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王子と灰かぶり姫

 「那由他なゆた先輩。俺と付き合って下さい」


 「……は?」



     ★



 夏休み中に数回ある図書の貸し出し日。

 図書委員である私は、一学年下で同じく図書委員の久木野くぎのけいくんと一緒に、学校の図書室の受付カウンターに座っていた。冷房なんか望むべくもない、かろうじて年代物の扇風機が重たげに首を振っているだけの空間。少しでも風を取り込もうと各所の窓を開け放ってはみたものの、入ってくるのはグラウンドで練習中の運動部の音だけだ。

 司書の先生は図書室の鍵を開けた後、古書の整理があるとかで書庫に籠もってしまっていた。

 カウンター番を任された形の私達は、あまりにも人が来ないので『暇だね』と笑い合ってから、二人して別々に本の修理にいそしんでいたところだった。



 久木野くんと私は、図書委員会で何度か顔を合わせたことがある、という程度の顔見知りだ。

 夏休みの図書当番は、学年一人ずつの二人組、持ち回りで図書委員がやることになっている。私は二年生、久木野くんは一年生。ちなみに三年生は受験勉強の為に免除だ。


 あまりリアルの人の顔を覚えるのが得意ではない私でも、久木野くんの顔は知っていた。校内で有名なイケメン君だったからだ。彼が入学してきた当初、学校中がちょっとした騒ぎになっていたっけ。私も、漫画のような美少年が現実にも本当にいるんだなあ、と感心して眺めていた記憶がある。

 久木野くんとは今日初めて組んだけど、仕事が丁寧で手際もいいし、やりにくい人じゃなくて良かった。



 その久木野くんが今私に何か言った。

 何だったかな、ええと、『自分に付き合って欲しい』とかなんとか……。



 「いいよ久木野くん」

 「本当ですか!」

 「で、何処行きたいの?」

 「……はい?」

 「必要なものを取りに行きたいんでしょう? 何が切れたのかな、油性ペンか、マスキングテープ? あ、それとも修理の仕方で分からない事があった? 私で教えられるかな。手に余る内容なら書庫の益城ましき先生に訊いてから」


 「先輩待って、ストップ」


 溢れ出る言葉を堰き止めるように、久木野くんの指が、私の唇に触れた。


 「!」


 驚いて言葉と共に呼吸まで止まってしまう。久木野くんは苦笑して、すぐに手を離した。


 「息はして下さい、先輩」


 忠告に肯いて、私は数回深呼吸をした。

 それを確認してから、久木野くんが話し始める。


 「あのですね、先輩。さっき言ったのは、俺と交際して下さいって意味です」

 「え……こうさ……」

 「更に言えば、俺の彼女になって下さいって事です」

 「か、かの……って、え?」

 「俺は那由他先輩と恋人同士になりたいんです。了承してくれますか?」

 「こいびと……えええ!?」


 動揺してった勢いで、私はパイプ椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。

 わ、頭を打つ!

 と思ったけど、

 「先輩!」

 久木野くんが素早く椅子の背中側を掴まえてくれて、阻止こそ出来なかったものの、転倒のスピードをなんとか和らげてくれた。久木野くんの腕に血管が浮き出て、必死になって私を助けてくれようとしているのが分かった。

 どすん。

 少し衝撃はあったけど、激突という程ではない。私は折り畳まれたパイプ椅子に下半身を挟まれた状態で、仰向けに転がった。


 「あ、ありがとう久木野くん……」


 ちょっと背中とお尻を打った。でも、これだけで済んだのは久木野くんのおかげだと思った。

 それから焦点が合わない事に気が付いて、ズレた眼鏡を慌てて直す。

 視界が戻ってみれば、私の上には久木野くんが覆い被さっていた。咄嗟の出来事だったのに、両腕を突っ張って少しでも体重を掛けないようにしてくれているみたいだ。いい人だなあ。

 さらさらの髪に整った眉、少しだけ垂れ気味の大きな目。近くで見ても本当に綺麗な顔だ。なんだかいい匂いまでする。

 私はといえば、椅子の所為で、膝頭が胸に付く位曲げられた姿勢のままだ。しかも爪先は久木野くんの身体に当たっていた。間抜けな姿で恥ずかしい。


 「久木野くん、ごめん、起こして……」


 差し出した手をすぐに取ってくれると思った久木野くんは、何故かそのままじっと私を見て、ぽつりと呟いた。


 「ヤバい、この格好エロい……」


 な、何言ってるの?


 どうしていいか分からず、私は聞こえなかったフリをした。

 久木野くんは二、三回頭を振ってから、椅子の座面を戻して、私を引き起こしてくれた。


 「怪我とかしてませんか? 先輩」

 「私は大丈夫。久木野くんの方こそ。どこか筋を痛めたりしてない?」

 「平気ですよ。一応男なんで」


 久木野くんの表情は至って普通だった。敬語も崩れていないし、態度も紳士的なまま。

 良かった。さっきの言葉は聞き間違いだ、聞き間違い。

 気まずさを誤魔化すように制服の埃を叩いてから、私達は改めてカウンターに向かい、椅子に座り直した。



 相変わらず図書室に訪問者は来ない。先刻の音は書庫まで届かなかったとみえて、先生が様子を見に来る気配もなかった。

 私と久木野くんは、なんとなく修本作業を再開する。

 数秒間、沈黙が続いた。


 「……あんなに驚かれるとは思いませんでした」


 独白に驚いて久木野くんの方を向くと、彼は作業の手を休めて私を見ていた。

 どこかしょんぼりして見えるのは、私の気の所為だろうか。


 「だって驚くでしょ、普通。ろくに話した事もないのに、どうして?」


 これは、十人いたら十人全員が抱く疑問だと思う。

 自分で言うのもなんだけど、私の外見は眼鏡でおさげの地味な女の子にすぎない。久木野くんみたいに華やかな人の目に留まる確率は無いに等しい。性格に惹かれてもらえるほど交流も無かったし、久木野くんが私のどこをそこまで気に入ったのか、全く分からない。

 正直、『実はこれ罰ゲームで嘘の告白なんですゴメンナサイ!』って言われた方が、まだ腑に落ちるくらいだ。


 「最初は、本の好みが似てるなって思ったんです」


 久木野くんは私から少し目線を逸らしながら説明を始めた。


 「俺の借りる本は大抵先輩が借りた後で。先輩の名前はホラ、珍しいから」


 確かに。

 一年の頃から図書委員をしている私は、役得で、気になる新刊本をほとんど網羅出来ている。貸し出しカードに書かれた名前を、図書委員なら目にする機会もあるだろう。

 "那由他"なんてそうそうある名前でもないし、覚えられたとしても不思議じゃない……のかな……?

 

 「そのうち、同じ図書委員のあの人なんだって気が付いて、あとは目が自然に追っていたっていうか……か、可愛いなって……」


 話し続けるうちに、久木野くんの耳朶がどんどん赤くなっていった。


 私、今日、一つ分かった事がある。

 自分の事を照れながら相手に話されると、物凄くいたたまれないんだって事。

 ……聞かなきゃ良かった。これ、なんて羞恥プレイだ。


 「あの、久木野くん、もういいからヤメテ……」


 さすがに耐えられなくなって、私は手を振って、途中で久木野くんの言葉を遮った。 


 「え? 俺の本気、分かってもらえました?」

 「納得は出来ないけど、なんていうか、もう充分だから」


 これ以上聞かされたらこっちが悶え死にしそう。

 ああ、もう、顔が熱い。話題を変えたい。


 でも久木野くんはいっそ開き直ったように、椅子ごと私の方にズイと近寄った。


 「那由他先輩は、俺の事どう思いますか?」

 「どう、って…」

 「俺に触れられるの、嫌ですか? 話し掛けられると吐き気がします? 近くに寄られると鳥肌立ちそうとか? 顔も見たくないって感じですか?」

 「いや、そんな訳ないでしょ……」


 畳み掛けるように問い詰められたけど、そこまで嫌いな人なんて世の中滅多にいないと思うんだ。大体、私はほとんど久木野くんの事を知らないんだし。


 なのに久木野くんは、心底ほっとしたように肩の力を抜いた。


 「良かった。蛇蝎だかつの如く忌み嫌われていたらどうしようかと思いました」


 あ。今の顔ちょっと可愛い。

 そう考えてから、自分の思考にギョッとする。


 「じゃあ先輩。お試しでいいんで、俺と付き合って下さい」

 「お試しって何……!?」


 久木野くんの追撃に、私はもうタジタジだった。

 さっきまで赤くなっていたくせに、久木野くん、羞恥心のメーターが振り切れたのか!?


 「"生理的に無理"とかじゃないならチャンスはあると思うんです。お願いします。しばらく試してみて、駄目なら俺諦めますから」

 「ま、待って待って。久木野くん、私の事、何か誤解しているんじゃないかな。私なんて、そこまで言って貰える程の人間じゃないよ!」


 こうなったら仕方ない。

 私は、清水の舞台から飛び降りるつもりで、一世一代のカミングアウトをした。


 「私……私ね、実はオタクなの! ま、漫画とか、アニメとか、小説とかの登場人物が大好きなの! 久木野くんみたいなイケメンリア充男子に好かれるタイプじゃないから!!」

 「イケメン……」


 しまった。

 本人に向かって直接"イケメン"だの"リア充"だの言ってしまうなんて痛過ぎる。

 でも、久木野くんの反応は私の想像の斜め上を行っていた。


 「良かった。俺、先輩にとってイケメンの範疇なんですね」


 嬉しそうに笑う久木野くん。


 「そこはドン引く所じゃないの!?」


 思わず突っ込んでしまった私に向かって、久木野くんはキョトンとした。


 「ドン引く? 何故? オタクでも、腐ってても、俺的には全然問題無いですけど」

 「あのね、久木野くん分かってないでしょ? オタクと腐女子っていうのは似ていても全然違うの! 私の嗜好はNLだから!」

 「……ああ、先輩うち来ます?」

 「はあ!?」


 なんか疲れてきた。久木野くんって、人の話聞いてるんだろうか?


 「その方が話が早そうだから。図書当番、午前中だけですよね。先輩、午後の予定は?」

 「特に無いけど」


 素で返事をしてしまって、久木野くんの満面の笑みを見てから、私は後悔した。

 しまった、今嘘ついてでも断るべき場面だった……!


 「じゃあうちでお昼食べて行って下さい。ね? 決まり」

 「ちょっと待って久木野くん、いきなりそんな訳には」

 「だってもうメールしましたし」


 焦って拒絶しようとしても、スマホ片手に当然のような顔で返される。駄目だ、久木野くん、意外とマイペースだ……!


 「ん? 大丈夫ですよ先輩。うち、今日はちゃんと親がいます。二人きりじゃないですから、安心して下さい。合意じゃなくいきなり手を出したりしませんから」


 何か気になることを言われた気もするけど、いや、いきなり家族に会うとかハードル高過ぎて、全然安心出来ないってば!!





 

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