『千重の桜』 ~妖狐の章~ 其の五
「おはようなのじゃ」
翌日。儂は、姫の学校へと登校する。
先日、「また明日なのじゃ」と、桃井香奈に言って別れたからだ。とは、言っても明後日になってしまった訳だが。
先ずはそのことを謝る。その後、放課後に時間が取れるか尋ねると、「あ、うん・・・大丈夫。」と言った。
放課後。
桃井香奈を連れて、『霧島華音』へと向かう。ここは里にある姫の家なのだそうだ。
歩きがてら、桃井香奈は儂に色々と聞いてきた。
主には、姫の事。儂が昨日居なかった事についても気になっていたようだ。
それにしても・・・
「華音さんって・・・音姫なんですか?」
と聞いて来たときは驚いた。
本人に聞いた訳では無く、文献を読み解いて調べたと言う。
そこまで調べたのならば、
「お主達が『霧島華音』と呼ぶ少女こそ、音姫の事だ。」
と教えた。儂に関しては・・・どうやら千重さんと混同している様で・・・
それに関しては、はぐらかしておいた。
そうこうしている内に、『霧島華音』に到着する。
「入るぞ?」
きぃぃぃぃぃぃと軋む扉を開け中に入る。
「あら・・・ここちゃんに・・・香奈ちゃんっ久しぶりですねぇ♪」
「あはは、こんにちは。花子さん。」
「姫はおるか?」
「華音様は、まだ『桜』の所ですよ。」
ふむ、やはり『桜』の所から動かんか。なんぞ、昔の様じゃの
「それなら学校から直接『桜』に行った方が良かったの。」
「いえいえ、『桜』は今、何人たりとも近づけません。」
「私なら、『桜』の近くまで行けますから、一緒に迎えに行きますか?」
花子のチカラにより、厠と思われる扉と『祠』とが繋げられる。
扉をくぐる。
その先に見えるのは、満開の『桜』
「お、皆来たのか。」
其処には当然が如く姫が居る。
「華音さんっ」
「香奈。久しぶりだな。」
「うんっお店に行っても全然いないんだもんっ」
「すまなかったな。」
「ちと・・・野暮用でな。」
「野暮用とはな。これだけの事をしておいて・・・」
まったく姫は、言葉遣いこそ変えたが、こういう所は変わらんな。
「なんだ、狐も来ていたのか。」
「なんだはないだろう、なんだは。」
わざとらしく言う姫。
桃井香奈は、不思議そうな顔をする。
「華音様。そろそろ香奈ちゃんに説明してあげた方が・・・」花子が言うと、姫は経緯を話始める。
事の始まりは『楔』。そして夜魅・・・夜魅の王。
其れにより訪れるであろう危機。『常世』の浮上による『現世』の崩壊。
さらには、夜魅の性質や行動理由なども。
しかし、こと、結界と姫自身に関しては、真実を告げていない。
『桜』の下・・・『祠』の地下深く眠るのは姫自身。結界の役割も守る為では無く、敵を誘い出す為。
儂も「それを手伝っていたと言う訳じゃ」と話を合わせておく。
やはり、姫自身の事は、まだ・・・桃井香奈には伝えたくなのだろう。
桃井香奈は、「あれ?あれ?音姫が華音さんで・・・桜が桜井さんで・・・」と、その辺りは分かっていなかったようだ。
儂は簡単に、「唯の妖狐じゃ」とだけ言っておいた。
姫自身の事や千重さんの事について、姫が言いあぐねていると、見知らぬ声が聞こえた。
「そこから先・・・話してもいいのか?」
「お前の為にならんと思うぞ?」
儂は直ぐに臨戦態勢を取る。
こやつ、音も立てえずに結界内に入りおった。
般若を模した面を被った姫のような夜魅。
「ほう、これは大物が釣れたようだな。」
「・・・夜叉姫。」
「流石に、わらわを知っておったか。」
「ならば、何をしに来たのかも分かるじゃろうて?」
「花子。」
「今すぐ、香奈を連れてこの場を離れるんだ。」
「狐っ!手伝え!!」
儂と姫は、桃井香奈と花子が扉の奥に消えるのを確認すると、夜叉姫と対峙する。
「まったく・・・狐使いが荒い・・・のじゃ。」




