番外編 直斗とメリーさんの電話
ある晴れた昼下がり、全員が出払ったティンダロス邸で、一人直斗は暇を持て余していた。
「そうだ、エロ本を読もう」
何故そんな考えに至ったのかは、誰にも分からないだろう。彼にとって魅力的な女性たちがすぐ傍に居るのに、まだ誰一人として手を出していない事も影響していたのかもしれない。
そして、直斗は部屋中をくまなくチェックした後、異空間からエロ本をとりだしたのであった。部屋中をくまなくチェックしたのは、蜥蜴丸の盗撮やら盗聴やらを恐れたからであった。奴に、これ以上からかわれるネタを作るのは、御免こうむる。
ちなみに、エロ本自体はリリスの友人に頼んで購入してもらったモノである。アレ? あいつ、十八歳以上だったかな? まあいいか。
一人でいる状態じゃなければ、こんな事は出来ない。直斗は無駄に気合を入れて、エロ本にとりかかった。
そんな時である。直斗の携帯が鳴った。
メールではなく、電話のようだった。この電波など無い筈の異世界、彼の携帯に電話をかけてくるのは猫娘ことリリスか、蜥蜴丸のどちらかしかない。
なので、画面を確認する事無く、直斗は電話に出た。蜥蜴丸だったらきっと、俺がエロ本を読むのを邪魔する為だけにかけてきたのだろう。
しかし、直斗の予想を覆して、聞こえてきたのは、聞いた事もない少女の声であった。
「もしもし、私メリー。今、貴方の家の近くにいるの」
「そうか、良かったな」
だから、何だと言うのだ? 俺は今、エロ本を読むのに忙しいのだ。貴様の相手をしている暇はない。
速攻で通話をきった。はっきり言って、興味がない。
そして、再度電話が鳴った。またも、気にすることなく電話に出る直斗。リリスだったら無視するのは怖いし、蜥蜴丸だったら、速攻できればいいだけだ。もちろん、画面は確認していない。
「もしもし、私メリー。今、貴方の部屋の前にいるの」
「羊はどこにいる?」
「え?」
「メリーさんといえば、羊だ。羊のいないメリーなど、メリーとは認めん。お前の近くに羊はいるのか?」
直斗は、半分キレていた。俺の素晴らしい読書タイムを邪魔しやがって。こいつ、いったい何を考えていやがる?
「えっと、いないけど……」
「ならば、お前は偽物だ。どうしても、本物と認めて欲しければ、羊を連れてこい」
そして、また、通話をきった。単なるイタズラなら、これで終わるだろう。
翌日、またしても皆が出払っている。寂しさを感じながら、また、異空間からエロ本をとりだした。
そんな時である。また、携帯が鳴った。
「もしもし、私メリー。今、貴方の家の前にいるの」
「わかった、そこで待ってろ」
「え……?」
直斗は自分でもよく分からないが、確認をしなければならないと思っていた。
そして、ティンダロス邸の門の前に佇む少女を見つけた。その横にいる、羊らしきモノも。
向かい合う直斗とメリー。
「私メリー。ちゃんと、羊を連れて来たわ」
直斗は、無言でメリーに平手打ちをかました。倒れこむメリー。
「ぶ、ぶったわね、お父様にもぶたれた事がないのに!!」
もう、直斗にも、このメリーと名乗る少女が人間ではない事がはっきりと分かっていた。何故この世界に居るのかは知らないが、日本に居た頃に聞いた事がある都市伝説の住民であろう。つまり、父親など居るはずがない。だが、直斗はこの少女が発したセリフを利用する事に決めた。
キッと、睨みつける少女に何故か背を向け、顔だけ少女の方に向けてよく分からないポーズをとる直斗。
「殴って何故悪いんだ!?」
「え……?」
殴られた上に、理不尽な理由で怒られた事に、呆気にとられるメリー。
「貴様は、殴られなければ分からないというのか? コイツを見てみろ、羊ではなく、ヒツジモドキというモンスターではないか!!」
羊にはあり得ない、蝙蝠のような羽根が生え、その口元からは、牙が覗いていた。何故こんなヤツをメリーと名乗る少女が連れて来たのかは分からないが、こんなのを王都に放すわけにはいかない。直斗とヒツジモドキの戦いが始まった。実に低レベルな戦いであった。
「これにこりたら、二度と来るなよ」
ヒツジモドキの落とした羊毛そっくりの毛皮を抱えて、直斗はメリーの方を見ずに、部屋へと戻っていった。彼女の事など既にアウトオブ眼中である。間違った使い方をしているのではない。昔読んだ漫画に確か書いてあった言葉だ。そう、間違えているとしたら俺ではなく、あの漫画だ。タイトルも忘れたが、とにかく俺は悪くない、と自己弁護を終え、エロ本を読む為だけに、部屋に戻ったのであった。
そして、少女の目には、憎悪の炎が宿っていた。
絶対に、コイツの部屋に入ってやる!!
翌日、また携帯が鳴った。
溜息一つとともに、電話に出る。画面は確認していない。
「私、メリー。今、貴方の部屋の前に居るの」
「“愛しの”と言えば?」
「メ、メリー?」
「ふざけるなよ!! ちゃんと正解を探して来い。日本人なら知っていて当然だ!!」
すぐに通話をきった直斗。部屋の外から、「私、日本人じゃないんですけど!! もしもし、もしもーし!!」という叫び声が聞こえてきた。
直斗は布団をかぶってふて寝する事にした。何故だ、俺はただ、エロ本を読みたいだけなのに……。
ちなみに、この布団、昨日のヒツジモドキの毛を使って作ってもらった布団であった。案外、気持ちがよかった。
少女は正解を探して歩き回った。
だが、この世界に日本人は直斗以外そうはいない。異世界なのだから当然である。「“愛しの”と言えば、何?」と尋ねても、返答は千差万別であった。
変態王子にさらわれそうになったりしながら、何とか答えを探して歩き回ったところ、ようやく知っていそうな女性と出会った。
「“愛しの”と言えば、エリーだね。日本人で知っていて当然っていうなら、エリーだね。それ以外はないよ」
ようやく、正解を見つけた……!!
少女は、黒髪の女性に抱きついて大声で泣いた。何故抱きつかれて泣かれているのか分からない黒髪の女性はオタオタするだけであった。
翌日、またしても直斗の携帯が鳴った。
「もしもし、私、メリー。今、貴方の部屋の前にいるの」
ため息が聞こえてきた。ふん、私は今、貴様を追い詰めているのだ!!
「はあ、しつこいヤツだな。“愛しの”と言えば?」
「エリー」
通話口の向こうから、息をのむ声が聞こえてくる。きっと、私が正解を言い当てるとは思っていなかったのだろう。
「正解……だな」
やった、正解だ。さあ、これで部屋に入る権利を得た。
一度、通話をきった。ふふふ、お前の驚く顔が目に浮かぶようだよ。その後は、貴様をジワジワと苦しめて、最後には殺してやろう。
しかし、部屋の中には男の姿はなかった。
「もしもし、私、メリー。今、貴方の部屋の中にいるの」
「そうか、じゃあ、掃除を頼む」
耳元からは、雑踏の音が聞こえてくる。この男、いったいどこにいるのだろう?
「今、貴方何処にいるの?」
「冒険者ギルドに向かっているところ。まったく、しつこいヤツだな。働かせようとして、都市伝説の住人が動き出すとはな。セカイというのは、本当に恐ろしい。俺を働かせる為だけに、世界の壁を壊して違う世界の都市伝説の住人まで引っ張り出してくるのだからな」
耳元からは、何故か納得した声が聞こえてくる。
「働けばいいんだろう、働けば!!」
ヤケクソ気味の声と同時に、通話がきれたのだった。
そして、少女は、何もする事がなくなり、律儀に部屋の掃除をしてから、直斗の部屋を出て行ったのであった。
後に、直斗は語った。
「あれは、働かないといけないという、俺の強迫観念か何かが見せた幻影だったのだよ」
後に、少女は語った。
「例え生涯かかっても、ヤツを呪い殺す」
こうして、直斗は平日の昼間に限って一人でいる時に、メリーと名乗る少女の幻に悩まされることになったのだった。
本編のネタが思いつかなかったので、ついカッとなってやった。
後悔しかしていない。




