第4話:邂逅
巨大カマキリモドキの騒動がありつつも調査の準備は再開され、滞りなく進められている。
機材の陸揚げとその設置で二日ほど消費するが、それだけの価値がこの島にはあるであろう。
というわけで、無人島であったこの島はかなりの盛況を見せている。
その傍らで一人青い顔をしている青年が遺跡の壁に寄りかかっている。
稲葉光輝である。
聖なる龍達の伝説 -The Legend of Saint Dragon's-
第1幕
第4話:邂逅
「お前、さっきから顔色悪くね?」
さすがの悪友、角田清和も心配そうに稲葉を見る。
カマキリを倒してから彼の調子が優れていないのは分かっていたが、それが段々と酷いものになっていくのには中々気づかなかった。
「んーなんだかな・・・」
稲葉自身もこの体調不良に心当たりはない。
強いて言えば、カマキリの体内にあるウイルス、細菌が自分の中に入ったのか。
だとすれば潜伏期間がかなり短い事になる。
それにほかの人物にも何らかの影響がある筈、だが・・・。
『さっきの軍人さん達も、あそこに居合わせた連中もピンピン』
確認に行った角田が放った言葉が脳裏に響く。
「とにかく、お前は【やしま】の救護室にでも行って休んどけ。あそこの設備はかなりいいぞぉ」
寝れば何とかなるのであろうか?
角田に引き摺られるように歩かされながら稲葉は考えたが、それ以上の妙案も浮かばないので素直に寝ることにした。
あれ。
医務室で自分は許しを貰って床についたはず、では
『ここで良いか』
『ええ・・・ここならばきっと』
どこだろう、ここは?
それに、この声は誰であろう。
男女の二人組であるのは確かだろうが。
唐突に場面が変わる。
そこは戦場であった。
巨大な竜の亡骸が宙に浮かび、その中心で巨大な蛇竜と竜が闇の塊と戦っていた。
『こんな奴らの為に俺たちの世界を滅ぼされてたまるか!!』
大量に放たれる光条の驟雨を竜が怒りを露わにしながら避け、突っ込む。
《ハイジョ、ハイジョ、ハイジョ》
光を放つ存在は機械めいた言葉を放つ。
『機械を食らってなお食い下がる根性は認めるが―――』
蛇竜が黒い閃光を放ち、叫ぶ。
『―――これを認めるワケにはいかないのでなぁ!!』
場面は再び飛ぶ。
そこは神殿と思わしき場所だ。
巨大な影が3つある。
男女二人組に思える影とそれに相対する影。
『行ってしまわれるのですね・・・』
『ええ、私たちが撒いた種ですもの。その悪芽を摘むのも、私たちの役目よ』
『悪いな、貴様ばかりに苦労を掛けて』
『いえ・・・ですが、残った者たちは―――』
『彼らなら、大丈夫よ。きっと』
『あの【戦い】を生き残ったのだ。自らの力で生きてゆけるだけの力はある』
影のひとつは沈黙し、やや間を置いて言う。
『分かりました・・・・しかし、あなた様がたの――――』
『言うな』
『その時は、貴方たちに任せるわ・・・』
そして場がまた変わる。
そこは遺跡である。
自分たちが調査している遺跡だ。
そこに影が一つある。
人の影。
だが、人ではない雰囲気がある。
『既に長女は目覚めている、か』
人影はゆっくりとした口調で言う。
『できれば、ずっと安らかに眠っておれば幸せだろうが――そうも言ってられないからな』
手から光が溢れ。
『さぁ、朝が来たぞ』
そこで稲葉の意識は一気に浮き上がる。
クワッと目を見開くと、そこは白い天井があった。
「・・・夢?」
なんだか足がつかない微妙な感覚に襲われる。
しかし、不思議な夢であった。
やしまの甲板に出ると賑やかな快音はまだまだ盛況を保ったままである。
日は橙を湛え、夕刻であることを教えてくれる。
ふと艦首側に目を向けると一人の女性が西に沈んでいく夕日を見て黄昏ていた。
あの時、自分を助けた女性だ。
「・・・・お礼、言いに行くか」
「なに、してるんですか?」
甲板を歩いた時の音にも気づかず、夕日を眺めていた女性は稲葉の声に驚き、緊張した表情を見せたが直ぐにそれは消える。
害のないことがわかる顔であったからであろう。
「そう、ね。なんだかすごく綺麗で・・・つい見とれちゃったのかしら」
「うん、確かに綺麗だよな。夕日って」
お礼を言うはずが、なんだかよくわからない方に話が進んでいる。
「それで、あなたは?」
唐突に話を振られる。
盛大に可笑しい挙動を見せる稲葉。
格好悪い、と愚痴をこぼしながら何とか言葉を紡ぐ。
「あ、俺?医務室で寝落ちしてぇからの・・・・夕日を見た」
「私と同じ?」
「いや、なんだあ、その・・・・ちょうど君が見えたから、昼間のことを―――」
「お礼?別にいいわ。むしろ私が謝らなければならないし・・・」
「え、なんで?」
疑問を投げかけると彼女は黙り込んでしまった。
気まずい・・・。
「・・・名前」
そういえば名前をまだ伺っていない。
彼女の名前はなんだろうか?
「ねぇ、君の名前は?」
「え?」
唐突に訊かれて彼女は少し戸惑いを隠せないでいた。
「いや、まだ名前を伺ってないし・・・あ、俺は光輝、稲葉光輝だ」
女性は沈黙し、稲葉の言葉を聞く。
そしてワンコメント。
「光輝・・・いい名前ね」
「え、そう?」
発音が同じ言葉多く、勘違いされることが多い名前である。
と小さい頃の稲葉はよく思った。
「私は―――ユリアって言うの」
一瞬、詰まったように言葉を止めた女性――ユリアであったがまるで意を決したかのように名前を言った。
「うん、君も充分いい名前だよ」
穏やかな海風が一瞬強く、彼女たちを包んだ。
「・・・・ありがとう」
そう言ってユリアは微笑んだ。
(綺麗だなぁ・・・)
柄にもなく、下心が出しゃばったが。
「あっと、そろそろ手伝いに行くか」
下にいる角田が艦首にいる稲葉に気づき、手を振った。
「手伝ってくれー!」と叫んでいたようにも思う。
「じゃあ、このへんで」
と稲葉は手短に別れを告げ、甲板を走った。
「ねぇ!」
そして背後からユリアの声が響いた。
「・・・また、話を聞かせてもらっても、いいかしら?」
「・・・あぁ。勿論だよ!」
ふと、稲葉は思った。
ユリアの声、夢で聞いた女性の声と似ている・・・。
ユリアの視線を感じながら稲葉は甲板を駆け足で降りた。