番外編 月見酒 ※本編第109話読了後推奨
「月見酒とは、いいモノだなあ……」
三人、旅館の一室の縁側に座り、月を見上げながら杯を傾けていた。この辺りの地酒だそうだ。
「アヤメ、お前はまだ未成年だろう? 酒の味が分かってどうするのだ?」
「相変わらずシェリーは堅苦しいなあ。イイじゃないか、ケチケチするなよ」
「そうだぞ、シェリー。見よ、月はどこから見てもたいして変わりはないではないか」
この二人に囲まれては結局自分の意見が通る事はない、そう分かっているからこれ以上ガミガミ言うのはやめにしよう。諦めるシェリーである。
「月見酒には団子じゃ。月より団子」
旅館の女将に頼んで近場の名店から取り寄せてもらった団子を頬張りながらリリスが頬を緩めている。彼女にとっては酒より団子なのだろう。
「どうしたかな、直斗は?」
ふと漏らしたアヤメ。彼女が言う直斗は先程まで一緒に居た青年の事であった。
「戻った事は確実じゃな。今頃どうしているかは分からんがな」
リリスは己の魔法が失敗したなどとは考えていない。故に、あの異世界へ、あの場所へ直斗が無事辿り着いたと確信していた。
「心配じゃないのか? 見てみたらどうだ?」
先ほどまで部屋の中に投影していた魔法スクリーンで向こうの世界が見えないモノか、直斗の事を一番心配しているシェリーがそう声をかけた。
「何じゃ、直斗の事が心配なのか? 見たいと言うのなら見せてやるが……」
リリスは乗り気ではなかった。彼女は基本的に直斗が異世界に行ってからというモノ、直接的に干渉した事はほとんどない。物資の補給などはたまにしてやっている。感謝のメールなど受け取ったりしているが、直斗との交流はそう深いモノではなかった。あまりプライベートを覗き見するのもよろしくはないだろうし。
「む、まあ、心配と言えば心配だ。“羅刹”もちゃんと返して貰わないといけないしな」
シェリーの心配ももっともであった。直斗は今、リリスのおかげで何らかの物体を身に纏っていれば全身を覆う最強防御力を持つ人間ではあるが、どこか抜けているのである。シェリーが心配しているのは命が無事かどうかではなかった。
「シェリーは相変わらず心配性だなあ。まあ、私も興味はあるな。直斗の事だから、きっと今頃滑りまくっているに違いないよ」
年上の友人のような感じで直斗との付き合いはあるが、アヤメは基本的に直斗を小バカにしていた。年上である彼に対して敬意は持ち合わせていなかった。年齢差など関係なく対等に付き合える人間であるとは思っていたが。
「仕方ないのう。では、見てみるとするか」
そして、何故かいきなり月に映しだされる画面。
「おい、いいのかそんな事して」
「我輩たち以外には見えぬよ。魔法って万能じゃから」
理論など知らぬ。それがリリスであった。
画面の中では、直斗を膨大な魔力が覆っていた。
「ほう、アレが“異次元への浪漫飛行”か」
「リリス、お前その当て字気に入っただろう。直斗らしいバカな当て字だよなあ……」
「なあ、アレは本当にそんな名前の技なのか?」
「そんなワケなかろう?」
「そんなワケないじゃん」
何故自分は小馬鹿にされなければならないのだろう?
「アレは直斗がそう言い張っているだけじゃ」
「うん、それに私たちが乗っかっているだけ」
「……」
画面の中、膨大な魔力の奔流がおさまり、直斗が悠然とそこに立っていた。コートが風にたなびいていた。
『バカな……、何故貴様ここから消えていない?』
心底驚いている感じで声をあげる男がいた。アレがプルートゥだろう。
「ふむ、流石我輩。あれほどの魔力の奔流を受けても平然と立たせておるわ」
自分が施したバージョンアップが正常に機能している事に満足げなリリスであった。が、次の瞬間、彼女たちを取り巻く空気が冷え込んだ。
『俺に同じ技は二度通用しない、コレはもはや常識!!』
「……」
「……」
「……」
画面の中でも、直斗の周りの人間たちが凍りついているように見えた。
リリスは無言で月に投影していたスクリーンを消した。
「酒が不味いな。月が美しいなどと思えなくなってきた」
アヤメは今、シェリーの膝枕を堪能していた。
「流石に直斗はアホじゃのう。『俺に同じ技は通用しない!!』で終わらせておけばもしかしたらカッコよかったかもしれないモノを……」
リリスは団子を食べる事に集中しだした。うむ、美味い。
「お前たちが名言を言えトカ言っていたじゃないか」
ノリノリだったじゃないか、とまでは言えなかった。
「バカ言え、我輩が考えていたのは『俺に同じ技は通用しない』どまりじゃ」
「あそこで余計なセリフを付け加えるから直斗はアホなんだよ」
ボロクソに言われていた。
「この怒りの持っていくべき場所は何処にある……? 後で布団の上でシェリーに喘ぎ声をあげさせてやる。それはもう、色んなところを揉みまくって、いじくりまわして。喘ぎ声が旅館中に響き渡るくらいに」
「それには我輩も参加させてもらおう。うふふ、楽しみじゃなあ……」
「…………」
見上げる月は相変わらず美しかったが、シェリーには今、その美しさがうすら寒いモノに感じられていた。
私たちは、いつまでこうしてバカらしい日常を楽しめるのだろうか、醜くも美しいこの世界で。
シェリーはポエムに逃げ込む事にした。




