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心具使いの彼が最弱な理由  作者: 綾織 吟
第一章 聖国の遺物
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第四話 安寧の地

新キャラが続々登場します。

 学院の図書館は新学期が始まると共に本を入荷する。そして新学年が始まって一ヶ月は全生徒が何かと忙しいため、図書館を利用する生徒は極々僅かである。

 模擬戦の翌日、ジル・マスティス、またの名を「図書館の覇者」は図書館に現れた。

 大量の本を保管する図書館には司書が勤務している。しかし、司書が全ての本を把握しているはずが無いのだが、ジル・マスティスは十一年の歳月を経て全ての本を把握できるようになった。

 少なくとも本を探しているときは司書とジルが居るならジルに聞けと言うほど図書館を知り尽くしている存在だ。

 進路は学者か司書と言うほど本を愛して止まないのだ。

 図書館の一角、入り口から左に進んだ一番奥、日当たりが非常に良い場所に丸い大きなテーブルが置かれており、テーブルには本が、置かれた椅子にはジル一人が座っていた。もはやジル・マスティス専用の席と言っても過言では無いほどに使い続けてきた場所に陣取って読書を楽しんでいた。

 積み重ねた本、無作為に選んだと言わんばかりにジャンルがバラバラだったが、それは全て新しく入荷した物であり、別の場所に移される前に消化するべき物だった。

 静かに捲られるページ、黒い制服に身を包み、無言で本を読むジルの姿は様になっていた。

 静寂、とても穏やかな気分であった。

 新学期が始まってまだ三日目である。しかし、昨年度以上に騒がしくなりそうな予感がしてならないジルにとってこうして大人しく本を読んでいる時が非常に有意義な物であった。

「……ん?」

 気配、非常に静かな空間で気配がした。

 ジルは読んでいた本から目を離し、周りをキョロキョロとする。するとこちらを除いている小柄な少女が居た。

「ああ、すまん。あまりに人が居なかったから新刊を大量に持って来すぎた。こっち来て読めよ」

「あ、あの……その……ありがとう、ございます」

 緑の制服を身に纏った癖毛のある茶髪セミロングの少女。昨年都落ちしてきた中等部二年のフロン・ヴェルムである。彼女もかなりの本好きでジルと相通ずる所があるのだ。

 フロンは積み上げた本の中から公国で出版された心具に関する論文書を選んだ。

 高等部三年になると生徒は個人の研究テーマに沿った卒業論文を書かなければならない。テーマは人それぞれで二年の内にどのような研究テーマかを文面にして提出し、一年間の間に一つの論文を書き上げなければならない。しかも授業外でだ。

 今し方フロンの選んだ論文書は中等部のウチに行う下積みとしてはかなり好感の持てる物である。心具使いに直結するこの類いの本は好きこのんで読んだ方が得をする場合が多い。

 ジルもこういった本が入荷されると真っ先に読んでいる傾向が強く、現に今現在ジルが読んでいるのは帝国と公国の南部に位置するレンバリート王国の論文書だ。

 二年になってから慌てて卒論の事を考え出す生徒も多いが、ジルに言わせれば選球その物は随分と前から始まっており、大して気になることでは無いのだ。

「あの……ジル、さん」

 コミュニケーション能力が低いフロンは口数が少ない。慣れ親しんでいるはずのジルでさえこの有様であり、噂では話すことすら出来ないという。

「ん?」

「この論文……ジルさんの、物ですか?」

 そう言ってフロンは本の文面を見せる。そこには「神器発現の可能性」とタイトルに書かれた論文であった。

「ああ、いや、それは俺の叔父の奴だな、前に送った論文の改編版だな」

「そう、ですか……」

「心具使いの頂点、神器なんだが、アレは持ち主が心を最大限まで具現化した物だからな、一種の自己表現と言い換えることが出来る。それが俺の持論だ」

「そうなんです、か?」

 心具その物に関する論文は大量に存在し、定義に関しては諸説ある。神意的な物や、宗教、神話を始めとして心具とは何かと言い始めれば心具学者一人一人主張が異なってくる。

「実際、才能が無いと言われた連中が神器を発現させた。しかもたった一年でだ。これが五年間で十七名も実現したと言うことは俺の理論が通っていると言うことだ。その論文、多分神器発現の条件は一切書かれていないはずだ」

 ジルにそう言われてフロンは論文書に目を通す。速読して見るが、どれだけ読み進めても神器を発現させるためのことは一切書かれていなかった。

「ほんと、ですね」

「だろ? んで、俺の研究テーマでもある『神器発現と心』なんだが、理論は確立されている。この五年間でな……まあ、半年前に論文を出したら目の前で燃やされたがな」

「それは……その、私でも……神器を」

「そうだな~、そりゃ理論上誰にでも出来るって結果を出した俺だから出来ないとは言えないんだが……恐らくこれは人の性格が大きく関係すると思うんだよな~、フロンって人見知りだから難しいと思うんだよな、俺の定義では自己表現力とか、意思力って奴に左右されやすいから」

「そう、ですか」

 コミュニケーション能力と自己表現能力とでは若干接点が少ないように見えるが、人との関わりでは自分の意思を貫き通すと言う場面が必要となるときもある。その時に意思力が必要となる。また、相手に自分の意見を伝えるときは自己表現能力が必要となってくる。

「まあ、自分よがり、エゴ、自己中心的な奴、自由な奴が神器を使えるはずなんだがな、苦労せず」

 今、自分で言ったことがそのまま当てはまっているとは知らず、ジルは腕を組んで悩んでいたが、フロンは神器が何時発現しても可笑しくない人をジッと見ていた。

「ん? 言っておくが、俺は無理だぞ」

「なぜ、ですか?」

「俺の心具、知ってるな?」

「はい」

「あの心具は武器という形をしていない時点で例外に含まれる。心具は剣であろうが盾であろうが弓であろうが戦う能力を備えている時点で心具としての用途を成している。だが、俺の指輪は戦う能力を備えていない時点で存在その物は心具であるが心具としての用途を成していない。昔から存在する心具だが、例外とされる心具はどれもソレ固有の力を備えていて、それ以上でもそれ以下でも無い存在だ。恐らく成長しない固定の物、という物だからこそ俺の心具は神器と成り得ないんだろうな。現に俺の指輪は他者の心具が本来出せる力を最大限にまで引き出す能力しか無い。心具が強力である必要は何処にも無いし、心技を使う必要もない。恐らくこれは所持者の意思とはまた別にあるんだろうな」

 心具であって心具で無い、心具としての用途を成していない時点でジルの持つ心具は心具としての定義に反している。それ故にその理論を確立したはずの本人が神器使いで無い理由である。

「そう、なんですか……」

「まあ、俺はこの力があったお陰でこの理論を確立することが出来たからな、周りから見れば役立たずかもしれんが、学者肌の俺としては面白味のある物だな~」

「あ、あのっ!!」

 フロンは何かの意を決したかのように顔を真っ赤にして声を上げた。

「ん?」

「私を―――」

「やっと見つけたぞ」「見つけましたよ、ジル先輩」

 横やりが入り、一瞬にしてフロンの声は掻き消された。フロンは声の元を見るなりショボンとした表情になってしまう。

「……大声を出すな、場所を弁えろ」

 図書館では静かに、どれだけ人が居なくともそれが暗黙のルールであり、常識であり、紳士淑女たるマナーである。

 ジルは睨みながら声の元を見た。

 恐らく声はユア・グラビスとアイリス・アフィルからである。ユアとアイリス、それと長い金髪の少女が入り口からこちらへ歩いてきていた。

「すまない」「すみません」

「ったく……で、フロン、すまんがもう一度言ってくれ、聞き取れんかった」

「いえ……あの、その……いい、で、す」

 フロンは非常に人見知りな性格の人物である。様子を見る限り新たに入ってきた三人のせいで喋れなくなってしまったのだろう。

「はぁ……図書館で大声を出すな、茶化しに来たのなら帰れ、ここは勉学や文学を目的とした者の場だ」

 図書館の覇者、その異名は伊達ではなかった。

「私は君に話があって足を運んだまでだ。時間はあるだろうか」

「悪いな、俺は読書で忙しいんだ。俺は自分の都合で行動する。決して他者の都合に合わせて行動しようとは思わない」

「ぐっ……」

「ジル先輩、少しお話ししませんか?」

「しない」

 ユアに続いて弟子であるはずのアイリスまでも撃沈する。しかもアイリスの場合は一言で切り捨てて見せた。

 場所が悪いのだ。ここは図書館。学院内に存在するが、休日の日は公共の場として利用することの出来るこの図書館は一種のプライベートの場に近い。学院の敷地の中でここは学院外の職員が勤務しているのでここでは生徒同士の関係というわけでは無い。もちろんアイリスが教師であってもこの場では関係ないのだ。

「これはマッツビリエール氏の本ですか?」

 アイリスの後ろに控えていた金髪の少女はそう言いながら積み上げてあった一番上の本を手に取った。

 赤い制服に流れるような金色の髪、蒼い宝石が埋め込まれているかのような瞳だった。

「……ああ、初めて聞く著者の名前だがな」

「王宮に仕える文官の名ですよ、心具発現の時期について書かれた本のようですね」

「……失礼ですが、ユミル・デーバス・フェルト殿下に相違ないな?」

 アイリスが側に居る人物、そう考えたときに必然的に浮かび上がるのがレバンの話にあったユミル・デーバス・フェルト殿下となるだろう。

「ええ、高等部一年に転入してきました。お隣、宜しいですか?」

「どうぞ」

 ジルの返答で了承を得た彼女はフロンとジルの間に入るような形で席に着いた。

 極々自然な話の入り方にユアもアイリスも呆気にとられる。これが文化人たる自然なコミュニケーションの取り方なのだろう。

「本はよく読むのか?」

「ええ、私は半年前まで心具を使えなかったものですから、争いごとは余り好きではありませんの」

「そりゃまた珍しい」

 心具使いは基本的に物心が付いた時点で心具を顕現させることが出来る。どうやって心具を顕現すれば良いのかという方法を自然と理解しているのだ。自分がどうやって右手を挙げているのか、という事を多くの人が理解していないように、どうやって心具を顕現させるかなど極々自然の方法であって意識する者は少ない。

 学者の間では心具の発現の時期が生まれた時点で可能になっているだの、成長途中で発現が出来るようになるなど数え切れないほどに議論が交わされている。

 十代半ばで心具が顕現できるようになるのはかなり稀で、こういった時期に心具が使えるようになった者は大概自分の力を扱え切れていない場合が多い。

「急に使えるようになった物ですから、何分慣れなくて」

「心具は自分その物、慣れればさして不安に思うことも無いだろう。そこの剣術馬鹿は神器が発言した当初なんか自分の力なのに振り回されていた馬鹿だし」

「ジル先輩!! その事は言わないでくださいっ!!」

「それは本当ですか?」

「心技が勝手に発動するだの神器のしまい方が分からないだのならまだマシだったんだが、今までに何人か居たんだが……思ってることがダダ漏れになってた。そして欲望に純粋になる時もあった」

「いやあああああ!!」

 アイリスは顔を真っ赤にし、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「騒ぐなよ」

 いくら人が居ないからと言って図書館では騒いではいけない。

「ふふっ、何時も冷静なアイリス先生がこうも慌ててるなんて、やはり話に聞いていた通り面白い方ですね」

「冷静? がさつの間違いじゃないのか?」

「もう勘弁してください」

「さてと……場が濁ったところで俺は退くかな」

「ほ、本は……その」

「ああ、分かった」

 恐らくフロンが言いたかったのは「本は置いていけ」と言うことなのだろう。元々ジル・マスティスが運んできた物なのだが、本を読むためにフロンがここに足を運んだのだから置いていくのは当然とも言えた。

 ジルはその場から離れようとするとユア・グラビスが反応し、その後を追いかけた。




「ま、待ってくれ」

 ジルが図書館を出たところでユア・グラビスに呼び止められた。

「はぁ……なんだ」

 他者に束縛されることを嫌う自由奔放なジルはため息をついた。

「君の……マスティス先輩の心具についてなんだが」

「心具か? 俺の心具は他者の持つ能力を引き出す力だ。現状、力を使った相手は全員神器を発現できている」

「つまり人為的に神器を発現させる事が出来るというのか!?」

「それには語弊がある。心具その物は人為的に、意図的に顕現できる。俺の場合、俺の意思で相手の持つ本来の力を引き出しているだけだ……話はこれで十分だろ」

 話を早く切り上げなければならない理由がジルにはあった。残念なことに現在ジルの自宅は書物やレポートなどで埋め尽くされているため、一刻も早くそれを綺麗に掃除しなければ真面な生活が送れない状況にある。ベッドが書物で埋まって床で寝るという事態はなんとしてでも避けたいのだ。

「マスティス先輩はこの五年間で一七名もの落ちこぼれを神器使いに生まれ変わらせたと聞く、是非私にも御指南をお願いできないだろうか」

「却下だ」

 即答である。何か焦っているかのような様子だったユアに対し、冷たい一言で切り返すジルの瞳には人の温かみという物が欠けていた。

「……理由を聞いても良いだろうか」

「俺がアンタに教えたとして、アンタに得があるのかもしれないが俺には得することが一切として存在しない。俺は利己主義者であって善人でもなければ偽善者でもない、公衆の面前で平然と貶される黒服の俺が建て前で行動する道理は存在しない」

 利己主義者であるジルだが、物事の見方は偏っている。自分のやりたいことに関する事ならば利益であり、邪魔するなら損害、それ以外はどうでも良い存在なのだ。現状、ジルが目標とするのは「神器発現」の理論確立であり、それに十分なデータは揃っている。その過程で人として認識が変わったことは事実だが、地位が向上したわけではない。それはジル個人の努力が評価されていないことと同意であり、今更何をどうあがこうがジルは落ちこぼれ以外の何者でも無いのだ。そんな存在が建て前を気にするはずがない。

「つまり、教えることその物に理由がないと」

「一言で言えばそうなるな、俺は愛国者でもなければ心具使いの誇りすらもない、導師としてどれだけ凄い成果を出したとしてもそれは学生生活で行ったただのボランティアであって現にこの五年で変わったのは周りからの扱いだった。居るだけのクズが居ても邪魔にならないクズに変わっただけで俺自身は失った物の方が多い」

 責めてジルが一人の教師という立場であれば教師として鼻が高いと言うのだろうが、残念ながらジルは一人の生徒であって今までの行いはボランティアに同じである。その行いを自分の研究だと言い聞かせてきただけであって、後は文面にしたためて提出だけの段階で今更ボランティアを行う理由など何処にも存在しないのだ。

「私は……私はあの力をもう一度使えるようになりたいのだ!! だから……」

「だから? アンタが強くなって俺に何の得がある? 仮に俺が導師となるとして、導師になるだけの理由がないな」

 その言葉を最後にジルはその場を去った。

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