作者がエタったせいで、私は処女のまま四十歳になりました
運命は時に残酷だ。
私は部屋の明かりをつけた。もの寂しい会社の独身寮。同世代はみんな運命の人と結ばれて、社宅か持ち家かで幸せな時を過ごしている。四十にもなって、二十代の子たちに混じって独身寮に住んでいるのは私くらいのものだ。
私だって――将来を予感させる彼がいた。
でも結局結ばれなかった。この世界の神……作者とでもいおうか。作者が運命を紡ぐのを突然放棄した。以来、私の恋愛は高校時代でストップしている。無様に歳だけを重ね……こうして、高齢のくせにろくに恋愛経験のない女が出来上がった。
彼はもう行方がわからない。作者が突然いなくなってから半年後かに、東京へと越してしまった。
神様なんて、いない。
☆
奇跡なんて俺は信じていない。
昔から文章を書くのが好きだった。学校の先生からはチヤホヤされ、作文のコンテストかなんかでは一位を獲ったこともある。
小説家になろう。いつしかそう思うようになった。恋愛小説を中心に、さまざまな小説を書いてはネットに公開したり賞に送ったりしていた。
だが社会には、俺を上回る才能なんて腐るほどあった。俺の作品など箸にも棒にも引っ掛からなかった。
それでも諦めずに書き続けてきた。だがさすがに馬鹿馬鹿しくなった。友人たちはみんな会社でそれなりの地位についているが、俺は四十にしてコンビニのフリーター。
くだらない。本当に。いつしか俺はネットにゲームにの日々を送るようになった。
だから今日、小説投稿サイトに訪れたのは本当に久々だった。もう二十年も前の書きかけ恋愛小説。
もし小説の世界にも時があるとすれば、主人公のナオミはとうに四十になっている。苦笑しながらも、俺は久々にキーボードを打った。
☆
私は見捨てられてはいなかった。
彼が、二十年の時を経て戻ってきたのである。
東京に転校した彼は、一流の大学を卒業し、大手と言われる企業に就職した。彼の家系はもともと血筋や家柄を重視する。だから若い頃から親に縁談を持ちかけられた。自分を狙ってくる女も多くいた。それらすべてを彼は断った。
彼の夢は自分の会社を立ち上げることだった。いまの会社で金を貯め、かつての故郷に戻り――妻として、私を迎え入れる。それが彼の昔からの夢だった。
結構なことだが、ちょっと無理のある夢だ。彼もなかば諦めていたらしい。独立まではできるとしても、私は地元の人と結婚しているかもしれないと。だから本当に運命だよな、と彼は笑った。
半年後に式を挙げる。ちょっと遅いけれど、ささやかな幸せとトキメキを私たちは作者からもらった。
だからお礼がしたいと思った。そうだな、と彼も頷いた。
☆
すこし都合が良すぎるかもしれないな。俺は苦く笑った。
甘々の恋愛小説。四十のオッサンが書くもんじゃない。しかもこんな彼氏、現実にはいない。
だが――実際に書いてみると、手が止まらなかった。
ナオミたちが、動く、動く、動く。まるで自己主張するかのごとく、どんどん面白い展開へとインスピレーションが溢れだしてくる。
これが小説を書く楽しみか。忘れていた。こんなにも胸が高鳴るものだなんて。
俺はこの小説をとある賞に送ってみた。
後日、受賞の知らせと、出版のお誘い電話がかかってきた。