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狩りが始まり:第二日(1)

 シスルの町に注ぐ雲間からの陽光は、昨日まで遠慮がちだった春の訪れを告げていた。

 真綿の柔らかさで注ぎ、緑の陰を生み、白い壁の邸宅をお行儀良く映えさせる。この場にふさわしいのは、無邪気な子供の笑い声。あるいは静けさ――。

 しかし、そのどちらも望めない。

 前者は昨晩、この町から人々が消え去ってしまったために。

 後者は、苦痛の呻きが止むことなくあがりつづけるために。

 それも、十二人分。

 いずれも体格の良い、あるいは若くて俊敏そうな――ただし、お世辞にも上品とは言い難い身なりの――男たちでありながら、ひとしなみに倒れ伏していた。

 ある者は腕や足を異様な方向へ曲げ、また別の者は目鼻を潰して血を流している。身もだえない者は――気絶。

 男たちの隙間を不規則に埋めるのは、上等品の衣類、銀器、宝飾、特装丁の本、果ては衣装棚の扉まであった。

 さらに――短剣。銃。

 つい今しがた引き金を絞ったばかりなのだろう。銃口から、細い煙を立ち上らせているものもある。

 その銃把のひとつに、薄汚れた手が這い寄った。

 間近に倒れている男が、額に玉の脂汗を浮かばせて、必死に――そして獲物を狙う蛇の秘やかさで伸ばしていく。

「シスルの町の連中がみんな消えちまった!」という話をこの男が聞いたのは早朝――徹夜で裏町仲間たちとやっていたカード博打も、そろそろお開きというところ――だった。

 お頭がカードの負けをチャラにしてくれるというので、他の下っ端たちと仕方なく様子を見に来たのだが。正直なところ、着くまでは半信半疑だった。

 本当に誰もいないらしいと分かったのは、先客たちの仕事ぶり(・・・・・・・・・)を見てからだ。

 盗り放題の天国!

 一人をお頭への報告に帰し、自分たちはすぐに職業的意欲の忠実な下僕となった。

 以前、この町に住んでいたという仲間の一人を案内人にして、金持ち連中の住んでいた区域に乗り込み、あとは手当たり次第に街路へと運び出す。荷車などの調達も手際よく分担して行った。

 しばらく仕事にいそしんでいるうちに、付近の町から警官たちが緊急に派遣されたという話も入ったが――知ったことか!

「おいおいおい! こいつぁ荷車一台じゃ足りねえぞ!」

 尊いはずの労働の汗を流しながら嬉しい悲鳴をあげ――。

 そこまでだった。

 本物の悲鳴にすり替わって、全員――十二人――が嫌というほど土を舐めるまで、おそらく十五分とかからなかっただろう。男も真っ先に逃げようとしたが、投げ紐で足を絡め取られ、ひっくり返ったところで、したたかにぶん殴られた。

 あの「賞金稼ぎ」め。全部ぶち壊しにしやがって!

 男の爪の先が銃把に触れた――まだ道は遠い――じりじりと、震える指が草を分け、這い寄る。

 中指――先が到達。

 手元へ――掌中へ収めようと、残りの指が土を掻きむしる。

 折れた草の上を銃が蝸牛の速さで滑り、薬指、ついで人差し指が――勢いを得て小指――とうとう親指までが銃把に絡み――。

 潰された(・・・・)

「ひぎゃああああああああああああああああああああっ!」

 絶叫が、穏やかさを取り戻しつつあった緑陰の大気を震わせる。

 男の手の甲が、銃把の上で関節を無視して反り返っていた。突き立てられているのは――洋杖(ステッキ)

「無粋なやつめ」

 嘆きが降る。石突きをさらにねじ込まれ、男は激痛に喘いだ。

 涙、鼻水、涎。それと小便。

 いずれも拭えず、止めることもできず――そんなことさえ思いつけず――ただ垂れ流しながら、もがく顎で草をすり潰す。緑汁を顔面になすりつけ、やっと首を曲げ、杖の主を震えながら見上げた。

 影。

 ちょうど、陽を背負っていた。表情が窺い知れない。長躯と裾の長い厚手の外套が、黒い塔となって聳えて見える。寄り添うのは細い塔――杖だ。蔦が絡み束になった握り(ハンドル)の装飾。見て取れたのは、それだけだった。次になにをされるか見当もつかない。底知れぬ恐怖。背後から撃とうなどと企てた自分への罵り。後悔――嘆願。

「あ……アイヴィーのダンナ……いや、〈教授(プロフェッサー)〉……もう観念しましたっ! 火事場泥棒風情が身の程知らずでしたっっ! 申し訳ありませんでしたっっっ! だから! ……その杖を……もう二度と馬鹿な真似は――は?」

「逃げてしまったと言ったのだ。お前の喚き声のせいで。せっかく戻りかけていたというのに」

 北部では少し気の早いカッコウのことだと男が気づくには、しばらく――離れた樹上から、その独特の鳴き声が聞こえてくるまで――猶予が必要だった。

「春、来たれり。謳吟のカッコウよ――」

 聳える影の塔から、低い呟き。言葉遣いで古詩と知れるが、男には難しすぎた。

「さすが〈教授〉。俺たちみてえな学のないやつとは大違いだ」

 必死に持ち上げるしかない。全身に絶え間なく走る痛みさえなければ、すすんで靴に接吻でもしただろう。

「安心しろ」

 男に影が差した。塔が傾いたのだ。どうやら、下を向いたらしい。

「これからお前には、学びと内省の貴重な時間が与えられる。監獄でな」

 杖が、手の甲から持ち上がった。男は安堵の息――つづけて頭部に一撃。

 暗転する世界で、警官の使う笛の音を聞いた。次に目覚めたときは、手枷足枷つきだろうと確信。

〈教授〉に遭遇してしまった運の悪さを呪いつつ、こそ泥の意識は底へと沈んでいった。


                      ◆


 人びとが消え去ったシスルの町から、馬車でおよそ四半日ほど南行――マグワート。紡績工場などが多く、周辺地域からの出入りも盛んな町だ。

 だから、紛れ込みやすい。逃げ出しやすい――。

 ツクモは町の中心部にある駅舎の前で、馬車を止めた。

「ここで降りよう」

 使用人の態度で、下車する二人の若い淑女(レディ)に手を貸し、さらに旅行鞄を下ろす。荷運び(ポーター)の少年たちが寄ってきたが、すべて追い払った。

 馬車の老預かり人に銀貨を一枚握らせ、片目をつむってひと言。

「ちょっと長くなる」

 たちまち老人は納得した様子で口元をニヤつかせる。お嬢様を送ったついでに、町で女に会うとでも思ったのだろう。

「馬車はどうするのです?」

「放っておけ」

 レディの問いには小声で答える。売って換金することもできるが、一応、他人のものだ。おそらく訴え出てくる者は消えてしまっただろうが、どこで足が付くともかぎらない。預けてしまって、自分たちは汽車に乗ってしまったほうが安全。

 不測の事態が生じたときの、保険の意味もあった。もし掛け捨てとなれば、あの老人が好きに――そ知らぬ顔で売り払って金を着服――するだろう。

 駅舎に入る。工場の町らしく実用一点張りのものだ。頑丈な壁と屋根さえあればいい、といった造りだった。低い時計塔と銅板に彫られた駅名が辛うじて装飾といえるだろうか。

「多いな」

 ツクモは駅舎正面の広間(ホール)で洩らした。混雑。しかも、その大半が、どこへ行くわけでもなく立ちつくし、また周囲と大声で言葉を交わしている。

「大騒ぎになってますわ」

 はぐれないようポーチェの手を引いていたレディが、もう一方の手をツクモの鼻先へちらつかせた。大判紙一枚――瓦版(ブロードサイド)だ。いつ買ったのか。

「最近の話が伝わる早さは、目を見張るものがあるな」

 一瞥したツクモは、若い見かけに不相応な感想をこぼす。

「せいぜい、驚くふり(・・)でもしておけ」

「嗚呼、恐ろしい。あなたはもう瓦版をご覧になって? シスルの町が大火事で、しかも一夜にして町の人びとが消え失せてしまったそうですわよ」

 上流階級――それも噂話がなによりも好物な婦人――を露骨に装った言葉遣いで話しかけられたポーチェが、無表情でレディを見つめ返す。にわか淑女は肩を竦め、すれ違った紳士へ艶やかな笑みと一緒に号外を押しつけ――そのままツクモの背にぶつかった。

「急に立ち止まらないでください」

 よそ見をしていたことは棚に上げ、文句をつける。ツクモは答えない。真っ直ぐ前へと注ぐ、その視線に語らせた。辿ったレディが声もなく嘆く。

 切符売り場の横に、横長のポスターが貼られていた。旅行会社のものだ。

『万国博開幕迫る! いまなら格安で首都(メトロ)めぐりも!』


 すでに馬車で長旅をするご時世ではない。

 とはいえ、シスルの町の異変と万博開催が重なって、三等車すら超満員だ。切符が手に入らなければ汽車には乗ることさえできない。

 一泊するべきか――。

 ツクモは数日の不眠不休も耐えられるが、昨日の今日で再び馬車移動では、レディやポーチェには寝不足で辛いのではないか。体調を崩されても困る。

 とりあえず、裏町の安宿を選んだ。人の出入りが多い町なので、選択には苦労しない。抱えていた荷を預け、文字通り手の空いたツクモは、レディを見やる。物思いに沈んでいるようだった。裏通りを歩きはじめてから目に見えて口数が減り、いまはもうほとんど無言だ。

 放っておいたほうがいいのか、それとも話しかけたほうがいいのか――。

 ツクモは、どちらにも確信が持てない。まごつき、口ごもり、所在なく佇む。視線をさまよわせると、窓辺で外を眺めていたはずのポーチェと目が合い、どんな顔をすれば良いのかここでも分からず、天井を見上げ、梁に蜘蛛の巣を見つけ、その縦糸と横糸の本数を――。

「なにか言ったか?」

「ですから、少し出かけてみようかと。ついてきて下さいますよね?」

 立ち上がったレディが、ドアノブに手をかけて言う。ツクモが同道するのも、彼女のなかではすでに決定事項のようだ。わがままや強引というよりも、それが自然という振る舞い方だった。

 ポーチェは――

 ツクモは振り返るが、すでに行く気になっている。休ませる必要はなさそうだ。華奢な見かけより、ずっと強靱(タフ)らしい。

「わかった」

 そう答えたときには、部屋に取り残されたも同然。二人の後を追う。念のために行き先を確認。

「故買屋さんですわ」

 素晴らしい思いつきだろう、と言わんばかりに得意げなレディの姿に、さっきまでの物思いに沈んだ面影は欠片もない。

「あの鍵、古いものでしょう? でしたら、まず鑑定してもらえば良いのです。なにかいわくなり分かるかもしれませんわ!」

「そうかもな……けど、故買屋もいろいろあるだろう。あては?」

「さあ?」

 首を傾げながらも足取りは軽く、確かだ。明らかな意思で角を折れ、路地を選び、引き返すことはもちろん、周囲の看板に目をやることもない。裏町深く入っていく。

「この辺りに馴染みがあるのか?」

「まさか」

 レディが品良く笑い飛ばし――宿を出てから初めて足を止める。碧い瞳には淡い期待が――わたくしは覚えがないけれど、なにか気づいたことでもありまして? ――浮かんでいた。

「いや……なにか、思い出すことはないか? って意味だ」

 ツクモは咄嗟にはぐらかした。躊躇いもせず道を選んでいることに気づいていないらしい。とすれば、指摘をして意識させてしまうのは、かえって邪魔。

「思い出すことですか? ちっとも」

 レディがおどけ半分に肩を竦めた。ツクモの下手なごまかしも素直に信じている。東洋の異国人という立場は、こういうときに役立つ。

「ですが、引っかかるものがあります。この雰囲気を知ってる感じと言うか……」

 レディの手が宙を掻き混ぜる。さっき言葉少なになったわけは納得だ――が。

「それで歩いてるのか?」

〈暗殺者〉のツクモには、かなり思い切った行動に見える。〈お務め〉中に不測の事態に陥ることは多いが、それでも、わざわざ予測できない渦中へ飛び込むことは可能な限り避けるものだった。

「試してみないと分かりませんもの」

 当たり前のことを言わせるな、といった口調のレディがやっと笑みをつくる。

「わたくしとしては、こういった裏町は馴染みのない場所だと思っていますけどね」

 スカートの裾を揺らし、胸元のレースを摘んで整え――つまりは良家の、少なく見積もっても中流の娘だと言いたいらしい。

「その服は自前じゃないだろう」

 ツクモは指摘。シスルの町で調達したものだ。再び歩き出したレディに並び、お嬢様然とした容姿を頭から爪先まで見た。

「これはそうですが、地下牢で目が覚めたときも似たような拵えの服を着ていましたわ。変態貴族に囚われた、どこか名家の淑女(レディ)だったとしてもおかしくはありません」

 応じる言葉は、ほぼ断言。楽観的で空想的。世間知らずのお嬢様としての素質は十分。だが、皮肉ではなくツクモにも頷ける部分はある――普段の丁寧な言葉遣いや、育ちの良さを窺わせる仕草など。

 不思議なのは、その一方で裏町を自分の縄張り同然に歩くことだ。いかがわしい職業の可能性も高いが、それを口にすれば波風が立つことも想像はつく。

 まあいい――。

 後からでも考えられる。それよりも――レディの氏素性を探るよりも――ひとつ「確認」しておかなくてはならない。

「ではお嬢様がた。こちらへ」

 切り上げるついでに、右手の脇道へ導いた。レディがわずかに体をこわばらせだが――そっちの道ではない、と本能が拒んでいるのかもしれない――ツクモの紳士的に指し示された手と、「お嬢様」という響きに抗しきれず従う。ポーチェが無表情につづく。

 さらに角を四度曲がった。左右右右。

「元の通りですわ」

 最後に、また右に折れながら、レディが頬を膨らませる。無駄に一区画を巡回させられたのだから当然だ。

 しかし、ツクモは涼しい顔で謝った。

「慣れないことはするもんじゃないと、よく分かった」

「まあ。もしかして本気でしたの?」

 レディがたちまち、まんざらでもないといった表情をする。

紳士(ジェントルマン)になるには相応の経験と資力が必要ですわ。それに、たとえ真似事でも裏町はいただけません。王立公園(ロイヤルパーク)を歩かなくては」

 得々と講釈しつつも、足取りは軽い。

「馬車の手綱さばきはお世辞ではなく大変お上手なので、二輪二人乗り(キャブリオレ)でも乗りこなせるはずです。あとは服装と言葉遣いと立ち振る舞い。ああ、大丈夫――」

 足を止め、みすぼらしい扉のひとつを迷いもなく――みずから(・・・・)――開け、自信たっぷりに請け負う。

「あなたには素質があると思います」

「そいつはよかった」

 すっかりお嬢様ということになっているレディに応じながら、ツクモは素早く視線を走らせる。扉に屋号なし――絵看板さえも――天井まで届く棚――並んだ品々――刻まれている〈魔術文字〉――〈魔術〉関連品専門――故買屋――おそらく盗品売買――それらを瞬時に、つぶさに見て取っていた。

 お嬢様にしちゃあ剣呑だ――。

 ツクモは薄く笑いながら思う。驚きはない――勘づいていた。「『故買屋』に行く」と聞いた瞬間から。

 普通、古物の鑑定ならば真っ先に「故買屋」を思い浮かべない。

「骨董屋」のはずではないか。

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