第3話:呼び声と出会い
「で、でたあああああ!!」
巨大な天井画を見て、圧巻されていた稲葉と角田の耳にどこかで聞いたことがある音程の声が殴りかかった。
「な、なんだ?」
冷水を掛けられたような不機嫌を込めた物言いで稲葉はこぼす。
確か声の出処は・・・・。
「入口の方だな、行ってみるぞ!」
可否を聞かず、角田は来た道を走って戻りだす。
「あ、おい!」
出れる保証がないんだが・・・。
思わずもたげる不安に稲葉は脂汗を掻きそうになるが不安を押し殺して角田のあとを追った、その時であった。
ふと視界の隅に人影らしきものが見えたような気がした。
だが、今は角田を追うのが先だ。
思いのほか直ぐに出られたが、稲葉の目に飛び込んできたのは実に奇っ怪な現実であった。
「うああああ!?」
やら何やらと逃げ惑う作業員の中心に居るのは・・・。
「じ、じゃいあんと過ぎるだろ・・・!」
全高が3メートルはあろうかという、巨大なカマキリにも似た生物であった。
傍目にカマキリにやられたのか、深い傷を負った人が居たりする。
「おいおいおい!冗談じゃねえぞ!!」
本当に脂汗がにじみ出たと思った。
その瞬間、巨大なカマキリがギョロリ、とコチラを睨んだ。
「―――えっ」
のっしのっしとこちらに振り向き、自慢の鎌を掲げた。
やばい―――!
咄嗟に動きたかったが竦んで身動きができなかった。
完全にブルっちまったようだ・・・ちくしょー。
失禁しないよりマシか、とくだらないことを思いつつ稲葉は覚悟を決めた。
巨大カマキリが鎌を振るって―――。
「危ない!」
右から誰かがこちらに飛びかかって強引にその場から移動させた。
鎌はそのまま地面に突き刺さる。
勢いを殺しきれず二三転してどうにか止まった。
や、やわらかい触り心地。
鼻に入り込んでくる何かが稲葉の生物的欲望を刺激する。
これは、女性だ。
「大丈夫!?怪我は・・・」
眼前に飛び込んできた女性の顔が映る。
白銀の髪の毛に灰色の瞳。
端正で程よく肉が付いて肌も色白。
いわゆる、美人という奴だ。
「ぁ・・・かっ」
呼吸しようとしたら何か詰まった感じがしてしづらかった。
いや、幾らなんでもビビりすぎだろ自分、と冷静に捉えているが身体に余裕は無かったようだ。
「ぜーはーぜーはー・・・わ、悪い・・・助、かったっ・・・・」
苦しげとはいえ怪我は幸いしていなかった。
「よかったわ・・・」
柔和な笑みを浮かべて女性は稲葉を放す。
直後、巨大なカマキリがこちらにのっそのっそと近づいてくる。
「まずい・・・!逃げるぞ!」
かっこいいこと言ってみたつもりが妙に声が震えて非常に情けなく聞こえた。
「え・・・あー、大丈夫よ」
そういって女性は巨大カマキリを睨めつけた。
途端にカマキリの動きが止まり、次いで後退りを始める。
「んな・・・」
この女性は・・・・アレ(カマキリ)を威圧してる・・・?
細身で病弱なお嬢様を伺わせる格好と体付きなのに、不釣合いなことをしている。
・・・・というか人間離れしているやり方だ。
カマキリの動きが鈍った直後である。
曳光弾と呼ばれる光の筋がカマキリに吸い込まれるように当たった。
カマキリが反応した先には89式小銃を構えた軍人さん達が居た。先遣隊の被害を考えて護衛として派遣された人たちだ。
彼らが持つ89式小銃は性能がよく、レーザーガンが主力な時代でも生産が続いている骨董品だ。
生産されている理由はいわゆるコストの問題である。
歩兵の消耗率は高い。そんな歩兵に高い金など払ってても意味がない、という平和特有のゲスめいたコスト節約主義で旧式な小銃が生産されている。
最も、歩兵に金をかけてられないのは戦時中だろうと変わりないのだが。
とはいえ、カマキリの頭部を砕くには充分すぎる破壊力はあった。
頭部を失ったカマキリはギリギリと身体を軋ませながら崩れ落ちる。
「大丈夫ですか!」
軍人さんの隊長らしき人物が駆け寄ってくる。
「あ、あぁ・・・大丈夫だけど・・・・」
ふと気づくと女性の姿はどこにもなかった。
「・・・・誰だったんだろな」
周りを見回してもあの白い背格好は見当たらなかった。
と、同時に声が再び上がった。
見るとカマキリの死骸がモゾモゾと動いているのだ。
「死んでない――!?」
周りの誰かが叫んだがその動きが収まり、やがてカマキリは泥のように茶色に変色してボロボロと崩壊した。
あっという間に形が残らない乾いた泥の山が出来上がった。
「・・・・・生物科やっぱかんけぇねぇ」
ファンタジーな展開が目の前に起こり、呆然と稲葉は呟いた。
「はーはー、や、やっと着いた・・・ってアレ、もう終わっちゃった?」
空気の読めない我が悪友が来て稲葉は軽い頭痛で頭を抱えた。