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開いた扉

明るい緑のカーテンの向こうに、私のお友達が居たの。

その子は銀の長い髪を持つ、それはそれは美しいお人形さんみたいな子だったわ。

目はルビーの様に輝く深紅で、笑顔の似合う、とても可愛い女の子。

私はその子の事を「エチカ」と呼んでいたの。

「エチカ」は時々窓の向こうを覗いては「不思議ね」とこぼしてた。

それもそのはずよね。

私達の間には小さな小窓が一つ。

明るい緑のカーテンに揺られて、私とエチカは互いの足元を見ながら微笑むの。



私の住む世界と「エチカ」の住む世界を隔てる窓。

それは限りなく奇跡に近い、魔法の様な物だ。

窓は開け閉めが出来て、少しボロい。

端の枠が木で出来ている為、隙間風が入って来て夜は寒い。

しかも鍵は壊れていて掛からない。

だが、不思議と不気味では無いのだ。



「この窓、どう考えても私達が通り抜ける大きさじゃないのよね」



と、「エチカ」が頬杖をつきながら言った。

確かに私達が通るには、少し近い。

リビングにある窓なら通れるのではないかと思ったが。

『通じてる』のはこの窓だけだ。



「ねえ、一度私達の持ち物を通さない?」



「持ち物?なにを?」



私が首を傾げると、エチカもうーんと唸って。

しばらくすると勢いよく立ち上がり、部屋の向こうへ消えた。

私はいつもの事なので、そのまま待った。



10分もすると、エチカはなにかを小脇に抱えたまま戻ってきた。



「それはなあに?」



「オルゴール!この間のお誕生日の時に買ってもらったの!」



そう言って見せてくれたのは、貝を削って作られた。

手のひらに乗るくらいの小さなオルゴールだった。

淡いピンクのそれは、ビーズや宝石によってさらに輝いていた。



「じゃあ…私はこれかなあ」



「えっと…キモノ、だったかしら」



「違うわエチカ、これは浴衣よ」



くすっと笑うと、同じでしょう?と首を傾げられた。



「ユキノの世界のドレスでしょう?

私達の世界とは違って、とてもステキ」



「私はそうは思わないなあ。

だってこれを着る時は、髪も結わないといけないし。

着る為に色々な小道具も必要だし、重いし…」



「あら、それならこっちも似たような物よ。

ドレスだって物によっては重いし、パーティなら髪も結うし。

小道具とかは無いけど、なにかしら面倒よね」



エチカは笑うと、じゃあそれ交換しましょうと言って、オルゴールを窓枠に置いた。



「でも、私の浴衣とエチカのオルゴールじゃあ釣り合わないし…」



「そんなの関係無いわよ。私はユキノにあげたいと思ったからあげるの。

ユキノが持ってきたユカタ…も、そうでしょう?」



「……うん。そうだね。」



私は着物を窓枠に置く。



エチカが窓枠に手をかけて、上に押し上げた。

ガンガンと力強く押すと、最後にガタンと音を立てて窓は開いた。



開けた窓にはエチカの部屋が広がっている。

外じゃない。通路も無い。

私達は、笑いながら着物とオルゴールを交換した。



**********



「……えっ」



私は現状を理解出来ず、右手を前にかざしてみた。

…透ける訳では無いらしい。と言う事は、私はここに生きて存在していると言う事なのだろうか。

私の目の前では、伝え聞いた銀の髪と赤い瞳が驚いた表情で固まっている。



部屋を見る限りでも、伝え聞いた話し通りのアイボリーを基調とした家具で埋め尽くされており。

窓を避けた右側には私達の世界にあった着物が、宙に浮いているかのように佇んでいた。



そしてこの部屋の主である『エチカ』であると思われる人物は、思ったよりも低い声で私の名を呼んだ。



「……ユキノ、さん?」



「エチカ…さん、かなあ?」



『………』



双方同時に言葉を発した為、同時に黙る。



「…ユキノさん、なのか?」



しばらくして、疑う様な視線を投げ掛けて来た人物に、私はゆるゆると首を振った。



「ユキノ、の孫で、コユキです。」



「…オレも、エチカの孫で、ジェイドだ。」



勘違いをしていたようで、私達は二人ともが首を捻った。



…と言う事は、目の前に居る人は女の人でも無ければエチカさんでも無い訳だ。

私はじっと目の前の人物を観察してみる。



銀の髪は艶やかながらも短くて、どこか男性的だ。

赤の瞳も、女性の様に丸く無く。どちらかと言えば鋭い。

着ている服もシャツにベスト、黒いズボンで。

よく見なくても男の人だと言う事が分かった。



顔つきはやはり鋭く、睨んでいるつもりは無いのであろうがどこか威圧的だった。



「…アンタ、どうやってここに入った?」



「えっと、家の整理をしようとしてたら窓が外側に落ちちゃって…。」



それを受け止めようとしたら、いつの間にかここに…。

そう言うと、向こうはじっと観察でもするように私の顔を見て黙った。



…さらに良く見ると、整った顔をしているなと心の中で考えていると。

ジェイドさんはハッとしたように目線を反らした。



それに首を傾げると、小さく「悪い」と返って来た。



「え、何がですか?」



分からなくて聞き返すと「女性の顔を覗き見るなんてマネをして」と言う。

…別に、私も同じような事をしているのだし関係無いのではと思いながらも、私は「いいえ、全然」と適当に返しておいた。



「…私思うんですけど、もしかしてエチカさんの居た世界に来ちゃったんでしょうか。」



見てみると、私の後ろにある窓には。

私の居た世界であろう場所が移っている。



だがその窓は開いていない。まして私の居た時には無かった家具や寝具がある。

どういう事だろうと首を捻っても、私はあの世界に弾かれたのかもとマイナスな事ばかりが頭をよぎる。



目の前にある場所に手を伸ばしても、届く気配は無い。



「…どう考えてもそうなるな。」



ジェイドさんの答えに私は「やっぱりそうですか」と言葉を吐き出した。



私の世界とは違う世界…。

おばあちゃんに聞いていたこの世界の事を、私は信じていた。

私の居る、このちっぽけで色の無い世界とは別に、エチカさんの居る鮮やかな世界があるんだと。

エチカさんの赤色の瞳に映る世界はこんなにすごいんだよと聞かされた話しは1つや2つじゃない。

100、200。それよりも多い。



だけど今。おばあちゃんが亡くなってさらに色の無くなったあの世界を見て、私は安堵している。



あの色の無い世界から脱出出来た事に、私は安堵しているのだ。



「…て事は、本当に売られちゃったんだ。あの家。」



「え?」



話しに付いていけなかったのか聞こえなかったのか、ジェイドさんは聞き返して来た。

それに対して私は「おばあちゃん…ユキノの居た家が売られちゃったみたいです。」と言った。



元々売られる算段が立っていたのか、はたまた老朽化か。

私の居なくなった事はあちらの世界にとってそれほど大きく話題にならなかったのか。

…もうどうでもいいか、と私は自嘲気味に笑った。



「…売られる前に、見てみたいなと思って。

おばあちゃんの言ってたエチカさんの世界を。

……私にとっては夢みたいなお話しでしたから。」



「…夢、ね。」



「でも違ったんですよね。聞いて居た話し通りの部屋だし、ジェイドさんの髪色も瞳の色もエチカさんそっくりですし。」



「まあ、血族だしな。似て無い事は無い。」



そこで一度の沈黙。



私は私の世界とつながる窓では無い。別の方の窓を見た。

そこには夕焼けが広がっており、街をオレンジ色に染め上げていた。

私達の世界よりも濃いそのオレンジ色を見て、私は小さく声を上げた。

赤茶色のレンガで造られた建物が、所狭しと並んでいる。

暖色が入り混じった町並みは一枚の絵画の様に美しい。



「…すごい、綺麗……」



「そうか?普通だぜ、こんなもん」



いつの間にか後ろに居たジェイドさんは「見飽きるほどに毎日同じだ」と付け加える。

銀の髪に夕日が当たって、キラキラと反射している。



「私の居た世界よりも、オレンジが濃いです。」



「夕日って、世界共通じゃなかったんだな」



「違うみたいですね。いいなぁ…」



遠くから聞こえる鐘の音を聞いて、さらに妄想は膨らんだ。

世界が違う。でも人間はいるんだ。と言う事はどうなんだろうか。



うーんと唸っていると、後ろから「なあ」と声がかかった。



「はい?」



「アンタさ、どう考えても身寄り無いよな。」



その一言で、私は初めて現実的な考えに戻った。



「…そう言えばそうですね。この世界の人間じゃないし、まず住民登録とかどうすればいいんだろう?

て言うか身寄り云々の前に、私どうやって生きて行こうか…。

これがド田舎とかなら畑確保して自給自足」



「別に生きていけると思うけど」



「どうやって?…ですか?」



私は思わずと言った態で振り向いた。



「住民登録なんてここ無いし、家が欲しけりゃ家を使えばいいだろ」



「家とは?」



「オレの家」



「迷惑でしょうし良いです」



「…自立した人間なんだな」



ジェイドさんは、小さく口角を上げた。



「それより田舎に行きたいんですが。私人が多いの苦手なんです」



「すぐには無理だが、森を抜ければ海に面した港町に出る」



「地図貸してくれません?」



「いや、オレも帰るし送ってやるよ。

…それにばあちゃんの話しも色々聞きたいしな。」



そう言って口角を上げたジェイドさんに、私も笑って頷いた。







ーーーーーーーーーー



「…あっという間に夜ですね」


「今は冬だからこんなもんだろ。

なあアンタ、好き嫌いとかないか?」


後ろの台所にいるジェイドさんから声がかかって、私は「特にないです」と答えておく。

昔から本当に好き嫌いとかは無い。

おばあちゃん曰く「作られた物には命が宿っている」らしく。

どんな物であっても粗末にしてはならないと教えられて来ていた。


「あとは煮込めば完成だ」


台所から戻って来ると、私の隣に腰掛けて笑顔でそう言った。

…改めて銀の髪と紅い瞳を盗み見ていると、ジェイドさんはクッと喉の奥で笑った。

それに驚いて「なっ、何事ですか?」と首を傾げる。


「別に気にしねえから、真正面から見ればいいのに」


言われて、ああ…気付かれてたんだと顔に熱が集まった。


「…いや、失礼かなあ…って思って」


「いいよ気にしなくて。俺も見るし。」


そう言って髪をいじられている。

…そうか。こっちでは銀の髪を持つ人が居るくらいなんだから、

もしかして黒髪が珍しいのかもしれない。


「……これが、婆ちゃんの言っていた漆黒の髪ね。」


「やっぱり珍しいんですか?」


「ん?ああ、まあな。」


ぼーっと私の髪を梳いて、ジェイドさんは小さくため息をついた。


「…女の子って、やっぱ髪の手入れとかちゃんとしてんの?」


「へ?」


言われた意味が分からなくて、首を傾げる。

それに少し考えるように目線を逸らして。

ジェイドさんは口を開いた。


「ばあちゃん…ああ、エチカな。

エチカばあちゃんは髪は女の命だっつって、毎日手入れとかしてたな〜と思って。」


「ああ…私もおばあちゃんにそう言われてから、すごく気にするようになった気がします。

特に私の髪は長いから。伸ばすのならキチンと手入れしなさいって。」


「ふーん」


そう呟くと、ジェイドさんは私の髪を一束取って、口付けた。


「…!?」


驚いて飛び退くと、ソファの端に寄り過ぎて体が落ちた。


「っぶね。」


「(ちかっ!)」


少し焦ったように言われて、自分が危ない状態だったことに気付く。


「悪い悪い、からかいすぎた。」


ポンポンと頭を叩かれて、目の前のジェイドさんを見ると。

なんともおかしそうに笑っていた。


「…アンタ、面白いな。」


「面白くなんて無いです!て言うか私何もしてませんけど!?」



近くにあり過ぎたジェイドさんの顔立ちを思い出して心臓がばくばく言ってる。

心臓に手を当てながらジェイドさんを見ると。

ちょっとだけ頬を赤く染めたジェイドさんが居た。



「…あーっ!イケると思ったけどやっぱムリ!」


「え?なにがですか?」


「アンタ、もうちょい警戒しろ!!」



きょとんと目を開けたり閉じたりしてみる。

…警戒って、どういう事だろう?



「…あーもう、なんでこんな無邪気なわけ!?

可愛過ぎだよコユキさん!!」


「!?」



さっきとは打って変わって、…って言うかキャラ変わってませんか!?



「俺、エチカばあちゃんからユキノさんの事聞いてた時からいつか会えたらって思ってたんだ。

ばあちゃんが死んで、皆田舎に引っ込んで、ここに住むのは俺だけになっても。

いつかきっとって、会えると思ってた。」


「それは…ごめんなさい…。」


「いや。でもまさか孫であるコユキさんが来るとは思って無かったって言うか…。

会えると思って無かったけど想像してた以上に可愛いと言うか…。」


「え?」


「…なんつーか。ずっと、会いたかったんだ。本当に。」



困った様に微笑まれて、私は動揺した。

…ええ、どうしよう。



「…で、結構普通に対応しねえと…と思ってたんだけど、思った以上に素直で焦った。」


「え、ダメでしたか…?」


「だからそれが可愛いんだって、もう!」



初めて見た笑顔で、私の頭をぐりぐりと撫でまわす。

うわああっと恥ずかし過ぎたので、私の顔は真っ赤に染まる。



「えっ、ちょ…大丈夫かよ?」


「ごごごっ、ごめんなさっ!でも、その…男の人にそんな事された事無いから戸惑っちゃって…」



そう言うと、ジェイドさんは一瞬静かになった。



「…はぁぁぁ、可愛い……」


「ひぎゅあああ」



もたれかかって来たジェイドさんに驚いて、ついつい大きな声を上げてしまった。



「マジ可愛過ぎ。コユキさん天使。」


「こっ、コユキで良いです!天使じゃないです!

普通のジェイドさんに戻って下さいぃぃっ!!」



半分泣き声で言うと、効果があったのか…ジェイドさんは私から離れた。



「…じゃあコユキ、一つだけ忠告しとく。」


「は…はい…」



ジェイドさんは深呼吸するとこう言った。



「俺、普段は結構大人しいから…その、驚くと思うけど…面倒くさいと思うけど…。

それも含めて俺だって言うか…なんて言うか…」



最後の方はもごもごと言葉を濁していた。

でも…なんとなく分かった気がしたので「分かりました。理解できるよう心がけます」と頷いた。

…色の無い世界から、エチカさんの居た色のある世界にやって来た私は…。

エチカさんの孫であるジェイドさんと会う事が出来た。

…ちょっと驚いたけど、やっぱりこの人はいい人だと思う。

それに、エチカさんのお孫さんが悪い人な訳が無い!

私はそう決めつけて「ジェイドさん、今日からお世話になります」と頭を下げた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「………あぁ、うー……ふにゃ。」


顔に当たる強い光で目が覚めた。

光の先を見ると、少し小さな窓があって。

そしてそこには薄いグリーンのカーテンが引いてあって。

ふと部屋の中を見れば私の知らないお部屋があった。

起き上がってみると、そこにはテーブルと椅子があって。

そしてその奥のキッチンでは、銀色の髪をした紅い瞳の男の子が微笑んでいた。


「やっと起きた?朝飯出来てるぜ。」


「うん?」


状況が理解出来ていない頭を必死に動かして。

私は「あっ」と小さく叫ぶ。


「ジェイドさんっ!やっぱり私がベッド使ってる!」


昨夜の攻防を思い出し、私がそう叫ぶと。

ジェイドさんは困ったように笑った。


「だって流石に女の子を床では寝かせられないだろ?」


「でも押し掛けたのは私なんですから、そこは……」


「あーもう済んだことは言わない!

ホラ朝飯冷めちまうだろ?さっさと顔洗って来る!」


「……………」


なおも言い募っても、多分聞く耳は持ってくれないだろう。

私は引き下がって、大人しく案内された洗面所へと直行した。


しばらくして洗面所から帰ってくると。

私はテーブルに乗っているご飯を見て目を輝かせた。


「………和食ですっ!」


そう。目の前に広がるご飯達は、私の居た国日本の伝統的な料理だった。

キラキラ輝く白米。味噌の香りが馨しいお豆腐のお味噌汁。

そして何と言っても私的に一番嬉しいのが、ご飯の右側に置かれているシャケ!


「どうだ?」


自信満々の笑顔で私の方を見ているジェイドさんに。

私は「すごいです!」ともちろん満面の笑みで答ええる。

まさか世界を超えて日本食を食べられるとは思っていなかった。


「すごいだろ?なんたってエチカばあちゃんの残したレシピを一通り覚えてるからな!」


「シャケってこっちの世界でも手に入るんですか!?

と言うかお米は一体どこから…お味噌なんて、一体どこに!?」


「まあまあまあ。この話しは食べながらだ。

それに温かいうちに食った方が絶対美味い。」


ジェイドさんはそう言うと、私の前にある椅子を引いてくれた。


…エチカさん。さすがです。



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