狩人も騎士に:第四日(3)
〈魔人〉と入れ違いに街道を塞いだのは、馬に乗った賞金稼ぎの〈教授〉――対峙したツクモは、じりじりと間合いをとった。
「君たちには熱烈な敵がついてるな」
「あんたも含めてな」
〈教授〉の軽口に皮肉で返しつつ、街道の南側からやってきた理由を考える。
おそらく、この男も――。
「せっかく先回りして待っていたのに、なかなか来ないと思っていたらこの有様だ」
やはりな――。
「――が、『獲物』に傷もなくてなによりだった」
なにが、「なにより」だ――。
馬車から落ち、森を走り抜け、擦り傷と土汚れと木くず葉くずまみれの姿を見て、なお無傷と――実際、動きは鈍っていなかったが――顔色も変えずに言うか。
昨夜の判断――面倒なのに目をつけられた――ようするに、しつこい――正しかった。
これは喜ぶことなのか、嘆くことなのか。
〈教授〉が、ちらりと谷川へ目をやった――柔らかい笑み。〈魔人〉が落ちていったことなど、塵ひとつほどの興味を抱いていないことがありありと読み取れる。
「今日は、川へ飛び込むというわけにはいくまい?」
「ああ、そうだな……」
ツクモは慣れない笑みで応じる。
〈教授〉の獲物は相変わらず自分のみ――一瞬、先の〈魔人〉で読み違えたことが頭をかすめる――いや。これは、今度こそ間違いなさそうだ。確信。
俺さえ逃げられれば解決――。
条件は昨夜と同じ。ただし谷川は使えない――周囲に素早く視線を走らせる。
前。〈教授〉と、その乗る馬――しかも馬首はツクモから見て右手の森側。左手の谷は逃走路として選択できないので、もう一方を押さえておけば良い。森へ逃げ入るより速く杖の一撃か、例の投げ紐か、あるいはまだ隠している得物が襲うだろう。
上。街道へ伸びた枝を使って〈教授〉の頭を越えるのは確実とはいえない。
下。くぐり抜けるのはツクモでも困難。
ここまで瞬時――決断――進むことは放棄。幸いにも背後のレディとポーチェは鞍上。昨夜の馬車より素早く走らせることができる。
ならば。まず、いったん道を引き返し――。
算段を整えているところへ、うなじに鼻息――馬――脇を抜け、〈教授〉との間に割って入る。
退がってろ――。
ツクモは轡に手を伸ばし――避けられた。馬が嫌がったのではない。鞍上の指示――手綱の操作で首を捻ったのだ。レディの意思――と、察したときには、〈教授〉の放つ剣呑な気配が馬体で遮られた。
なにを考えてる――。
レディを見上げた。今なら馬を壁に森へ逃げられるが――それを見越して割り込んだわけではないことは、明白だった。むしろ逆だ。
動かないで。わたくしに任せて。
馬上から碧く強い眼差しが訴えている――素直に頷けないはずだが、ツクモの足は地面を離れようとしない。
こいつは驚いた――。
意思より五体が先に信頼したのだ。レディを。
「また、なにか企んでいたでしょう?」
「人聞きが悪いな」
咎める口調に、そう返すのが精一杯だった。
「前は許しましたが、二度目はありません」
レディの、自身に対する戒めも含んだ言葉――ツクモに反論の余地も与えず〈教授〉へ向き直ると、落ち着き払った口調で告げた。
「彼はわたくしに仕える騎士です」
「おいっ――」
「つまり、このわたくしが主。苦情がおありなら、わたくしが承りますわ」
ツクモの制止など一顧だにせず――自称「主」なら、それも頷けるが――真っ向から〈教授〉と対峙している。退く気配はない。
「ふむ……」
〈教授〉が顎髭をひと撫で――殺伐とした気配が消えたことにツクモは気づく――その大柄な体躯にふさわしいずっしりした動きで地へ降り立った。
「あら」
途端にレディが、それまでとはうってかわって緊張感に欠けた声をあげる。ツクモは素早く壁になっていた馬を回り込み――その理由に納得。
〈教授〉が、レディの前に恭しく片膝をついているのだ――騎士の礼。
レディはもちろん、ツクモも首を傾げた。
「どういう意味でしょう?」
「どういう意味だ?」
口を揃えた問い――疑念。油断させて叩こうとでも?
「単純だよ」
立ち上がった〈教授〉が改めて杖をつく。それは、敵対する意思がないことも示していた。
「どうだろう。もう一人、お供をつける気はないかね?」
提案――だからこそ騎士の礼をとったのだ。
「はあ?」
ツクモは思わず呆れた。
こいつ、阿呆か――。
賞金首と賞金稼ぎでは犬と猿だ――いや、〈魔人〉を撃退してくれた礼に龍と虎ということにしておこうか。どちらにしろ、まともな組み合わせじゃない。博打にしてもほどがある。
〈教授〉が稚気いっぱいの笑みでツクモを一瞥――それからレディへ。まさに淑女に対する紳士の物腰。
「彼より使い勝手はいいと思うが?」
「少しとうが立っていますけどね」
「経験を積んだ証と解釈して欲しいものだね」
「なにが目的ですの?」
「欲張りな娘さんだ。騎士が美しい女性を護るのに、その崇高な精神と魂以外にも理由を示せと言うのだから」
下手な芝居台詞と嘆き――おまけに気障――ツクモは背筋を粟立たせた。そもそも額面通り受け取るほどお人好しではないが、別の意味で一発お見舞いしたくなる。
一方でレディ――表情を窺う。花の――この場合は、蝶の、と云うべきか――顔容に笑み。すぐに、ツクモは答えが読めた。
「わかりましたわ。同行を許可します」
レディが左右――ツクモと〈教授〉を交互に見やる。予想通りだ。
「二人とも仲良く」
なるほど――。
ツクモは不承不承ながらも認めるしかなかった。レディにしてみれば、いっそ二人まとめて目の届くところに置いたほうが安全、というわけだ。たしかに〈教授〉なら、身を挺して制止するレディを強引に――暴力をふるってまで――「狩り」とやらをしようとは考えまい。
保留できない状況なのだから、咄嗟のこととはいえレディの判断は悪くなかったのだろう――が。
「名乗るのは初めてかな? ライオネル・アイヴィーだ。なぜか皆は〈教授〉と呼ぶが。改めてよろしく。ツクモ君」
「よろしくやっていく気があるなら、ひとまず、その勝ち誇ったようなツラはやめてくれ」
「私までお供を許されたのが気にくわないかね? 男の嫉妬は見苦しいぞ」
〈教授〉のからかいに乗れるほど、ツクモは洒落っ気を持ち合わせてはいない。あえて警戒を露わにし、それ以上の会話を打ち切る。
「早速ですが新入りさん?」
刺々しい会話などものともせず、馬上のレディが鷹揚に〈教授〉へ微笑みかけた。スカートの襞を摘んでわずかに持ち上げる。旅塵に加えて、ついさっきまでの大立ち回りで汚れきっていた。
「着替えのできそうな場所。ご存じありません?」
◆◆◆
重なり合う梢をすり抜け、茂る緑を震わせ、銀翼が森の上へと出た。
赤みを増していく陽光を照り返し、ずんぐりとした梟の影を落とし、怯えて走り去る小動物たちを睥睨し、銀の光跡は荒れた街道を――三頭の馬がつけた蹄のまだら模様を辿っていく。谷を抜けて。森を越えて。若芽輝く牧草地を横切って。
ようやく、高みへ。
馬の背――〈魔人〉を叩きのめした長身の男、黒髪の東洋人、赤毛の少女は金髪の娘が手綱をとる鞍に同乗――前方、斜め下に捉えている。
一行が追い越した無蓋の馬車――車台を牽くのは銅製の馬――いわゆる〈魔法馬車〉――座席の上品な老夫婦が好奇と嫌悪の入り混じった目を――主に金髪の娘へ――注いでいく。
うら若い娘がスカートをたくし上げ、脛まで見せて馬を操る姿は、たしかに奇妙で、良識ある紳士淑女の眉を顰めさせるものだった。
風に流れて金髪娘の口ずさむ童謡が――「馬に乗るのは淑女たち」――銀梟まで届いたのは、半ば自棄になったせいだろう。
やがて聖堂の尖塔が波打つ緑の丘の向こうに見え、落ち着いた――寂れた、とも言えるが――町並みも近づいてくる。
ところどころに立ちのぼるのは、湯気。
旅塵を落とすには、なるほどふさわしい。
温泉だ。




