第二話
「お爺さん。鬼ヶ島へ鬼退治に行きたいと思います」
「えっ、もう?」
この家に桃太郎くんが暮らしはじめて3日経った日の朝、桃太郎くんはお爺さんに頭を下げて鬼退治へ行かせて欲しいと頼み込みました。あまりの早さにお爺さんは驚き桃の樹山椒の樹、ついつい桃太郎くんに聞き返してしまいます。
「ええ……。この家は、あまりにも疲れますから……」
そう、桃太郎くんがお爺さんとお婆さんの子供として預かられてからというもの、桃太郎くんがお風呂に入っていると侵入をはかったり、寝ている桃太郎くんに夜這いを仕掛けてきたり、お婆さんの悪行は止まることをしりませんでした。なんとも情操教育によろしくない環境です。
溜め息をつく桃太郎くんを憐れに思ったのか、お爺さんは小さく微笑み、桃太郎くんに話しかけました。
「そうか。桃太郎くんや。お前が決めたのなら、何も言うまい。鬼退治に行くのなら、準備が必要だろう。ちょっと待っておきなさい」
なんという優しさ。3日前熊さんにプロレス技をかけていた姿はどこにもなく、三割増しにカッコいいです。
桃太郎くんは少し涙ぐんでしまいます。ああ、色々と辛いこともあったけど、お爺さんに出会えたのは幸運だった……。
そんなことを考えていると、蔵の方へと行っていたお爺さんが帰ってきました。桃太郎くんは慌てて涙を拭き取り、きちんと座り直します。
「これをやろう。わしが父から受け継いだ、とても大切な物じゃ」
そう言うと、お爺さんは桃太郎くんの手のひらに、若干小さめの刀を置きました。
「うわぁ、カッコいい……。あ、あの、鞘から出しても良いですか?」
尋ねたものの、桃太郎くんは気が急いて、話も聞かずに鞘から刀を抜きました。物語の主人公とはいえやはり男の子。武器とかいった物に心惹かれるお年頃でございます。
「って、竹光?」
眺めてみたり、指でつついてみたり。けれどやはり、それはどこからどう見ても竹光でした。
「あの、お爺さん。これ竹光なんですが……」
「はぁ?うっせぇし!黙れし!」
急に若者言葉で怒鳴るお爺さん。桃太郎くんはビックリして泣き顔ショタになってしまいます。
「なんなの?お前舐めてんの?人の女に色目使った上に刀せびろうっての?ふざけてんの?」
なんとお爺さん、桃太郎くんとお婆さんとの仲を邪推し、嫉妬に狂っていたようです。むしろお婆さんが色目を使ってますし、というかお爺さん、最初殺害計画立ててましたよね?
「あーもうマジギレ。マジでキレちゃう5年前。叩ききってやる前に家から失せろクソガキッ!」
日本刀を鞘から抜きながら、お爺さんはうら若き美少年を恫喝します。
桃太郎くんはさすがに怖くなり、竹光を持って家から飛び出して行きました。
「桃太郎くんや。鬼退治に行くのじゃろ。なら、キビ団子を持っていきなさい」
家の外で、泣きながら出てきた桃太郎くんを引き留めてお婆さんは袋に入ったキビ団子を手渡しました。
地獄から出てきたら、どんなに変態だったお婆さんでも菩薩でございます。桃太郎くんは涙腺を押さえきれず、泣き出してしまいました。
「ありがとうございます……大切に頂きますね」
「むしろ私も頂いて!そのキビ団子は、私の愛やらなにやらがたくさん詰まっているからね!大切に食べてね!」
「なにやらって、なんですか?」
泣き顔が実に愛くるしい桃太郎くん。そんな桃太郎くんに、お婆さんはついつい口を滑らしてしまいます。
「そりゃあもう、一口食べれば桃太郎くんの理性がぶっ飛んで私を襲いかかってしまうような媚薬だよぅ、って言っちゃったよガッデム!何も知らないで食べちゃった桃太郎くんを私が食べる予定だったのに!」
「……そうですか。では」
桃太郎くんは、きつくきつく封をして、キビ団子の入った袋を振りかぶりました。
「ウェイト!ちょい待ち!投げんといてぇな!食べなくてもいいから投げんといてぇな!話が進まないから持っていくだけ持っていって!」
まさかのメタ発言。私が地の文でなかったら殺しているところでしたよ。
呆れながら腰に袋を付け、桃太郎くんは旅立ちました。家には二度と戻らぬ覚悟。というよりは、二度と戻りたくない恐怖でしょうか。桃太郎くんは振り返らなかったので気づきませんでした。お爺さんとお婆さんが玄関先で、ずっと桃太郎くんの後ろ姿を見送っていたのを。
「行ってしまいましたね」
「ああ、そうじゃのう」
「寂しくなりますねぇ」
「そうか?わしはむしろ、楽しくなると思うぞ」
「どうしてです?」
「ふふっ、子供がいたから、随分身体を持て余しただろう?」
「んもう……お爺さんのエッチ……///」
「今夜は寝かせないぜ、ハニー!」
やはり、変態は変態のままでした。死ねばいいのに、などと地の文の分際で思ってしまうのも致し方のないことでしょう。
変態はさておき、桃太郎くんです。桃太郎くんは意気揚々と森の小道を歩いていきます。
森の小道なら熊さんに出会いそうなものですが、熊さんは桃を運んで以来お爺さんとお婆さんの家に暮らしていますから出てきたりはしません。
けれどその替わりなのか、道の向こうから一人の女性が近づいてきました。
「もーもたろさんももたろさん、お腰に付けたキビ団子ー、ひとつ私に下さいな♪」
桃太郎くんは、見知らぬ人が異様なテンションで歌いながら自分の名前を連呼するという奇妙なシチュエーションにも関わらず、微笑みながら腰のキビ団子を取り出しました。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございま、す……ガハァッ!」
喜び勇んで、桃太郎くんから受け取ったキビ団子を口に含んだお姉さんは、突然前のめりに倒れ込んでしまいました。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
桃太郎くんは慌てて駆け寄り、お姉さんを抱き起こします。すると、お姉さんは桃太郎くんの右手首をガッシリと掴みました。
「どうしました?」
「…………です」
「へっ?」
聞き取れなくて、桃太郎くんは尋ね返します。するとお姉さんは目を見開き、桃太郎くんの両手を握り、じっと桃太郎くんを見つめました。
「私は貴方の犬です!一生従います!私を、いえ、この犬めを!この醜い犬を鬼退治に連れていってくださいませぇええっ!」
ああ、この人もなのか。泣きたい気分の桃太郎くん。ふらふらと立ち上がり、お姉さんを置いてまた道を歩き出しました。
「あぁご主人様!私に放置プレイなんて高等テクありがとうございます!私はたとえ地獄にでもついていきます!」
起き上がり駆け出したお姉さん。なにはともあれ、新たな旅連れと共に、桃太郎くんの鬼退治の道は続きます。




