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6、寂しくない




あれから、旦那様はボクを連れて散歩したがるようになった。傍迷惑な話である。猫を散歩させるものではない。

猫は、意外と縄張り意識の強い生き物だ。そして、変化を厭う生き物でもある。外出するというのは、とてもストレスのかかる事なのだ。

だから、外飼いの猫は室内飼いの猫よりも長生きできない。それは、単純に交通事故などの外的要因だけが原因というわけではないのだ。

とはいえ、旦那様がボクを連れだすのは例の花畑だけである。いつも決まって、オセーとバラーム(オセーが豹で、バラームが虎の方だったみたいだ)を伴っている。

まあ、街とか、人の多い所に連れて行こうとしないあたりは…警備上の問題、か?まあ、ボクとしてはその方がいいから文句はないが。

そもそも、屋敷自体が少し人里離れた場所にあるような印象がある。使用人の人達とかは屋敷の近くにあるえっと…宿舎?的なものに住んでいるらしい。旦那様の散歩のときでも、他の家が近くにある様子はなかった。


「ネロ、どうした?」

「なーん(別にどうもしないけど)」


ボクが籠の外を眺めている事に気付いた旦那様がボクに話しかける。特に深い意味なんてない。有り体に言うならば、単純に興味がわいたからだ。外の世界というものに。ボクが猫である以上、そんなものには興味を持たない方がいいのは、わかっているのだが。


『そうかしら?』


だって、猫は、ボクは、オレは、外に出ないで家の中でずっといる方が幸せだから。可愛がっている人がいるのなら、その人の腕の中だけで過ごす方が心穏やかでいられるから。それが、幸せだから。

そうでしょう?ボクを傷つけるかもしれない、外になんて、行かない方がいいんだ。


『…あなたがそう思うのなら、そうなのかもね』


ボクは、そう思うよ。





「ネロ、この花畑はね、エルシオンでもっとも大切な場所なんだよ」

「なーん(突然何?脈絡ないし)」


旦那様は花畑の真ん中に座り込んでボクを膝に乗せる。ボクは膝の上で丸くなる。


「ヴェルフォール家は、代々王家とエルシオンを守る役目を担っているんだ。だから、そのどちらかに危機が迫るようなら、身を呈してでも守らなきゃならない」

「…うなー(…何それ、フラグ?)」

「心配しなくても、オレはネロより先に死んだりはしないよ」


旦那様はそう言ってボクを優しく撫でる。

…まあ、猫の寿命は精々20年くらいだ。人の三分の一、四分の一程度しか生きられない。旦那様の種族がどれくらいの寿命を持つのかは知らないが、きっと、人間と同じか、それよりもずっと長く生きるのだろう。ボクの寿命が猫であっても、人であっても、きっと、僕よりも長く生きるのだ。…何らかの突発的な理由で死んだりしない限り。


「なおん(心配は、してないけど)」


でも、何だかんだいって、微妙にずれてはいるけど、可愛がってくれる旦那様には、死んでほしくないな。
















屋敷が何だか慌ただしいような雰囲気を持っている。…否、実際慌ただしい訳ではないのだけど、何と言うか…ピリピリしてる?

ボクは、できる限り、歩きまわらず、日当たりのいい場所で昼寝して過ごす。歩きまわっても、その部屋と旦那様の部屋くらい。

屋敷中の、何だか緊張している様な、そんな雰囲気が、居心地が悪かった。


「おや、お嬢様。こんな所にいらしたのですか」

「なーん(何?ボクに何か用?)」


張り付けた様な笑みを浮かべているバトラーに、ボクは首を傾げる。一つは、バトラーの、ボクを探していた様な発言に。もう一つは、その表情に。バトラーは表情を取りつくろう様な事をしないというわけではないが、わかりやすく作り笑顔を浮かべるタイプではない。


「旦那様が、出かける前にお嬢様の顔が見たいと駄々をこねるものですから」


いつもの事じゃん。


「なおー(何処か遠くにでも行くの?)」

「…数日は、戻ってこられないかもしれません」

「なーん(じゃあ、ちゃんといってらっしゃいって言わないとかもね)」

「お嬢様がいってらっしゃいを仰れば、旦那様は予定を半分以下で終わらせる勢いで頑張るでしょうね」


なにそれこわい。






「ネロー、ちょっとの間だけど、オレの事忘れたりすんなよー?絶対ちゃんと帰ってくるからな!」

「なーん(ウザい)」


旦那様はボクをぎゅーっと抱きしめて頬をすりつける。何を危惧しているのだろうか。…まあ、確かにボクは記憶力が悪いけど、忘れたりはしない…はず。うん、忘れないよ、多分。期間にもよるだろうけど。


「アンゲル共なんて、ぎったんぎったんの、ばっきばっきで、ぐっちゃぐっちゃにしてさっさと帰ってくるからな!」

「なー(なにそれこわい)」


ていうか、旦那様一体何処に何しにいくの。アンゲルって何。…まあ、ボクには関係のない事だろうけど…。








旦那様の熱烈なお別れのあいさつ…っていうかもう寧ろ儀式か何か?を終えて、若干名残惜しそうにしながらも出かけて行った旦那様を見送ると、ボクはまた一人になる。

旦那様は、何故か、銀色の綺麗な鎧を身にまとっていた。


『"アンゲル"と一戦交えるのかしらね』


そう考えるのが一番自然なんだろうね。…発言的にも、見た目的にも。

アンゲルが何なのか、旦那様は何故それと戦うのか、気にならない訳じゃない。でも、気にしたって、意味はない。考えたって、わかるものじゃない。

だって、ボクはそもそも、旦那様が"何"なのかも知らないから。よく考えると、名前すらも、よくわからないのだ。…ええと、確か、ファニーはルードお兄様、って言ってた、ような、気がする…けど。


『可愛がってくれている相手なのにね』


だって、会話は通じないし、自己紹介された事もないもの。知らなくたって仕方ないでしょ。


『知ろうとも、しなかったじゃない』

否定はしない。だって、旦那様の名前を知らなくても、"何"なのかを知らなくても、不自由はなかったのだ。旦那様が何であっても、何をする人でも、どんな立場である人でも…関係は、無かったのだ。

そして、それは今も変わらない…はずだ。


『でも、気にはなるのよね』


今更の事だけど。…帰ってきたら、ちゃんと聞いてみようか。

…否でも、話通じないもんなぁ…。バトラーは若干話が通じてる感があるけど。どのぐらい伝わっているのかはよくわからないけど。


『早く帰ってくるといいわね』


…うん、そうだね。若干ウザいけど、でも…嫌いじゃあ、ないもの。







旦那様がいないと、屋敷は静かになる。

…いや、別に旦那様がいるとうるさいってわけではないのだが、何と言うか…活気がない、とでも言えばいいのかな。一人いないだけでこんなにも雰囲気が変わるというのはちょっとすごいと素直に思う。


『寂しいの?』


寂しい?そんな事はない。だって、ボク一人きりってわけじゃない。バトラーは屋敷に残っているし、使用人の人も旦那様についていったのは、殆ど騎士の様な形をした人ばかりだ。まあ、ほぼよく知らない人なんだが。

だから、別にさびしい、なんて事はない。


『可愛がってくれてる人が留守にしてても、寂しくないの?』


よくわからない。だって、感情ってよくわからないもの。でも、多分、寂しいとは思っていないと思うよ、今の所。

旦那様が出かけて一時間も経ってないと思うし。ボク、其処まで旦那様大好きってわけでもないし。


『そう。じゃあ、もし大好きだったら寂しくなるのかしら』


…そう、なのかな。人を大好きになった事なんてないから、わからないよ。


『本当に?』


ボクを疑うの?何故?君は知ってるでしょう?ボクは、人を好きになった事なんてないよ。だって、人がボクを嫌うから、好きになりようがないんだ。ボクを嫌いな人なんて好きになるわけがない。そんな人が好きになれるほど広い心をボクは持っていない。ううん。オレには心なんてない。もうとっくになくした。だって、必要ないから。オレには心なんて有っても苦しいだけだから。だからなくした。いらないからなくした。いらないものを持っていたって仕方がないから、だからなくした。壊れたものはいらないからなくした。だから、オレは心がないし、人を好きにもならない。


『あら、でも、彼らがあなたを可愛がってくれているのはわかるでしょう?』


うん。旦那様も、バトラーも、皆ボクに優しくしてくれる。可愛がってくれる。


『だったら、可愛がってくれる人を、あなたを好いてくれる人を、好きになったりしないの?』


…わからない。だって、好きって気持ちがわからないから。わからないから、ボクがあの人達を好きなのかもわからないよ。わからないんだ。だって、知らないもの。好きだなんて、わからないんだ。わからないから、わからないよ。

わからない。

わからない。

わからない。

わからない。

わからない。


『…でも、きっと、あなたも彼らを好きなのよ』


そう、かな。…君が言うなら、きっと、そうなんだろうね。きっと、ボクは彼らを好きになれているんだろうね。きっと、そう。そうだと、いいな。だって、人を好きになるのは、素敵な事であるらしいから。


『そうね』


そうだったら、よかったな。








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