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黒幕は策動し:第三日(6)

 首都(メトロ)を流れる河――というより、流域に発展した町が後に首都となったのだが――その西――上流――に女王の住まいである宮殿(パレス)が建つ。

 一隅にずらりと並んだ大ぶりの多頭立て馬車は、多くの来客があったことを示していた。

 陽も沈み、宮殿内からこぼれた灯りが映える頃、仕立ても上等な服に長靴(ブーツ)をつけた馭者たちが、次々と手綱をとる。ご主人様のお帰りだ。

 車止めに待つのは男たちばかりで、折り目正しい馭者を雇うに相応しい佇まいだった。

 場の中心人物は、とりわけ風格と筋目の正しさを全身から発している。この宮殿の住人であり、女王陛下の夫君――アルバロサだ。

 男たちは殿下みずからのお見送りに恐縮しつつも、目前に迫った「万国産業博覧会」の成功に、改めて意欲を燃やしていた。

 ことに熱心なのは、殿下の側で弁舌をふるう一人だ。他の者に比べて格段に若く、やっと三十代も前半といったところだが、明らかに場の注目を集めていた。

「――この一年あまりに及ぶ万博運営委員会の活動と献身は、帝国の歴史にひとつの道標を建てました。その理事であらせられる殿下の御名前は、末永く人々の記憶に残ることでありましょう」

 まったく。その通りだ。賛同の言葉がカッコウの鳴き声と重なり、繰り返される。

 途切れたところを見計らい、数名が殿下への礼を念入りに行い、馬車へと乗り込んでいく。何人目かに前へ立ったのは、眼鏡の痩せた男だった。

「殿下。名残惜しくはございますが、本日はこれで失礼いたします」

「おや。これは魔法き……いや、ジョン・クリフォード・ヘンベイン閣下ではありませんか。今日は欠席かと……いままでご挨拶もいたざず申し訳ございません」

 さっきまで熱弁をするっていた若い男が大仰に詫びる。

 痩せた男――ヘンベインは、眼鏡の奥から陰気な眼差しを若い男へと向けた。

「挨拶に関してはかまわない。私も貴卿にしていないのでね。ただ――」

 口元の笑みが、苛立ちに引きつっている。

「私は最初からいたのだが? ベンジャミン・ディル卿」

「おや! これは重ね重ねの失礼を。どうかお許し下さい魔法き……いや失礼!」

 若い男――ベンジャミンは、薄笑いを作りながら話しつづける。

「シスルの町の事件は、まったくなんと申し上げたら良いか……『魔法部門』の大事な展示物が、これでは一部欠けることになってしまうようですね。はて、代替案は……そうそう! 我々の担当する『科学部門』が穴埋めを。なにご心配には及びません。むしろ場所が足りずに苦慮していたところで――おっと失礼! 初めからご出席なさっていたのなら、本日の決定もすべてご承知のはずで――」

 ヘンベインが斜陽の〈魔術〉を偏愛し、〈魔法卿〉と呼ばれているところから始め、連発式の嫌みを放っていく。

 だがしかし、〈魔法卿〉ことヘンベインも言われているばかりではない。

「シスルの町の件は『王立技術協会』の魔術系会員としても、あの町の貴族で〈魔術〉にもご理解を示してくださっていたキルシウム伯の知人としても非常に残念だ……。ところで――」

 骨張った指先で眼鏡を直す。

「事故調査会によると、かの地の有名な塔も倒れていたそうだな。爆薬で(・・・)

「まだ予備調査の報告にすぎませんよ」

 ベンジャミンはすかさず反駁するが、〈魔法卿〉は取り合わない。つづける。

「〈魔術〉のせいだと騒がれているが、どうして塔は爆薬なのか……あいにく〈科学〉には不勉強な私には見当がつかない。なにかご存じ(・・・)かね? ベンジャミン・ディル卿?」

 暗に、〈魔術〉の仕業に見せかけた〈科学〉側の陰謀だ、と仄めかしていた。

 ベンジャミンが鼻を鳴らす。

「存じませんな。しっかりと調査して、得られた結果を分析する。予断や思いこみをしない。それが『科学的姿勢』というものです。このへんが感性やら直感とやらを重視する〈魔術〉とは違うところでしてね」

「別に〈魔術〉は感覚のみに頼っているわけではないのだがね。深く長い歴史と体系が存在するのだよ。それこそ、科学的姿勢とやらでしっかり見極めていただきたい……まあ、できるのならば、の話だが」

「もちろんですとも! むしろ、爆薬が使われていたからといって、すぐに〈科学〉の徒に結びつけるのは健全な態度とは言い難いですな。なんでも事故調査会には〈魔術師〉が一人も入っていないという話ではないですか。これはいったい、どういうことでしょうか?」

「おや? 〈科学〉側に閉め出されたのでは?」

「それは私の聞いている話とはずいぶん違いますな。ある有力者(・・・・・)の指図で事故調査会への参加を保留しているという話でしたが?」

「どうやら、まだ混乱がつづいてるようだ。情報が錯綜している」

「そのようですな!」

 やれやれ。またか。

 周囲の男――万博運営委員――たちが、呆れるのを通り越して苦笑を交わす。

〈魔法卿〉ヘンベインと対で、ベンジャミンも〈科学卿〉と陰で囁かれる男だった。顔を合わせれば憎まれ口を叩く。

 双方が万博運営委員に選出されたのは、歴史ある「王立技術協会」に属した〈科学〉、〈魔術〉両系統それぞれの研究所の最大支援者だったからで、外すわけにはいかなかったのだ。

「そうでなければ、私の方から遠慮するよ」

 アルバロサ殿下にまでそう言わしめる、犬猫の間柄ライク・キャッツ・アンド・ドッグスだった。

「おや。ベンジャミン・ディル卿」

 このときも――畏れ多くも――殿下の心遣いが、右肩上がりで険悪さを募らせていく空気を押しとどめた。

「きみの馭者が待ちくたびれて、新しい雇い主を物色しはじめているが?」

 和やかな笑いがさざめく。ベンジャミンが今日の決め台詞――失礼! ――を思わず口走り、さらに笑いを誘うと、殿下への念入りな挨拶――ヘンベインへの露骨な蔑み――を済ませて、やっと馬車へ乗り込んだ。

「どういうことだ?」

 ベンジャミンの詰問は、走り出すと同時だった。笑顔のまま。顔は正面を向いたまま。

「ヘンベインが五体満足で出席したぞ。どういうことだ? それとも、私は亡霊でも見ていたのか?」

「申し訳ございません。例の消失騒ぎで多少の狂いが出来した模様で」

 向かい合う形の馬車席の片隅――少し手を伸ばせば届く距離だが――で、半ば闇に溶けた小男が答えた。

 ベンジャミンの笑みが剥がれ落ちる。宮殿の敷地を出たところだった。

「それは――お前の『犬』が例の町にいたということか? つまり、ヘンベインも?」

「そのようで」

「ふむ……それで顔色も変えずに爆薬云々か。思っていたより腹黒い」

 計算高さを物語る〈科学卿〉の目つきが、さらに鋭くなった。

「それで? 対処は?」

「一人、新しい者を放っております」

「一人? たったの一人なのか?」

「増員はできます。しかし人が多ければ、それだけ足がつきやすくなりますが?」

「……まあいい。それよりも『契約』はきちんと守ってもらうぞ。〈組織〉への支払いは済ませているし、昔の事件(・・・・)が公になれば私の事業が立ちゆかなくなる、なにより――」

 言葉を切ったのは、激昂して汚い罵りを吐き出さないよう、堪えたためだった。

「それを企んでいるのがヘンベインだと思うと、怒りで紅茶の香りも分からん」

「どうか、いましばらくご猶予を」

 宥める声に、ベンジャミンは口を閉ざしたままだった。用件は言った。もう伝えることはない。顔つきは傲慢な富豪であり、ふてぶてしく黙秘する容疑者だ。

 斜め前の黒い気配が、一瞬の風を起こして霧散した。扉の留め金が微かな音を立てなければ、なんらかの〈魔術〉でもって消えたと信じたくなるほど神速の身のこなしだった――が、ベンジャミンに驚きはない。

 最後まで、そちらへ目をやることはなかった。


                      ◆


 東の故国――水遊びをさせてやろう。

 にこりともせず九十九(ツクモ)たちへ言ったのは、(さと)の〈下頭(シモノカシラ)〉だったか。いくつの頃だったのかも忘れた。周囲の人や物が、そびえ立っているように見えていた時分のことだ。

 若芽萌える春の、少しばかり肌寒い夕暮れだったのは間違いない。紅く染まった山の端を見やり「川の水は冷たいだろうな」と、ぼんやり思った。

「冷たい」は「こぉるど」――。

 九十九は習ったばかりの、まだ見ぬ異国の言葉をおさらいする。大きく――それから強く――なったら連れて行ってもらえるそうだ。お館様はお上の偉い人とじっこん(・・・・)だから間違いない。けれども、これは色々と込み入ったわけ(・・)があって、内緒にしなくちゃならなかった。だから鍛錬もこっそりやる。昔っからこっそりやってきたのが〈衆〉だから、とりたてて変わるわけじゃなかったけれども。

〈兄弟〉たちと列を組み、九十九は細い山道を進んだ――疾駆。のんびり登るなどということは滅多にない。常に鍛錬――怠るなかれ。それが世話焼きの〈婆〉たちの口癖。

「わしらはな、年端もゆかぬ子らが病気や怪我で苦しむのを見とうない。だから、鍛錬せい。怠るなかれ、じゃ」

 鍛錬鍛錬怠るなかれ。ぶつぶつと口中で唱えながら、濡れた下草で隠れた細い道を踏み分け、森の切れ目へと出る。

 崖。

 はるか足の下から、湿った風と水音が聞こえてくる。

 ちらと覗き込む先は、黒い影のわだかまりばかりだ。すでに日は暮れている。

「水遊びをさせてやろう」

 改めて〈下頭〉が言った。無表情。淡々とした口調が、鍛錬のひとつであることを――もとより遊ばせてもらえるとは信じていなかったが――告げている。これが底意地の悪い笑みでも浮かべていれば、まだ薄い〈封〉の裡で怒りや憎しみが燃え上がったのかもしれないが。

「行け」

 先頭の〈兄〉に、今度こそはっきりと命じる――動かない。動けない。淵を横目に、足を竦ませている。まだ〈封〉より恐怖が上回っていた年頃だ。

「安心しろ。いまは(・・・)危なくない」

〈下頭〉が空を見上げた。つられて九十九たちも仰ぐ。梢の先に星と薄雲が引っかかっていた。

「小雨が降っただろう。だから川のかさ(・・)が増えている。水も、それほど冷たくはない。これが冬なら、入れば(とお)を数えるうちに体は動かなくなり、百を数えるうちに凍えて死ぬ」

 だから冬に潜入や退路で水辺を選んでならない、というわけだ。

「わっ――」

 叫びに視線を戻したときには、〈兄〉が消えていた。耳に水音――投げ込まれた、と思う間もなく次の〈兄弟〉が帯の後ろを掴まれ、宙を舞う――落下――水音。

 次も、その次も。ポンポンと暗闇へ――着水時に先の者とぶつからないよう、少しずつ抛り出す位置を変えているのを見て取り――九十九は帯を掴もうとする〈下頭〉の手を払った。

 反抗は拳の制裁――重々承知。だから、それよりも早く。先に。

「ひとりで行ける」

 言うなり、宙へ身を躍らせた。

 足を揃え――黒い風を裂き――水中。

 水勢が体ごと無数の泡を流し去る――すぐに別の着水。別の泡。

 早く移動しなくては。いくら投げ込む場所を考えているとはいえ、この暗闇で流れに乗ってぶつかればお互い大怪我しかねない。

 やっと沈降がおさまり、爪先が川底に届く。人の頭ほどの石が転がっているのを感じる。

 蹴った。同時に水を掻く。上へ。水面へ。

 浮上――。

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