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心具使いの彼が最弱な理由  作者: 綾織 吟
第一章 聖国の遺物
2/7

第一話 黒服のジル 

恐らく五話当たりまで当面の主要キャラクター登場のため場面が転々とする場合もありますが、ご了承ください。

 ハーレント学院で唯一、あるいは帝国で唯一の黒服であるジル・マスティス。

 初等部から高等部まで存在する心具使いの学舎において恐らく史上初の十二年連続黒服のままという完璧な落ちこぼれである。

「はぁ~、新学期か」

 翌日、新入生、転入生は心を躍らして居るであろう時、最高学年となったジル・マスティスはぐったりとした様子で机にへばっていた。

「さすが黒服のジル、頭だけは一流だね~、今年もレポート頼み?」

 心具使いとしての才能のみで階級が決まってしまう社会の中で頭の良いジルは留年の危機を大量のレポート処理でやり過ごしていた。

 白服を着た金髪の青年がジルの姿を見て面白そうにいう。

「はぁ~、強くなりて~」

「それ、毎年言ってないかい?」

「留年しないぐらいの力が欲しい」

 もはや目標が低すぎる発言に金髪の少年は苦笑いするしかなかった。

「レバン~……どうやったら強くなれる~」

「……君、毎年神器使いを帝都に送り出している黒服のジルが言うセリフかい?」

 黒服のジル、「教導」というシステムを利用して中等部から導師として落ちこぼれの下級生をたった一年で神器使いに変貌させて帝都に送り出している人物である。しかし毎年留年の危機に瀕している落ちこぼれであり、本人曰く「成績がやばい」と理由で教えているらしいのだが、学院内では数々の伝説を打ち立ててきた人物である。

「白服だろ~、優等生だろ~、貴族だろ~、天才児だろ~、レバン・トーリス~」

 彼を知る後輩がこれほどだらしない光景を見たら悲鳴を挙げるであろう。

 レバン・トーリス、黒服のジルとは長い付き合いの親友である。学院内でも屈指の実力を持っており、なぜ帝都に行かなかったのかと不思議がられているほどである。

「僕としては君に教えを請いたいほどだよ」

「ぜってーいや、レバンが居なくなると俺寂しいじゃん」

「そんな理由で今まで断ってきたのかい? ジル、僕ならすぐに神器を発現させられるって言ってなかったかい?」

「俺ボッチ嫌だもん」

 向上心のある友人を後押ししてやるのが親友という物だろう。しかし、生ける伝説であるはずのジル・マスティスは寂しいと理由で断り続けていたのだ。

 想像を絶するジルの回答にレバンは大きなため息をつくしかなかった。

「レバン、いいか、真の実力というのは自分自身でつかみ取る物だ。俺なんて一向にその実力がつかみ取れない上に結構頑張ってるはずなのに全く評価されない」

 説得力が一切無い発言にレバンは何も言い返せなかった。

「はぁ……で、今年も導師をやるつもりなんだろ?」

 教導というシステムで一年間上級生が下級生を教え導く物で、導師とは教えている側のことを言う。

教導はジルの伝説の元であり、既に五年連続で神器使いを帝都に送り出している事もあって誰もが今年も弟子を取るだろうと思っている。

「ん~、今年はいいかな~……去年さ、六人も抱えてたせいでレポート出すのが遅れたんだよな~、卒業出来ないとかいう危機は回避するべきだ」

 ジルの言葉にレバンは正直驚きを隠すことが出来なかった。

 教導による成果は教えている側にも若干であるが評価される。しかし、若干であり、どれほど成果を出そうとも教えている側、導師には大きく成績が変わると言うことは無い。ジルがいつまで経っても黒服である理由の一つでもある。

「確かにそれは回避するべきなんだろうけど、多分みんなは君が導師をするだろうと思ってるよ?」

「んなこと知るかよ、教える教えないは俺の勝手だろ~、あんなのボランティアみたいな物だし」

「まあ、その事を否定することは出来ないね」

 教導というシステムは一般的にボランティアとして認識されている。教えられる側としては導師次第では大きなプラスとなるため上級生に頼み込むのだが、そう言われて引き受ける上級生は少ない。

「大体進級が掛かってる肝心なときに弟子共は全員帝都に行ってんだから恩知らずも良いところだろ、せめて一年間の恩を返してくれても良いと思う」

「後先考えず弟子を帝都に送り出すまで強くしたのが問題なんだと思うよ?」

「五年連続そんなことが続いたんだ。俺だって学習した。今年は教導なんてやらん」

 教室にいる同級生はジルの性格を大体把握しているため苦笑いで見ているが、こんな事を後輩に聞かせるのは出来ないだろう。

「ジル、見てみなよ、君に弟子入りしたい後輩が見ているよ?」

「いいわ、ねみ~……」

 少しでもジルにやる気を出して貰おうと教室の外でのぞき見している下級生達を見ていったレバンだったが、ジルの反応は余りにも虚しい物だった。

 進級のために必要なレポートを昨日提出し終えた崖っぷちの落ちこぼれにはもはややる気という言葉が無く、睡魔に襲われていた。

「……」

「ダメだ、当分起きそうに無いね」

 レバンは仕方なさそうに席を立ち、下級生達が群がるドア付近へと足を進めた。

 レバンも学院内では実力者であり、その甘いマスクで何人もの女子を虜にしてきた生まれつきの女落としである。下級生の団体に近づいていくとキャッキャキャッキャと女子が騒ぎ始める。

「ジルに用があるなら放課後以降にした方が良いと思うよ? 昨日まで留年の危機だった彼に少しの間だけ休息を与えてくれないかい?」

 下級生達はその言葉に異論を差し挟みたい様子だったが、学院屈指の実力者の前に逆らえる様子では無く、解散した。




 落ちこぼれ黒服のジルは始業式とホームルームを寝倒した。彼が起きたのは何だかんだで昼が回ってからだった。

「ふあ~、ねみ~……」

「まだ寝足りないのかい?」

 放課後、レバンはジルが起きるまで読書をしながら待っており、ジルが起きて直後の一言が感謝の言葉では無く、「暇なのか?」という余りにも酷い一言であった事に関してはさすがのレバンもジルを本で殴った。

「あと三日ぐらいは寝れるな~……明日から授業寝るか~」

「さすがにそれは止めた方が良いと思うよ」

 しかし、座学に関しては言えば、ジルは勉強しているかのような姿勢をして熟睡しており、当てられれば適当に答えて当てるという離れ業をしている。

「実技の授業とか出たところで意味ないしな~……不良になってもいいな」

「今になってグレるのは止そうよ」

「はぁ、いつの間に俺に対する認識が変わったんだ? 初等部に居たときは……こう、もっと周りからの扱いが酷かったんだが」

「四年前からだね」

 神器使いを帝都に送り出した最初の年を境にジルへの認識が一気に変わった。座学のジルが何時の間にやら「黒服のジル」と言う呼び名で生ける伝説と化したのが事の発端である。

「もうそんなに前か~……ってか腹減った。食堂でなんか食ってこうぜ、帰って飯作る気力がねーわ」

「残念だけど今日は食堂閉まってるよ」

 レバンからその一言が放たれた瞬間、ジルはこの世の終わりのような表情を浮かべ、膝を折った。

「ば、馬鹿な……俺に飢え死にしろと言うのか、あんまりだ」

 オーバーアクションである。しかし、自由奔放なジルの性格を考えればそれは日常風景であって、レバンはそんなジルにわざとらしく追い打ちを掛ける。

「ああ、そう言えば帰る前に職員室に来いとアフィル先生からの伝言だよ」

「アフィル? 誰だ、新任か? 俺の胃袋の方が優先に……くっ、力が」

「帝都から四人ほど転勤とか新任の心具使いが派遣されてきてね、その中の一人、名前はアフィル先生って言うんだけど、僕らより年下で神器使いだそうだ。まあ特別講師で四年前に変更してきたのにも関わらず飛び級して卒業したそうなんだ」

「転校して来て飛び級ね~、すげーな、そのアフィル先生って言う奴は」

 もはや頭が働いているのか働いていないのかは定かでは無く、聞き流しているかのようなジルの様子にレバンは笑みを浮かべていた。

「ふふっ、まあ会いに行くといいよ」

「はぁ……昨日の今日で職員室とは、最悪だ」

 ジルはレバンと別れてとぼとぼと職員室に向かった。

 腹の虫が鳴き、気を抜けば睡魔が再来しそうでもはやジルのやる気は風前の灯火であった。

 これが帝都で噂されている「黒服のジル」の正体であり、生ける伝説は伝説に変わろうとしていた。

 座学の成績はトップ、実技の成績は何時も最下位、恐らく新入生にも一瞬で負ける自信がある最弱の心具使いである。

 やる気が一切感じられないドアのノック、やつれ、顔色が悪く、さらに黒い制服と黒い髪で青白い顔が余計に引き立っていた。

「失礼します。三年のマスティス、新任のアフィル先生と言う人に呼ばれたと聞いて着たんですけど……呼び出した本人って、居ます?」

 取りあえず職員室に入ったジルは近場に居た教師に呼び出したアフィルという教師が居るかどうか聞いてみる。

「あ~、噂をすれば何とやらか、アフィルなら―――」

 なぜ呼び捨てなのかは謎だったが、教師は人だかりの方を指さした。

「……明日にします」

「いいのか? 会っていった方が良いだろう。一応導師なんだしな」

「は? 新任の教師と導師に一体何の因果が?」

「マスティス、始業式に出たか?」

「失礼ですね、朝からさっきまで教室で熟睡してましたよ」

 睨み付けてくる教師に対してジルは自信満々に胸を張ってそう言った。

「威張るなっ!!」

 怒鳴り声と共に分厚い本がジルの顔面に向かって投げつけられる。

「あぶなっ!! 体罰はんたーい!!

「だったら巫山戯るなっ!!」

「へ~い」

 ジルは寂しそうに返事した。人を食ったようなからかい方はどんな奴に対しても同じだった。いや、教師の前の方がさらにはっちゃけているだろう。

「全く……大体、お前ならアフィルと聞いた瞬間気付くだろ」

「え~、帝都で有名な神器使いって知りませんよ」

「はぁ……行ってこい」

「マジっすか」

 アフィル、一体誰なんだ。そんな疑問がジルの中で渦巻き、そしてアフィルと聞けば誰でも知っているような素振りが少し不愉快だった。

 人だかり、教師も生徒も入り交じった人だかりである。一応ここは職員室だろうと思ったのだが、教師までこの様子なら仕方ないとも思った。

「あ~……すいませーん。アフィル先生とか言う新任教師に呼ばれたんですが~」

 一体誰に話しかけているのだろうと思いもしたが、アフィルという人物は人だかりの中に居るため、人だかりに対して話しかけるしかなかった。

 無視されるだろう。そう思ったのだが、予想とは相反して、若干耳障りだった人だかりによる声は静まりかえり、全員ジルの方を振り向いた。

「な、なに」

「ジル先輩ッ!!」

「ぐほっ!!」

 可愛らしい少女の声と共にジルは胴体を締め付けられた。

 いっその事ひと思いに潰して欲しいと思ってしまうような勢いで徐々に力が増し、身体はミシミシと軋む。

 非常に非力なジルが弱すぎるのかもしれないのだが、苦しかった。

「ぐ、ぐるじぃ……」

「す、すみません」

 苦しみからの解放、そしてむせる。

「女子に絞め殺されるのは余りにも辛すぎる……」

「ジル先輩、凄く痩せましたね……」

「いやいや、俺は元々……」

 元々痩せている、と言おうとしたとき、言葉が詰まった。

 目の前に居たのはアフィルと言う名前であろう教師。

 見た目は長い銀髪に蒼い瞳の少女だ。どこからどう見ても美少女なのだが、なにかを忘れているような気がした。

「……?」

 なにか、なにかを忘れているような気がしてならないジルは首を傾げる。

「どうかしましたか? ジル先輩」

「……大変失礼ですが、お名前は」

「久々にあってそれですか……はぁ、ジル先輩らしいと言えばらしいですが、忘れましたか? 私はアイリス・アフィルです」

「アイリス……アイリス・アフィル……ああ!! お前、緑の剣術馬鹿アイリスか!?」

 ジルは重要なことを思い出した。ジルがこの学院で「黒服のジル」として、生ける伝説として学生生活を送ることとなった原因の年、中等部一年の年、初めて三人の弟子を帝都に送り出したときの一人、アイリス・アフィルという少女を……

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