『千重の桜』 ~妖狐の章~ 其の六
「ゆけぇい焔」
儂は、先制とばかりに狐火を飛ばす。その間に姫は数歩下がり、『魔術』とやらの詠唱に入る。
「狐。すまぬが、暫し時間を稼いでくれ。」
「了解じゃ。」儂は答え追撃とばかりに、狐火を飛ばすが・・・
先ず先行する狐火を素手で払いのけ、尚もゆっくりとこちらに歩きながら後続の狐火も叩き伏せる。
「妖狐や、お主のチカラはこんなものかえ?」
「ならば、後ろの人形共々、一撃で叩き伏せることになるぞよ。」
夜叉姫と言えば、一族を滅ぼされた姫の怨念から生まれた夜魅。
丑三つ時に二十一夜参って、妖術を手に入れた妖術使いである。
そうか、姫と同じ境遇なのじゃな・・・夜叉姫も。
だが、儂が守ると決めたのは『音姫』。同じ境遇だろうと夜魅に呑まれたモノに容赦は出来ない。
「ならば、本気を出すとしようかの。」
言って儂は、妖力を開放し獣の形態に戻る。
白い体毛に、六本の尾。『白狐』と呼ばれる稲荷神の眷属たる姿だ。
「ほう、白狐であったか、だが尾は六本。ならば九尾には到底及ぶまい。」
儂は尾を振り、六つの狐火を飛ばす。数もだが、威力も先程よりも高い。
それと同時に、夜叉姫に向かって駆け出す。狐火と直接攻撃の二段構えだ。
「あまいのう」
夜叉姫は薙刀を生み出すと、くるくると回し狐火を迎撃、そのまま儂に振り下ろす。
儂は飛びのいて薙刀躱す。二段構えの攻撃も通用しない。
「ほう、素早さはあるようだのぅ」
儂だけで、こやつを倒すのは無理か。
ならば、姫の『魔術』とやらとの連携で倒すしかあるまい。
「姫っまだか?」
「もう、少しだ。」
「ほれ、余所見をしている暇は無いぞ?」
次々と薙刀が振り下ろされる。
「ほれ、ほれ、ほれっ」
儂は其れを何とか回避しつつ時間を稼ぐ。本来妖術使いである筈の夜叉姫が薙刀での直接攻撃しかして来ない。
格下と見て、遊んでいる様に見える。
ならばこの状況を利用する。本気で来ないならば、簡単に時間も稼げよう。
儂は、狐火を飛ばしながらも、回避に専念する。
「ふむ、飽きたの。」
「もう、終わりにしてくれるわ。」
夜叉姫から、瘴気が噴き出す。妖術が来るのだろう。
「姫っ」
「狐っ此方に。」姫が叫ぶ。『魔術』の詠唱が終わったのだろう。
儂は、姫の所まで戻ると、姫は言った。
「よいか狐。私が『魔術』を放ったら、直ぐに『祠』にはいるのだ。」
「姫?何を?」
「説明は中で”私”がする。よいか、分かったな?」
「う、うむ。」
姫の意図は良く分からないが、儂は人型に戻り、『祠』に入る事を了承する。
「では、行くぞ!『熱閃爆炎』!!」
「ほう、これはなかなか・・・『紫炎怨鎖』。」
姫の放った熱線は、夜叉姫の放った紫色の炎の鎖に触れると轟炎となる。
赤と紫の炎は押し合い、一歩も引かない。
「何をしている?早く行かぬか!」
姫の声にはっとする。儂は、急ぎ『祠』の中に入る。儂が下に続く階段を下りると扉が勝手に閉じた。
儂は慌てて、扉に戻る。押しても引いても扉はピクリともしない。
「そんな・・・」
まさか、姫は儂を逃がすために『祠』に入れと言ったのか?
儂はまた・・・姫を助ける事が出来なかったのか?
儂は扉をドンドンと叩く。「開けてくれ!姫」と叫び続ける。
ドゴォォォォォォォォォォン
一際大きな音と振動が伝わる。『祠』の内部・・・洞窟の様なその場所がグラグラと揺れ、小石が落ちる。
どのくらいの時間が過ぎただろう。数秒?数十秒?それ以上??一瞬とも永遠とも思える時間が過ぎ、やがて揺れは収まる。
そして、辺りを静寂が包み込んだ。




