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人鞄一体

作者: 羽生河四ノ

おやおや?なんだかこの話の主人公があるところにある映画館に行ったみたいですよ?テレテレテレテレ~ン(オープニングにある感じの音)

 「なんでお前は、いつも鞄なんか持ってんだ?」

 というようなことを待ち合わせの映画館のゲートの前で出会い頭に友人の高木に言われて、僕としてはどうして?って言われても・・・。みたいなことをその時思った。

 「な、なんだよ?鞄持ってたら悪いのかよ?」

 「別に、でもなんか女みたいだな」


 その日僕と高木はは映画館で映画を見る約束をしていた。ゴジラのリマスター版がやってて「それは行かないといけないだろう」と思ったからだ。ちなみに映画館はもちろんバルト9だ。理由は新宿御苑が近いからだ。

 僕はその日の朝からゴジラに対する気持ちを整えていた。朝起きた時からゴジラの皮膚感を頭の中に描いていたし、シャワーを浴びる時もゴジラの足の爪の部分のことを考えていたし、電車に乗る時もゴジラのテーマを頭の中で流していた。頭の中の針をレコードに置いたらまず最初に一発ゴジラのあの咆哮が聞こえるのだ。僕はつり革をつかみながら自分がその時とても興奮していることに気がついた。

 僕は楽しみにしているのだ。ゴジラを楽しみにしているのだ。間違いなく。まずおそらく間違いない。自分ではもうどうにもならないほどに。

 そうしている間にも電車は新宿に刻一刻と近づいていた。僕はその光景を電車の車内から眺めていた。この街にいつゴジラが来てもおかしくないのだ。現に都庁はキングギドラとの戦いで壊されているんだから。それにゴジラを見ている時にゴジラに殺されるのであれば、それはそれで光明なことだ。贅沢な事の一種かもしれない。

 僕はそのように昔から積み上げ型の思考で出来ていた。

 物事。

 この場合それは対する物ということだ。んで、ソレ自体はなんだっていい。とにかくそれに出会うまでに自分の中で感情やあらゆるものを準備して整備して物事に望むのだ。礼儀ってそういうもんなんじゃないかと思う。もちろん、人生の大部分のfactorは準備なんか関係ないところで起こる。それはわかっている。わかっているつもりだ。シェルターを作ったらその中で餓死するし、安全神話は嘘だったし、飛行機は墜落するし、船は沈む。いくら訓練された人だって場合によっては誰も助けない。賞味期限が切れたって平気な顔してまた出す。そういうもんだ。人生っていうのはそういうもんだ。

 でも、いや、だからこそ、これから自分が何に望むのかわかっている場合くらいは何かしらの準備をしたっていいじゃないか?それがこれから自分が相対するモノに対しての礼儀なんじゃないか?つまりそれは手ぶらでは決していけないということだ。そして僕にとっての準備っていうのはたまたまそういうことだったということだ。鞄を持つのもそれの一種だ。それには色々と入っているのだ。タバコとか財布とかソイジョイとかだ。もちろんこれからゴジラ映画の何かしらをそこに入れてもいいだろうし。

 それなのに高木は、

 「なんか女みたいだな」

 って言ったのだ。手ぶらの分際で。この手ぶら野郎の分際が!

 僕がここに来るまでに積み上げてきた感情の数々はその一言でもろくも崩れ落ちた。イメージで表すと僕の感情のほとんどはその時その辺の道路の四方八方に散らばった。みたいな感じだ。真夏だったらそのどれかは『ジュウ』って音を上げたかもしれない。高木のその一言は僕にとって、カバンの中身を全部ぶちまけられるのと一緒だ。

 力任せに組み敷かれて倒されてレイプされるような感じだった。

 僕は絶望か、あるいはそれに近い状態になった。

 ・・・

 「まあ、いいや、早く見に行こうぜ」

 高木は自分が言った言葉が誰かをレイプしたことも知らないで、何事もなかったように僕に向かってそう言った。

 「よくもまあ、いけしゃあしゃあと」僕はそう思った。こいつは犯罪とかを犯しても法廷でいけしゃあしゃあと『やっていない』って言うんだろうな。そう思った。レイプしたあと平気で被害者を石とかで殴って口封じするんだろうな。そう思った。

 「来週彼女とデートだから本当は俺ゴジラなんかどうでもいいんだけどさ。本当はゴジラとかあんまり興味ないしな」

 ・・・マジか?僕は驚愕した。マジか?ゴジラを見るにあたってお前は何の準備もしていないどころか、その心も持っていないのか?お前マジか?本当に人間か?

 「今からでもいいんだけどさ、やっぱラブストーリーのやつ見ねえ?」

 「・・・見ればいいよ」

 僕としては鞄の件で既に高木との交友には溝が出来ていた。もうでっかい溝だ。でっかいでっかい溝だ。マリアナ海峡だろうと例え他のなんだろうと、その溝に勝るものはない。それに付けゴジラを見る約束をしておいて、この期に及んでラブストーリーなどと・・・。

 

 これは、絶交でもいいんじゃない?

 うん。

 いいよね?

 僕の心がすごい打たれ弱いのを差し置いても、それでも、お釣りは来るんじゃないの?


 「そう?悪いな?俺さあ、実はもうチケットも買ってんだよ」

 「・・・へえ・・・」

 ・・・糞が!汚物が!

 「じゃあ、財布だけお前のカバンに入れさせてくれよ?」

 はあ?まだか?まだお前はそんなことを言うのか?どの口が言うんだ?どんな親に育てられたんだ?末っ子か?一人っ子か?それともサイコパスなのか?嘘発見器にも引っかからないレベルのサイコパスなんじゃねーのか?

 「だって映画観るとき邪魔じゃん」

 「じゃあ、鞄、持ってきたらいいじゃん・・・」

 「俺はねえ、お前と違って身軽な感じにしたいんだよ。そのほうがスマートってモテるじゃんかよ?」

 ・・・

 「それに、俺は鞄は持たない主義なんだよ」

 「・・・」

 高木、僕は、お前がそんな主義を持っているなんていままで知らなかった・・・。お前も持っているんだ主義っていうのを持っていたんだな。それはいいと思う。立派なことだ。主義っていうのはプライドと一緒だ。だから僕はお前の主義を否定しないよ?すごいよ。かっこいいよ。僕はそう思うよ?持たないよりはあったほうがいいよ。僕は高木はそんなの一つも持たない奴だと思ってたよ。良かった。それは良かったと思うよ?でもさ、それなのになんで他人の主義を馬鹿にできるんだ?なあ?高木?お前、ついさっき僕の心を抉ったんだぞ?容易く抉ったんだぞ?女みたいだなんてさ?ひどいよ。僕は鞄がないといけない。そういう主義なんだ。そういう主義だってあるだろ?お前の主義と僕の主義はたしかに違うかも知れない。でもさ、同じ主義だ。大枠で言えば同じ主義じゃないか?それなのにどうして馬鹿にされないといけない?主義に優劣があるのか?ゴジラで何が一番面白いか?それを誰が決められるって言うんだ?ジブリでもいいよ?そんなの人によって違うはずだろ?それなのにどうして簡単に人のことを悪く言えるんだ?お前?しかもその僕に財布を持たせるなんて?邪魔だからって?舐めるな。舐めるなよ?あんまり人のこと馬鹿にするなよ?

 「お前鞄持ってるからいいだろ?」

 「・・・わかった、いいよ」

 僕はそう言って高木から財布を受け取った。

 「じゃあ、映画終わったらここに集合な?」

 そう言って、高木はスマホと飲み物を持ってゲートを通過していった。

 僕も、ゴジラのチケットを買ってゲートをくぐった。もちろん高木の金でチケットを買った。よっぽどポップコーンも飲み物も買ってやろうと思ったけど、それはしなかった。あれだけ言われたのにまだ自分に理性があって、感情があったのがとても悔しかった。


 僕はゴジラのためにここまで来た。そのための感情の構成だって完璧だった。ゴジラの映画を完璧に楽しめるはずだった。


 そう、さっきまでは。


 ゲートを通過するとき僕の感情は既にばらばらで解けまくっていた。このままでは映画が楽しめない。それは映画に対して、ひいてはゴジラに対してとても失礼な気がした。映画館に映画を見に来て映画を楽しめないなんて、僕は今日ここに何しに来たんだろう?そんなことを思った。トイレに入る段階で携帯の電源は切った。鏡で身だしなみも整えた。外側は完璧だと思う。でも、僕の内側はどうだ。ぐちゃぐっちゃじゃないか?

 

 僕が鞄を持っていたというだけで、

 僕がいつ何時でも鞄を持っているというだけで、

 僕が人鞄一体という主義を標準搭載しているというだけで、

 僕のそんな主義を高木という全く異なった主義を持つ人間が知らないだけで、

 

 僕がゴジラを観に来たばっかりに。


 ・・・


 そんなことを思い、僕がトイレの鏡を見つめたまま動けずにいると、突然、地面が大きく揺れた。そして、その後聞いたこともない程の大きな音があたりに響いた。電気がついたり消えたりして、水道の何本からかは水が吹き出したりごぼごぼという不快な音が聞こえたりした。

 そして次の瞬間驚くべきことに、トイレの出口の側の壁が消えた。

 代わりに黒い岩のようなゴツゴツした感じのものが見えた。

 それは、

 僕が朝から何度となく想像していたソレだった。

 

 僕が想像していたソレと全く同じだ。見間違えるはずがない。少なくとも僕が見間違えるはずはないのだ。

 他の誰が見間違えても、僕だけは見間違えるはずはない。

 そして、それが今目の前にあった。


 しかしすぐにその皮膚はどこかに去っていってしまった。


 いや、


 多分去っていったんだろうと思う。去っていく音だけが僕の耳に聞こえていた。僕はただ黙っていた。黙っていつの間にかめちゃくちゃになってしまっている新宿の街を半壊したそのトイレから眺めた。

 おそらくどこかに向かっているんだろうと思う。僕の愛するあの皮膚はいつもどこかに向かっているから、そしてそこで誰かと戦っているのだ。誰にもとめられない。止めることなんかできないのだ。あれはそういうものだから。


 半壊したバルト9から出てみると、映画館はもうどこにも見当たらなかった。それはもはや全部瓦礫の山になってしまっていた。


 僕は混乱して狂乱して逃げ惑う人々を無視して新宿御苑に向かった。そして灰皿の前で一本タバコを吸った。


 映画を見に来ただけなのに、ラッキーだったな。僕はそう思った。多分色々な意味でラッキーだったんだろう。そう思う。

 それから高木のことを思い出して彼の財布をカバンからだした。財布には二万円と彼女との写真と二個組のコンドームが入っていた。


 どうだ高木?カバンはこんなに便利なんだぞ? 


 写真を眺めながら僕は自分自身のこの小さな主義をこれからも変えないでいようと思った。


 でも本当はゴジラみたいになりたい。


 何物にも負けない強い意志が僕には足りない。


 圧倒的に足りない。


 僕と鞄もゴジラと火炎放射みたいな関係になりたい。


 僕は強く強く願った。 

本当は刺される話にするつもりだったんですけど、なんかこんな感じになりました。不思議です。不思議不思議です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公のゴジラに対する熱意と、鞄への熱い愛を感じます。高木の勝手な言動にめげず、良く頑張りました。 日常のほのぼの、男同士の映画デートから、一変して友情に亀裂が入り、それゆえ主人公の意志…
2020/11/03 23:59 退会済み
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