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フリルの部屋

エチカさんの世界に来て、二日目のお昼。

私はジェイドさんとお買い物に来ていた。


レンガ造りの家と家の間にある道で軒並みを重ねている市場から、三階建ての大きな家の一階部分を野菜や服でいっぱいにしている商店など。

私の居た世界とは違うお店の風景に、私はジェイドさんに手を引かれながら周りをきょろきょろ見渡した。


「…そんなに珍しいか?」


ふわりと微笑みながら聞いて来たジェイドさんに、私も満面の笑みで頷く。


「だって、私の居た世界とは品物も売り方も恰好も何もかも違うんですもん。」


「コユキさん楽しそうだけど…取り敢えずその格好なんだからさ、あんまり動いたら髪見えちゃうからもう少しだけ我慢してくれない?」


「あ…。ごめんなさい。」


苦笑してずれていたフードを元の位置に戻す。

…私の黒髪は目立つから、との理由によってかぶされているフードはジェイドさんの服で、私の着ていた服は家に置いて来ている。


「怒ってるワケじゃないからな!?俺だって本当はコユキさんの黒髪を見てたいし愛でたいけど…でも不特定多数の男達に可愛いコユキさんを晒すくらいなら…ッ!!」


瞬間、ぎゅっと握っていた手に力を込める。

…ジェイドさんの黒髪好きは確実に病気の域に達してそうだと思うのは、私だけだろうか?


私はジェイドさんににっこりと微笑みかけると、ぎゅっと握っている手を握り返した。


「大丈夫ですよ?ちゃんとフードは被ってますし、ジェイドさん以外の人にこの髪は見せませんから。」


だって、どんなことになるのか想像もつかないもの。

分かってくれている人以外には、見せない方がいいですよね。


ふと顔を上げると、顔を赤くしているジェイドさんが居て、私はつられて顔を赤く染めた。


「…う、うつりますから、戻して下さい、ジェイドさん…!!」


「あー…、ごめん…なるべく早く治すから。」


しばらく無言で歩いていると、一つの建物の前でジェイドさんがピタリと止まった。

私もそれについて立ち止まると、ジェイドさんが顔を上げる。


「ここが俺の馴染みの服屋さん。

…エチカおばあちゃんも良く来てた店で、多分コユキさんの事も知ってるはずだから、フードを取っても大丈夫だよ。」


深い緑色の扉を潜ると、両側と目の前のテーブルに所狭しと並べられている洋服と、壁一面に立て掛けられている布のロールが目に入った。

それに目をキラキラとさせているコユキを見て、ジェイドは優しく微笑んだ後奥に居るであろう店主へを声を掛けた。


「おい、居るんだろ?出て来てくれよ、マーイさん。」


「………おやァ?なんだ、ジェイドかい。全く…営業時間外に来る時は連絡の一つでもしておいておくれよ。

こちとら夜中まで仕立ての準備を……んんー?その後ろのお嬢ちゃんは初顔だね?」


ずいっと出て来た老婆にビクリとしたコユキの手を握って安心させてやると、コユキは目の前に居る老婆に頭を下げた。


「…えっと、ユキノの孫で、コユキって言います。……初めまして、おばあちゃん。」


真っ黒な瞳を揺らして、不安げに見上げて来る可憐な少女に。

老婆…マーイは目を見開いてコユキの被っているフードを優しく外した。


「…そうかい。通りでジェイドの坊やが女を連れているはずだよ…。

アンタがエチカの言っていたユキノ…の、孫…。

いやァそれにしても良く似ている…漆黒の髪も、漆黒の瞳も…エチカに聞いていた通りだよ…。」


うっすらと薄いブラウンの瞳を揺らしながら、マーイはコユキの頬を撫でた。

それに小首を傾げながら見上げると、次は優しく抱きしめられた。


「ようこそコユキ…私はアンタを歓迎するよ。」


ようやくマーイの笑顔を見れて、コユキも警戒を解いて可愛らしく微笑んだ。



**********



「…ほォ?異なる世界からやって来たのかい、しかも身一つで?」


「はい。」


奥の住居スペースに通されて、マーイの淹れるミルクティを飲みながらコユキは頷いた。

ジェイドは店を見ながら、真剣にコユキの服を選んで居る。

それを横目で見ながら、マーイは顎に手を当てた。


「それでジェイド…いや、アルヴァンの街に行くんだって?」


「はい。…私、人って苦手で…なるべく人の少ない場所に行きたいって言ったら、ジェイドさんがじゃあ行くかって…。」


「しかし…本当に田舎だよ?海があって外交も進んでいるが、港はずっと向こうだし…。

それに牛や羊、畑しかないし人も少ない。

アルヴァンが領主だって言っても、この街の至る所にある貴族の避暑用の屋敷くらいの大きさしかないんだよ?」


「え…領主?屋敷?」


ミルクティを飲み干して、後ろで未だ服を選び続けているジェイドを振り返る。


「…知らなかったのかい?ジェイドは大貴族の息子だよ。

本名をジェイド・フォーン・カイラーグ。あれでも王都国から大侯爵の地位を賜っている父を持つ、正真正銘の貴族の坊ちゃんだよ。」


マーイが面白そうに喉の奥で笑いながら言う。


…公爵って…確か、皇帝の一個下で、しかも地位で言うと一番上で…それに大が付いてるって事は、そのさらに上で…。


「…大侯爵…?」


困惑を隠しきれずに、ほぼほぼ受けた事の無いきんきょうと共に言葉を吐き出す。


すると、店に居たジェイドさんが戻って来て首を傾げる。


「あれ、どうかしたのか?」


「どうもこうもないよ。

ジェイド、あんた自分の地位も言って無かったのかい?」


呆れてため息をついているマーイを尻目に、ジェイドはハッとしてコユキへと視線を投げ掛ける。

そこには、混乱でぐるぐるしているコユキが居て、その瞳は驚きと不安によって揺れていた。


「…コユキさんごめん。別に黙ってたワケじゃないんだ。

ただ…言いだせなくって。それに、いきなり言ったら混乱するだろうと思って…。」


コユキの隣にひざまづくと、ジェイドは小さく震えるコユキの手を取った。


「…コユキさんに言って、離れて行って欲しく無かった。

俺の肩書は親父ので、俺個人としてはなんの力も無いただの男だ。

それを話して、コユキさんに離れて行って欲しく無かったんだ。」


ジッとコユキの漆黒の瞳を覗き込む。

すると、不安げに揺れていたコユキの瞳が、一度ぱちりと閉じられた。


「…私には、ジェイドさんしかいません。」


小さく、蚊の鳴く様な声が聞こえた。


「私…ジェイドさんの事を聞いて、驚いたのは…エチカさんのお孫さんだって聞いた時だけです。

それに、私の知らない事ばっかりなんですから…ジェイドさんが話してくれないと…説明してくれないと…私、知れないんですから…。」


「コユキさん」


にこりと笑い掛ければ、コユキもそれにつられる様に笑顔を向けた。


「うん、ごめんコユキさん。」


「……オイオイ、老婆に砂糖吹っ掛けないでくれんかね?

こっちは最近血糖値が高いって言われてんだ。

少しは周りの事を考えていちゃついておくれ。」


マーイはべしっとジェイドの頭を叩く。


「それで、服は決まったのかい?」


「ああ。これとか絶対に似合うと思う。」


パッと顔を上げて、テーブルに掛けて居た服を何着かを持って来た。


「サーモンピンクのフリルドレスに、あとフリルブラウスと黒のベスト、同じく黒の膝丈スカート、あとお仕着せっぽいけど、深い緑のパフスリーブワンピース。」


持って来た三着のセットを満足げに揺らしながら、ジェイドさんはマーイさんに向き直る。


「……ナイスチョイス。」


ニヤリと口の端を吊り上げたマーイさんを見て、私はぶるりと震えた。


**********


「…えっと。…マーイさん?」


「黙ってジッとしておいで。終いには締めつけちまうよ。」


「ううぅ。はい…。」


私は黙って両腕を上へと上げた。

首、腕、胸部、バスト、ウエスト、足、足首など、様々な場所の採寸が終わると、次は好きな色を聞かれたり好みの服などを聞かれた。

…もしかしてマーイさんがわざわざ作ってくれたりするのかと聞けば「当たり前だ。他に誰が作るんだい?」と笑われてしまった。


「…ふむふむ、なるほどね。アンタ胸があるから、ブラウスはリボンの方が良さそうだ。

ベストは丈を直して、スカートももう少しサイズを小さくした方が良さそうだね。

アンタは全体的に細いんだから、ちゃんと食べなよ!

あとは…ワンピースのすそを上げておかないと、つんのめって転びそうだ。

そう言えばコユキ、アンタが下着はどうしてるんだい?」


つらつらと並ぶ言葉に目を回しながら、マーイの質問に答える。


「一応、昨日のままです…。」


「それなら何着か好きなのを持って行けばいいよ。

これからアンタ達の行くカイラーグ公国は、資源豊かな土地だ。

向こうでまた揃える事になるだろうからまあ…そうだね、5つくらい見繕ってやろう。」


「あ、ありがとうございます…。」


「…ところで。」


「はい?」


持っていた羽ペンをテーブルに置くと、マーイはコユキに微笑みかけた。


「…フリルとリボンは好きかい?」


「………はい?」


笑顔に笑顔で返すと、マーイは混乱しているコユキの手を取って、続き部屋へと歩みを進めた。

木製の重い扉をくぐると、そこには沢山のフリルとリボンが溢れかえっていた。

目を丸くしたコユキに微笑みかけながら、マーイはコユキに話しかけた。


「…私は子供の頃、エチカと仲が良くってね。

この街でもこの上なく愛されていた子だったから、それはもうすさまじくって。

だけどその親友であった事に、私は今でも誇りを持っている。

小さい時から彼女を見て来た私は、彼女…エチカに似合う服を作り続けたんだ。」


その中の一つだろうか。

マーイはディープグリーンのドレスを持って、後ろのテーブルに優しく置いた。


「彼女から聞いている話を疑った事は無い。

ユキノの話しを聞いて、いくつか普段着用にと服を送った事があったんだ。

…だから、これはわたしの我儘な願いで、コユキにはただ迷惑な話しかもしれない…。

コユキ…彼女へと作ったこの服を、着て見てくれないかい…?」


どこか悲しそうなマーイを見て、そしてこの部屋を見て。

コユキはにっこりと微笑んだ。


「もちろん、です。」


「…ありがとう。」


涙を溜めたマーイに微笑みかけながら、コユキはこの部屋の中を見渡した。

…小さな頃、祖母へと送ってくれたと言う洋服は良く覚えている。

とても上等で、とてもキラキラと輝いていたあの服を着ていた祖母を思い出す。


「(友達から貰った物なの)」


と、嬉しそうに笑っていた祖母に着せられた服はどれもリボンとレース、そして沢山のフリルが付いていた。

それをすごく好ましく思っていたし、これを着た昔の祖母が、すごく可愛いんだろうなと何度も想像した。

…違う世界に繋がっているあの小窓で繰り返された物々交換は、世代を超えてようやく作った者へと披露された。


ディープグリーンのパフスリーブワンピースの上から白のエプロンを付ければ、コユキはもうどこかの城に仕えているメイドの様だった。

襟元には柔らかなレースの付いたリボンが付いており、手首にも白のレースが縫い付けられている。


「…ようやく、見れたんだね…。」


マーイは椅子に座って、流れ落ちた涙をぬぐっていた。


「……やはり実物を見なければ分からない事が沢山ある。

コユキは顔が幼いから、淡いピンクやオレンジが似合うね。

赤も良い。素材はシフォン…胸元切り替えのAラインワンピースだったらパーティーにピッタリだろうね!!

それとも思い切って膝丈のミニレーススカートとリボンブラウス、ベストなんてのも悪くない!!」


「…あれ?」


さっきまでの湿っぽい雰囲気はどこへやら。

マーイは髪とペンを持ち出すと、大雑把に四つ程のコーディネートを纏め上げ。

首を傾げているコユキをそのままに店の方へとなにやらぶつぶつと呟きながら歩いて行ってしまった。


茫然と立ち尽くすコユキは、いつの間にか傾いていたオレンジの光を見ながら去って行ったマーイを追いかけた。



**********



「…わっ、コユキさん!?」


「あ…ジェイドさん、マーイさんってこっちに来ましたか?」


ひょこっと扉から現われたコユキを見て声を上げたジェイドに、コユキは首を傾げた。

ジェイドが頷いたのを見て「うーん」と唸ると、ジェイドの隣の椅子に腰掛けた。


「…それ、マーイさんが?」


「はい。…私のおばあちゃんにって作ってくれてた服みたいです。」


ふにゃっと笑ったコユキに悶えると、ジェイドは赤くなった顔を両手で覆いながら「すごく似合ってる、可愛い」と言ってテーブルに突っ伏した。


「…おーい、コユキ!ちょっと来てくれないかい?」


「はーい!…ジェイドさん、ちょっと行って来ますね。」


そう言ってスカートを翻したコユキの後ろ姿に、ジェイドは小声で「コユキさんの小悪魔…」と投げ掛けた。



「…呼びましたか?マーイさん。」


「ああ、これとこれ。これを着てみておくれ。」


「え?」


ぽいぽいと手渡されたそれは、さっきマーイさんが呟いていたブラウスとスカートで、コユキは苦笑と共に受け取って更衣室に移動した。


袖を通して分かったのは、肌触りがもの凄く良いと言う事。

素材が良いのか、はたまたマーイの仕立ての腕が良いのか。

コユキはやっぱり苦笑しつつ、渡された服を着て行った。


「……マーイさーんっ」


「うん?どうしたんだい?」


「ちょっと…来て下さーい!」


リビングで寛いでいたマーイは、苦笑すると「すぐ行くよ」と言って席を立った。

それを見て立ち上がろうとしたジェイドを制して「来るな」と短く呟くと、マーイは二ヤリと口の端を吊り上げた。


「…どうだね?」


「あの、ブラウスがっ、ボタン、止まらなくって…」


「やっぱりね。それじゃあこっちだ。」


「ご、ごめんなさい…」


申し訳なさそうに謝ったコユキに「いやいや」と渡って、新しいブラウスを手渡した。


「じゃあ、着終わったらリビングにおいで。

新しく紅茶を淹れておいてあげるよ。」


それに「楽しみに待ってます」と微笑んで更衣室に戻ったコユキに、マーイも人の良い笑みを浮かべた。



**********


ちょうどミルクティがカップに注がれた頃、マーイの指定した服を着たコユキがリビングへと現れた。


「……お待たせしました…。」


すとんっとジェイドの隣に腰掛けたコユキは、差し出されたミルクティを受け取って「ありがとうございます」と花の綻ぶような笑顔を向けた。


「うぐぉっ」


「えっ?ジェイドさん!?」


鼻を押さえながらうずくまったジェイドに驚いて、コユキは視線をそちらに向けて立ち上がった。


「だ、大丈夫ですか!?」


「平気…いや、平気じゃねえけど…。」


ぼたぼたと落ちた赤い滴を見て、次はコユキが叫んだ。


「きゃああ!!血ーーーッ!!」


「これ、ジェイド。商品とコユキを汚すんじゃないよ。」


冷ややかな視線で言い放ったマーイに「そうじゃなくって!」と叫んで、ジェイドに駆け寄る。


「大丈夫ですかジェイドさん!?」


「大丈夫。コユキさんが可愛過ぎてちょっとクラっと来ただけ…。」


「………か、可愛いとか…そんなこと、ないですからっ」


瞬間的に真っ赤になった顔を反らして、コユキは椅子に座りなおした。

それを穏やかな笑みを浮かべながら見守っていたマーイは、ようやく少し落ち着いたジェイドに声を掛ける。


「ジェイド、旅立ちはいつなんだい?」


「あー…一応、コユキさんの準備が揃えば出発したいと思ってる。」


「ふむ。…鞄はこの間作ってやった物と同じだろう?」


「ああ、もちろん。……あ。」


「大丈夫、見本品として同じ物を作ってある。

それをコユキに渡せばいい。」


「……へ?」


話題について行けなくて、首を傾げる。


「じゃあ、それも含めて今着てる服とさっき見繕ってた服。

あと適当になんか見繕って…これ一枚で頼むな。」


ポケットから取り出したのは、私達の世界のお金とは違う。

金色に輝くコインだった。


「ふん。…任せてもらおうか。」


二人が口の端を吊り上げたのを見て、改めてお金ってすごいなぁと心の中で呟いた。


ここまでお読みいただいてありがとうございます!

Ruru.echika.です!!

第二話遅くなりまして申し訳ございません(汗


今回はまたもやジェイドが暴走気味でした…

マーイおばあちゃんは街の仕立て屋さんです。

エチカと昔馴染みで、良く彼女の服を作って居ました!

ですが彼女には驚くべき事に、別の才能も持っていまして…


……そう!さっき出て来た『鞄』です!

この世界はコユキの居た世界とは違い、様々な『不思議』で出来ています。


次のお話しでは、その『不思議』に切り込んでいきたいと思っています。

どうぞ、お楽しみに!Ruru.echika.でしたvV



※201402091229 少し修正を加えました。

物語に直接の影響はありません。


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