番外編 直斗とメリーさんの電話~ハロウィン編~
久しぶりの平日のオフであった。パーティーメンバーは全員所要で出払っている為、直斗は一人暇を持て余していた。
「よし、エロい動画を観よう」
何がよし、なのか分からないが、直斗は早速行動に移る事にした。こういう変なところだけ行動の早い男である。数日前、遂に蜥蜴丸からタブレットPCを強奪する事に成功したのである。蜥蜴丸が魔改造したタブレットPCは、何故かは知らぬが地球のインターネットに接続できるのだ。
これでエロい動画見放題だぜ、科学の進歩は凄いな、などと欲望に塗れた思考が脳裏を支配していた。今日は誰も家にいないからな。セルフバーニングに励もう。ナニをバーニングするのか、よく分からない造語を生み出した瞬間だった。
「さーて、何を観ようかな?」
「にゃあう」
ネットに接続した瞬間――まだ、エロいサイトには接続していない――、電話が鳴った。舌打ちしつつ直斗は電話に出る事にした。この電話にかける事の出来る存在――人間とは限らない――は数えるほどしかいない。電波が通じる筈のないこの世界で直斗の持つ携帯電話にかける事の出来る存在など、ごく僅かだ。蜥蜴丸なら速攻きればいい。リリスなら出なければならない。
画面に出て来たのは、見慣れぬ電話番号。直斗の携帯電話のメモリーに登録はされていない。が、その番号には見覚えがあった。
「もしもし、私、メリー。今あなたの部屋の前にいるの。とりっくおあとりーと」
メリー? ああ、あの平日に働いていない時によく現れるようになったあの少女か。平日、せっかくのオフだと言うのに、今日も働かねばならないというのか……ッ!? 冒険者というモノ、定職に就いているワケではないので、働かなければ毎日がオフみたいなモノではあるが、働かされるのはゴメンだ。
「そうか、そこで待っていろ」
直斗はとりあえず返事をしてから足りない頭をフル回転させた。とりっくおあとりーと、とは、いったい何の事であろうか。トリック……、ああ、そうか、つまり俺は何かをまるっとお見通ししなければならないのだろう。それとも、あの名作に従い、貧乳と巨根を揃えなければならないのだろうか? 貧乳は……シルヴィアでいいか。巨根は……どうしよう? 流石に自分から俺は巨根だぜなどと言う気は毛頭ない。いや、言うのは恥ずかしい。
ふむ、しかし、とりーととは、なんだろうか? トリートメントの事だろうか? 貧乳と巨根を揃えないと、俺の髪の毛をトリートメントするぞ、と脅しているのだろうか? いや、何かが違う気がする。
トリート、トリート……、そうか、確かいたずらって意味だったな。貧乳と巨根を揃えないといたずらするぞ、そう言っているのだろうか? これも違う気がするな。ならば、直訳してみよう。
トリック……罠とか、仕掛けの意味だった気がするな。こんな英語で迷うだなんて、俺、よく雪菜と同じ高校に受かったなあ……。遠い思い出が胸をよぎる。
「私、メリー。今、あなたの部屋の前で待っているの。トリックオアトリート」
ふむ……、待たせすぎるのもよくないな。
直斗は数十秒で用意を整え、部屋の窓から脱出する事にした。
「よし、コリス、戸締りは頼んだぞ」
「にゃあう」
窓から脱出した時、コリスはいつから部屋にいたのだろうか、と疑問に思った。そして、窓ガラスに映った欲望を満たす事が出来ず、悔しげな表情を浮かべた己の顔がまるで化け物のように見えて、げんなりするのであった。
――――****――――
「入っていいぞ」
その言葉を聞き、少女――メリー――はようやくドアノブに手をかけた。律儀に入っていいと許可を受けるまで待つ必要はなかったが、何となく待たなければならないと思ってしまったのだった。
やたらと部屋を開けるまでに時間がかかったが、急に訪れた私も悪いのかもしれない。お菓子を用意するのにも時間がかかるのだろう、そう好意的にとらえる事にした。都市伝説の住人である筈なのに、直斗や蜥蜴丸、シルヴィアなどより、遥かに善良な存在であった。
ドアノブに手をかけ、開けた瞬間、メリーの視界全部を赤いモノが埋めた。
そして、その刹那、メリーの背後をとるモノがいた。
「ワガハイ蜥蜴丸、今、貴女の後ろにいるヴゥッ!?」
何とかスウェーバックして赤いモノをかわしたメリー。彼女の背後に音もなく立った蜥蜴丸はその赤いモノにぶちのめされ、壁へと叩きつけられた。
「ボクシングの……グローブ?」
人間の胴体と同じくらいの大きさはある巨大なボクシンググローブが、直斗の部屋に置かれたそこそこ大きな箱から飛び出していた。グローブにはバネが繋げられていて、箱が開けられると同時に飛び出してくる仕組みだったのだろう。そして今、真っ赤なボクシンググローブはどういう原理かは分からないが、回転を始め、壁に叩きつけた蜥蜴丸をすり潰そうとしていた。
「やや内角を狙い、えぐりこむようにして打つべし、打つべし」
巨大な箱が何かを呟いているが、いったい何を喋っているのだろうか?
「あ、なんだか、気持ちよくなってきたよ、ワガハイ。三途の川の向こう側で、散って行ったクローン達がにこやかな表情でワガハイを手招きしている。行くべきか、行かざるべきか、それが問題だ」
あの蜥蜴はあれだけ喋れているのだから、きっと大丈夫だろう。いや、それ以前にあの状態で何故しっかり彼の言葉は聞き取れるのだろうか?
疑問に思うが、きっと気にしてはいけないのだろう。勝手知ったる他人の部屋――いつも寸前で逃げられ、何故か掃除をさせられる――にいた黒猫を拾い、窓から逃げたであろう部屋の主を追いかける事にした。お菓子を貰わなければ、今日は気がすまない……!!
十数分後、メリーはようやく見覚えのある黒コート姿を見つけた。彼の隣には、黒髪の美しい女性が立っている。以前、「いとしのエリー」という言葉をメリーに教えてくれた女性である。
彼らの数メートル前には、三人の厳つい男たちが立っていた。いかにも口癖はヒャッハーでございます、と言わんばかりの格好をしていた。
直斗と雪菜、そしてヒャッハー男たちの間には、緊張が漂っていた。否、緊張しているのはヒャッハー達だけであった。
「ナオト・カミシロだな。てめえに言いたい事がある」
くっちゃくっちゃと何かを噛みながら、中央に立つヒャッハーAが口を開いた。
「いや、俺はアラン・スミシーだ。人違いだな」
息を吐くように他人の名前を口にする直斗であったが、ヒャッハーどもはテメエの名前と顔を調べてから来てんだよ、だいたい、その女にナオトって呼ばれていたじゃねえか、と叫ばれ観念していた。
「俺達はアークティカの冒険者を代表してやってきた。てめえらが難しい仕事を全部持って行くもんだから、俺達に仕事がまわってこねえ。てめえを倒して、仕事をゲットしてやる。それが、俺達の正義だ!!」
いかにも自分たちに敵対する人間相手なら汚物は消毒だぁ、くらいの事は言いかねない連中が正義を口にするトカ、何を言っているんだろうとメリーは思ったが、彼女は思っただけであった。口にしたのは直斗であった。
「いかにも悪党でございます、みたいな顔と服装をしておきながら、正義など口にするなよ。今時、正義を声高に叫んでいいのは、カ●ーメシのCMだけだと、貴様らの脳に刻んでやろう」
直斗は何を言っているのだろうか? 横に立つ雪菜は少しだけ振り向き、メリーに肩をすくめてみせた。どうやら気付いていたようだ。
ヒャッハー達はそれぞれ武器を構えた。直斗は動こうともしない。
「てめえを倒す、それがッ!?」
轟音が三つ。崩れ落ちる体も三つ。いつの間にか直斗の右手にはコンバット・バイソンが握られていた。いつ抜いたのか、否、いつ出現したのか、メリーには見えなかった、分からなかった。
「倒す、だなんていちいちほざいているからやられるのさ。倒した、なら使っていい。ただ、それだけの事だ」
崩れ落ちたヒャッハー達に背を向け、直斗と雪菜がメリーの前にやってきた。直斗はメリーの姿を見て目を丸くした。
「なんだ、その恰好は?」
――――※※※※――――
直斗は雪菜とメリーと一緒に、近くの喫茶店へとやってきていた。メリーに抱かれてやって来たコリスは、雪菜の膝の上で丸くなっていた。
「ハロウィン、ねぇ……」
メリーのおかしな格好の理由がようやく分かった。メリーは今、肩の上にカボチャをくりぬいて作ったジャック・オー・ランタンを載せており、先ほどまでは頭にもジャック・オー・ランタンの被り物をしていたくらいであった。
「直斗君は、ハロウィンの事なんて興味なかったもんねえ……」
「トリック・オア・トリートなんて言われて意味が分からなかったよ。何とか考えて“罠をしかけなきゃいたずらするぞ”って意味だと思って、盛大に罠をしかけちまったよ。悪い事したな」
直斗はメリーに素直に頭を下げる事にした。
「ビックリしたけど、もう、いい。こうして、お菓子貰えたし」
お詫びの印として、直斗はメリーに甘いお菓子をたっぷりと奢ってやる事にしたのだった。
「しかし、そうか、向こうではもう、そんな時期なのか……」
向こうでは、何年経過しているのだろう? 一年だろうか? 二年だろうか?
「帰りたいの、向こうの世界に?」
メリーの問いかけに、自分はどう答えるべきだろうか?
「私の力を使えば、帰る事が出来るよ、向こうの世界に。二人なら連れて帰る事が出来るよ、どうする?」
直斗は雪菜と顔を合わせた。メリーの言っている事が本当かどうか分からないが、少なくとも直斗の答えは決まっていた。
「いや、帰らないよ。この世界に大事なモノが出来てしまったからな。それを放り出して帰るだなんて、俺には出来ない」
「私も、かな。今帰ると、恋敵達に負けちゃいそうだしね」
ライバル、ってなんだろう? そんなのがいるのかな? 直斗は聞くかどうか迷ったが、聞かない事にした。
「ふうん……、ま、いいか。ご馳走様。美味しかったよ」
その小さな体のどこにそれだけの量が入るのか、ゆうに十人分は平らげ――喫茶店のデザートメニュー全種類を、だ――、メリーは席を立った。
「じゃ、またね。気が向いたら来るよ。今度は、ナオト、あなたが部屋にいる時にあなたの部屋に入ってみせるよ」
メリーは軽く手を振って、その場から消えた。
そういえば、彼女は人間ではなく、都市伝説の住人だったか、などとようやく思い出した直斗であった。
結局その日は、予定を変更して――元から予定などなかったのだが――、雪菜とデートを楽んでから家に帰った。
巨大なグローブを箱にしまい、ふと外を見ようとした瞬間、窓ガラスに血まみれの何かが映った。
「ワガハイ蜥蜴丸。今、貴様の後ろにいるよ」
地獄の底から響いてくるかのような声に、直斗は悲鳴をあげた。
明日のために、その一!!




