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短編集

夏コミと世界滅亡

作者: 夏野ゲン

20XX年、世界は滅亡した。

ああ、それはもう、完膚なきまでに粉々になって滅亡した。




世界が滅亡したそのあらましについて語ろうか。




皆さん夏コミってご存知だろうか。

その筋の人なら知らない人はいない真夏の祭典。

まぁ一言で言ってしまえば同人誌の即売会。

そしてこの夏、私は夏コミに受かりテナントを出すことになっていたのだ。


私は周囲にはオタク趣味をひたかくしにする一方で、一部の世界では同人絵師として名をはせることに成功していた。


今の世の中は便利なものである。パソコンひとつの中に多くの秘密をつめこんでごまかすことができるのだから。

大学ではそつなく学生生活をこなし、他方ではいかがわしい同人誌を作る。

そんな私の生活はある意味充実していた。


さて、夏コミ作品も完成間近というころあい、例によって私は扇情的なポーズをとって挑発する少女の絵を描いていた。なんとなく昨今の需要を考えて、設定は妹もの。セリフも自分で書いているが、絵を描くのが好きな私には「お兄ちゃん」とか痛々しいセリフを書く作業はひたすらに苦痛である。


そして、その日の作業中、世界は滅亡したのである。


世界滅亡には3つの不幸が重なった。


その一、世界滅亡の原因がノックもせずに部屋に入ってくる無作法者だったということ。

その二、私は作画に集中しきっており、世界を滅ぼす大魔王がすぐそばに忍び寄るまでその存在に気がつかなかったこと。

その三、魔王の存在に気がついた瞬間に、プログラムの最小化ボタンを押したが、その下にも作画の途中のいかがわしい絵が存在していたこと。


つぶらな目をしたボブカットのかわいい後輩の魔王と目が合う。

そして、世界滅亡を引き起こした魔王と私はほぼ同時に悲鳴を上げた。






その後私たちの間でどのような会話があったか覚えていない。

しかしながら私の世界は終わってしまった。もうどうしようもない。

これまで必死になって隠していた私の趣味、そしてこれまでの所業があられもなくさらけ出されたのである。


エロ本を見られる程度ならたいしたことなかろう。男性誰でも性欲のひとつやふたつやみっつや108つぐらいもっている。それぐらいは仕方のないことだ。事故の一言ですむ。


しかし、自分でエロい本を作画しているところを見られるとはあんまりではないか…。


私は滅亡した世界でただ孤独に打ち震え、絶望の責め苦と戦っていた。

今頃彼女はサークル中に私の趣味を告発し、侮蔑の言葉を並べていることだろう。

そして私は大学という社会から抹殺され、二度と日の光など浴びることができないのだ…。

普通のキャンパスライフと同人絵師の二足のわらじなんてもともと無理があったんだ…。

この責め苦、世界の滅亡とどこに違いがあろうか。




孤独な4畳半での自虐生活。

ああ神様、私は終わってしまった世界をどうやって取り戻せばいいのでしょう…。


考えに考え抜いた結果、出た結論。


「欝だ…死のう」


私は一人狭いベランダに出る。

この部屋はアパートの3階。うまく頭から落ちれば一撃で死ねることだろう。

さようなら皆さん、私の命はここで果てます…。

見上げた青空とぎらぎらした太陽。ああ、滅んだ世界だってのにちょっとまぶしすぎるぜ…。


とまぁちょっとそんなことを思っただけで、そんなに簡単に命を捨てるわけもなく、私はただベランダに出てぼーっとしていた。

うつろな目をしてボーっとしていた。そして、そのうつろっぷりはよほどのものだったらしい。


ボーっとしていると下からなにやら大声が聞こえる、


「先輩!!死んじゃだめです!!」


ボーっとしたまま見下ろすと、先日世界を滅亡させた魔王がこちらを見上げて何か叫んでいる。必死の形相だ。


「今そっちに行きますから、絶対動かないでくださいね!!」


……こっちにくる?


私はゆっくりと魔王の言葉を咀嚼した。

彼女が再びここに来るということは、それすなわちこの部屋に彼女と再び二人きりになるということ。


……今あの子と再び向き合うなど、私の心が折れてしまう!!


私はそこまで考えてようやく逃げるべきだと気がついた。

だがもう遅い!!




……ガタンッ!!




アパートの古いドアが開いて魔王が目の前に立ちふさがった。

ていうか、3階まであがってくるの早すぎるだろう!!

彼女は息を切らせながら早口にまくし立てる。


「…せんぱいっ……早まっては…いけません」

「いや、あのね、別に早まってないからとりあえず落ち着いて?」




……閑話休題。




さて、呼吸も整い、彼女の誤解も解け、やれやれひと段落、というときに唐突に沈黙がやってきた。


この重苦しい沈黙をどう破るべきか…。

私は思案したが答えが出なかった。まるきり別の方向に話をもっていってもいいが、それでは根本の解決にはならない。


しかし、私の思案をよそに彼女は突然頭を下げたのだった。


「…先日は申し訳ありませんでした!!」


…はて、私はなぜ謝られているのだろうか?


「ノックもせずに勝手に部屋にずけずけと上がりこんだ挙句、先輩の秘密を見てしまい、そのうえ謝罪もせずに遁走するなど無礼千万の行いでした!!」


「いや、まぁ、あの、ええっと?」


「正直先輩にあんな趣味があるなんて驚きました。でも、なんだか熱心に作業している先輩はかっこよかったです!」


「…はい?えっと?その?」


「あの日から先輩がサークルに出てこないので、私心配してたんです。だから、今日謝りにこようと思って…」


…私の世界が少しずつ回復していく。どうやら彼女は私に嫌悪感を抱いたり、私の趣味を流布したりはしていないらしい。


「えっと、おれの趣味を見てどう思った?」


私は勇気を出して聞いてみた。


「…正直気持ち悪いです!」


……グサリときた。

ああ、当たり前だよな。なに聞いてんだろう俺…。


「でも、さっきも言ったとおり、熱心にがんばっている先輩はかっこよかったです!内容に関してはちょっとあれでしたけど…。とにかくその作品、完成させてください!先輩のがんばり無駄にしないでください…。私のせいでやる気をなくしてしまったなら謝りますから…」


「あと、サークルにもきてください!先輩がいないと寂しいです…」


…あ~なんかもう、この子がまっすぐなイイコ過ぎて、私はなんだか情けなくなってきた。

何一人で絶望してたんだろう。何が世界の終焉だ、何が魔王だ。ふたを開けてみたらなんてことのない話じゃないか。


「…描くよ」

「…えっ?」


彼女は戸惑ったように答える。


「きちんと最後まで描く。ついでにこれまでどおりサークルにも行く。だからそんな顔しないでくれないか?」


彼女はきょとんとした後、それはいい笑顔でうなずいた。


「じゃあ、完成したら見せてください!!」


…それはいやだ。


「さっき気持ち悪いって言ってたじゃないか…」

「いや、先輩の努力の証ですから」


彼女はにこにこ顔で言う。


「あ、そうだ先輩!」

「…うん?」


彼女は極上の笑顔をしている…なんかいやな予感がする。









「明日から、『お兄ちゃん』って呼んであげましょうか?」

………本気でやめてほしい。そんなことになったらもう一度世界が崩壊するから。



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