ見せず――温泉都市の王が断言した。

「魔術院で適性検査は? 分かりませんか……まあしかし、受けるまでもないでしょう。あれほど易々と〈魔力〉を操る人は初めて会いました」

 しかし、その口調には驚嘆こそ込められているものの、興奮にはほど遠い。

 むしろ、畏怖。

「ですが、もて余しています。あのとき――」

 ポーチェの手から石を取り上げて、溢れる湯を止めたときだ。

「まだ〈魔力〉が彼女の周囲で渦巻いていました。不用になった分が自然へ〈還元〉されず――この動きを我々は〈流れ〉と呼びますが――あるいは〈還元〉できず、いえ……もしかすると〈還元〉させず(・・・)、いずれにせよ引き止められたまま〈澱み〉になっていたのです。おそらく無意識に」

 だからポーチェを見て顔を強ばらせていたのかと、ツクモは納得しながら聞く。

「幸い、さきほどは私が〈還元〉しましたが。あのまま〈澱み〉つづけたらと考えると、ぞっといたします」

 儀典長の立てた一本指がくるくると回る。浴場でも見た仕草――それが〈還元〉とやらのきっかけ(・・・・)らしい。

 ツクモの視線に気づいたのだろう。儀典長が苦笑を浮かべながら言った。

「ああ、これは私のやり方でして――こういう〈手技(しゅぎ)〉が必要になるのが三流の証と申しますか――きちんと魔術院を卒業すれば不必要になります。ひと握りの天才なら〈呪文〉さえも。まさに『意のままに』操ることができる。そして、あのお嬢さんには、その才能がありながら――」

 言葉を切った。普段が饒舌だらこそ、無言の仄めかしに説得力が生まれる。

 ただ、どれほど危険なのか、通り一遍の知識しか持たない者には掴みきれない。儀典長の口ぶりで、なかなか深刻なことらしいと推測するばかりだ。

 並んで拝聴していたレディも同様だった。

「貴方がとても危惧していることは伝わってくるけれど……」

「ああ、これは失礼。そうですね……堰き止められた川を想像していただきたい。〈魔力〉という雨が降り注ぐたびに、水かさはどんどん増えていく――湯を溢れさせる前に〈幻術〉を使ったと伺いましたが、他に思い当たることはございませんか?」

 それなら、とレディがすぐに頷く。

「直後に彼女が怒ったの。初めてじゃないかしら? そうしたら辺りが……なんと言ったらいいのでしょうか。こう、風もないのに舞い上がるような……妙な空気になりましたわ」

 身ぶり手ぶりつきで説明する横で、ツクモの脳裏には、まさに襲いかかろうとしていた〈魔人〉の姿があった。

 あのときの〈魔人〉の視線――狙い――標的は、ポーチェに集中していた。彼女を脅威と見たからだと初めて納得する。

「手に石は――ああ! 水晶球! それはそれは。〈魔力〉を凝集させた現象に酷似していますね。いや、おそらく集めたのでしょう。水晶球を使ってね。感情の高ぶりに左右されやすいのは初心者によくあることですし、この町に着いてなお〈魔力〉を還元できずにまとっていた説明もつきます」

 儀典長が手を後ろに組んで、右へ左へと歩き始める。〈教授〉と冗談まじりのやりとりを愉しむのとは別の意味で、活き活きとしていた。

「彼女の場合、自然に綻びができて少しずつ流れ出ているようですが、雨にも色々とあります。もし大雨が流れ込めば、やがて決壊ということにもなりかねません」

「決壊したら?」

「さあ?」

「さあ……って。そこまで煽っておいて、その結論ですの?」

 レディが、足を止め首を傾げる儀典長へ露骨な不満の眼差しを向ける。

「魔術的暴走あるいは暴発というのは、私も実見したことはございませんので」

 儀典長が悪びれもせず、ようやくの笑みを見せた。

「あなた方のほうがお詳しいのでは? 例えばシスルの町の件など――」

 ツクモに動揺はない。〈封〉のあるなしに関わらず、この類の手口にいちいち狼狽えては暗殺者など務まらない――が。

「どうやら図星のようで」

 儀典長がレディの様子を窺いながら、無表情の努力が水泡に帰したツクモを一瞥。

「そ……そう思うのは、貴方の勝手ですが」

 レディの強がりも虚しく響く。

「せっかくだから訊いて差し上げますわ。どうしてシスルの町の事件が〈魔術〉の暴走で、そこにわたくしたちが関係すると?」

「こういう場所で儀典長などということをやっておりますと、色々と耳に入ってくることもございまして」

 わざとらしく、儀典長が自分の袖を引っ張る。

 保養や療養の客を海水浴場に奪われ往年の賑わいを失ってしまったとはいえ、まだまだ上流階級の人士も頻繁に――かえって静かになったと好まれる方もおられるのですよ、とは儀典長の苦しい弁だが――訪れる。自然、下々には届かない情報も入るらしい。

「あの事件以降、最高位術者――我々は畏敬を込めて〈賢者(ワイズマン)〉と呼んだりもしますが――そのモルガン様が行方知れずだそうで。技術院の〈魔術師〉たちが血眼になって探していると。おまけに――」

 もうひとつ、と指を立てる。

「事件の調査に〈魔術〉系が非協力的だということで、〈科学〉系から反発が起きているのです。私のところにも、〈魔術〉、〈科学〉の双方から根回しの手紙や〈使い魔〉が連日のように」

 そこへ、ツクモたち御一行様の来訪だった。

「それもあの〈教授〉のご紹介です。自称〈狩人〉の――」

 賞金稼ぎの。

「彼があなた方と一緒にいるということは、何らかの事件に関係しているということ。そしてそれは大きな事件であることは間違いない」

 この数日であった出来事の筆頭といえば、シスルの町の市民消失事件をおいて他になかった。

「――とまあ、そういった推測から、少しばかり探りを入れたまでです」

「それで、どうなさるおつもり? 手紙や〈使い魔〉の返事に、『ここに目撃者がいますよ』と?」

「まさかまさか」

 レディの言葉に、心外だという顔つきで――やはり大仰な素振りで軽薄に見えたが――儀典長が首を嘆かわしく振る。

「ツクモ様には申し上げましたが、この町に来て、私の客人となられたからには全力でお守り致します」

 唇の前に指を一本立てた。口外しない、という意味だろう。

 ツクモはレディの視線――この男を信用してもいいのかしら――に気づくと、頷いた。

「俺たちの素性が気になるなら、来たときに詮索してるさ。あの良く回る舌でな」

「ごもっともです。話がわき道にそれて、いらぬご心配をおかけいたしました。お詫びいたします」

 心から、と胸を押さえて頭を垂れる仕草に、レディが諦念まじりの息をつく。

「わかりましたわ。〈魔力〉の決壊の話だったかしら?」

「そうですそうです。なにか大きな〈魔力〉に曝された場合、最悪、堰が切れてしまいますよ。というお話です」

「解決策は? ご存じのようですが」

「〈制御〉のコツを少しばかり伝授させていただければ、と思いまして。ポーチェさんには、お湯が溢れたときに約束したのですがね、習得には個人差がございます。場合によっては――その可能性は非情に高いのですが――まだ子供の彼女を一睡もさせないことになります。ですから、一応なりともお二人の許可をいただきませんと」

「それにしては、ずいぶんと愉しそうですわね」

 レディの指摘に、儀典長が相好を崩す。

「〈魔術師〉という人種は、たとえ三流でも〈魔術〉に触れているときが一番愉しいのですよ」

「それが一流なら?」

「なおさら、でしょうな」

 笑顔のまま儀典長がレディに頷いてみせる。

 毒みたいなものか――。

 遣り取りに、ツクモは故国での記憶を蘇らせる。薬物について教え込まれたときだ。その不思議な効果に夢中になった。少量で死に至らしめるものもあれば、調合次第で心身を覚醒させるものもある。

 大人たちの目を盗んでは手当たり次第に付近の鳥獣へ飲ませ、挙げ句、死屍累々という有様になった。慌てた〈頭分〉に石牢へ放り込まれ、一週間飲まず食わずという罰を受けたのだ。

 ちょうど、今のポーチェと同じ年頃だったと思う。

「加減てやつは、覚えておいたほうがいいかもしれないな」

 半ば自分の過去へ向けた呟きをレディへ。死屍累々では困る。何より自分たちが巻き込まれかねない。

「任せるしかなさそうですわね」

 レディも首肯する。〈魔術〉の素養どころか、知識すら乏しいのだから。

「そうやって〈魔術師〉だけの世界を作るのが、〈科学〉に取って代わられる原因のひとつだと思うのですけど」

 こぼした苦言を、儀典長が卓上の手鐘を鳴らすことで鮮やかに聞き流す。

「ポーチェさんをこちらへ。それから〈教授〉も。そろそろお高くとまった方々のお相手も限界でしょうからね。救いの手を差し伸べて恩を売っておきましょう」

 おどけつつ使用人に命じたあとも、視線は扉に釘付けだ。広いとはいえ、同じ邸内の部屋から案内されて来る間さえ待ち遠しいのはツクモにも分かった。

 これは〈術〉にないな――。

〈術〉を使う者同士で、心おきなく語り合いたいなどと欠片も欲したことがない。最も雄弁に意思疎通ができるのは、殺し合うとき――あの、雨に濡れた夜の城址が教えてくれた。

 眉間が険しくなるのを自覚――一切の考えを脇に押しやる。

 それから後は、ポーチェが喜々として――頬の紅潮と恐るべき集中力以外に見かけの変化はなかったが――儀典長による魔力〈制御〉の手ほどきに立ち会った。

天才です(ジーニアス)!」

 という感極まった儀典長の悲鳴を、幾度となく部屋の片隅で聞くだけだったが。

 終わったときには東の空が白み始めていた。


「ほとんど寝ていないのでは?」

 レディに問われ、ツクモは意識を切り替えた。すでに駅を出て、辻馬車内にいる。

 しっかりしろ――。

 叱りつける。眠気はない。だが、気を抜いていた。〈教授〉がいるからだろう。自分と同等か、それ以上、咄嗟の事態に対応できる人間――その点では全幅の信頼がおけた。もしかすると、これもレディの目論見通りなのかもしれない。着実に「お付きの騎士」になっている気がした。

「慣れてる」

 自然と答えが素っ気なく――これだから紳士的ではないと言われるのだろう――言い足す。

「ありがとう。気遣ってくれて。でも大丈夫だ」

 レディの話法を真似したつもりだったが、その当人が見るからに狼狽えた。

「き……気遣いというほどでは……肝心なときに役立たなかったら騎士の意味がないという意味ですわ――何か?」

 冷ややかな語尾は、やや窮屈そうに座席へ身を沈めている〈教授〉へ向けた言葉だ。

「機微を解さぬ騎士を従えるのも大変だと思ってね」

〈教授〉が首を竦めた。悪戯を叱られながらも、いっこうに反省の色を見せず、舌まで出している少年の風情。

 言うのは慣れているが、言われるのは不慣れということだろうか――。

 ツクモは状況を掴みあぐね、しばし言葉を探す。

 異国の意思疎通は難しい――。

 その解釈が間違っているなどとは露ほども思わず、改めてレディへ水を向ける。

「そういうお前はどうなんだ? まだ寝足りなかったみたいだが」

 ポーチェの〈魔術〉修行に付き合って起きていたのは夜半過ぎまで――「お肌に悪いから」と退室したのだ――朝も早くから温泉都市を出立し――「せめて大浴場の素晴らしさを体験なさっては」と儀典長に引き止められたのだが――そのせいか汽車内でも終始舟を漕いでいた。

 レディの答えは、ない。

 横を――そっぽを――向いている。聞こえないふり(・・)だ。

 なんだ? 怒らせたのか――。

 戸惑うツクモの隣から、肩の震えが伝わってきた――〈教授〉。笑いを堪えているらしい。

「男の前で寝顔を晒すのは、淑女(レディ)としての慎みに欠けるな」

 ぼそりと耳打ち――やっとツクモにも理解できた。城跡で目覚めたときも、「寝顔を見たのか」と、真っ先に気にしていたではないか。つまり、車中でうたた寝していたことは、「見て見ぬふり」をしなければいけなかったのだ。

「すまな――」

「はふあああー」

 謝ろうとした途端に、外を眺めていたポーチェが口元を隠しもせずに大欠伸をする。嗜みも慎みもあったものではなかった。

「もう、気にしないことにしますわ」

 諦念と自棄が入り混じった顔つきで、レディが肩をすぼめた。隣からは絶え間なく肩の震え。

 馭者台に座ればよかったか――。

 ツクモは窓の外へ目を移した。馬車が左折し、煤けた町並みがゆっくりと巡る。

 それから直進――東へ――進むはずが、停まった。

「おい! 道を空けろ!」

 馭者の苛立った声が車内にも届く。ツクモは――おそらく〈教授〉も――窓の外へ目を走らせた。

 人――群衆といっていい。そこへ馬車と警吏が飛び石となって点在。

「騒ぎのようだな」

〈教授〉が呟く。襲撃にはお誂え向きの舞台に、緊張を含んだ声音。

「いつもは、これほど混雑していないのだが……」

「待ってろ」

 ツクモはレディに言い置くと、素早く馬車を出た。走行中の――いまは停車しているが――勝手な扉の開閉を嫌う馭者が、しかめ面で振り返り、それが東洋人であるのを見るとくだけた笑いを見せた。お付きの者――同じような身分――と見たのだろう。

「旦那様とお嬢様たちはご機嫌斜めか?」

「さすが首都(めとろ)だと目を丸くしてるよ。けれど、俺が知ってるよりも混雑してるな」

 身軽な動きで馭者台の脇へ上って、前を見渡す。幸いにして、窓からの眺めで想像したより無秩序にはなっていないようだ。じりじりと馬が人の波をかき分けはじめる。そのほとんどが馬車とは正反対に進もうとしていた。流れに逆らっているので、足が遅くなっているのだ。

 ツクモは人の行く方角へと目を移した。西――すぐに左折――南へ。眉を寄せる。

 あっちは――。

 叩き込まれている首都(メトロ)の地図が、すぐに原因を突き止める。

 大監獄。

「今日はアレだったかな?」

 ツクモは首を撫でて舌を出す――首括り。大監獄正面で行われる公開処刑。物売り、瓦版(ブロードサイド)売りが出て、周辺の家は見物客から金をとって部屋を貸すほどの賑わいになった。

 どの国も似たようなものだ――。

〈封〉の解けたいまになって、改めて思う。

 寄ってくる物売りの少年を追い払って、馭者が肩を竦めた。

「どっちかといえばその逆だ」

 もってまわった口ぶり。ツクモは首を傾げる――馭者の言葉が理解できない。

「得体の知れん話さ」

 誰かに話したかったのだろう。強いて促す必要もなく、馭者がつづけた。

「消えちまったんだとよ。監獄内の死刑囚で、今度、首を括られる予定だった奴が」

「消えた?」

「ああ。真夜中なのに真っ昼間のような白い光が出たと思ったら」

 掌を上にして、ぱっと五指を開いてみせる。

「……いや、俺は見たわけじゃねえんだが。聞いた話だと、そんな感じらしい。こないだ北部でとんでもない事件があっただろ? そのせいで話が大きくなってるだけかもしれんがな」

「だから押しかけてるのか」

 なるほど(あい・しい)、とツクモは頷く。せっかくの楽しみを奪われた抗議と、「消えた」というのが本当なのか確かめようとする物好きが大挙してきたのだ。

「お嬢様たちには首都(めとろ)の風物詩だって説明しておくよ」

「そうしてくれ。なに、もうすぐ人も切れるから大丈夫だ」

 馭者の言葉を背に、ツクモはもう一度、人の群れを見る。

 処刑がひとつなくなっただけなら、どうってことはないが――。

 消えた、というのは聞き捨てならない。とはいえ、ここに留まって聞き込みをするのは、やはり避けたい。

「さて。お嬢様にはなんと説明するかな」

 呟きが、群衆のざわめきに蹴散らされるよりも早く、ツクモの体は車内へと滑り込んでいた。

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