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5、忘れたの。




大体一週間がたった。




あの日、旦那様はバトラーに僕を寝台に連れ込むんじゃないと怒られた。アウトらしい。

だが、それからも旦那様は度々僕をベットの中に連れ込み、朝になるとバトラーに見つかって怒られる。あの人には学習能力がないのだろうか。それとも、バトラーに怒られるのが好き、とか?…。まあ、いいや。




この屋敷の人達は、皆僕に優しい。僕が猫だからか、旦那様のペットだからかはわからない。まあ、どちらでもそう変わらないだろう。

僕という存在にも慣れたのか、手が空いている時は遊んでくれる人もいる。過剰に構われる事はないので、丁度いい。旦那様は時々ウザいけど。

屋敷の外に出る事はできないようになっているが、別に不満はない。全く興味がないとは言わないが、外に出る必要性を感じないのだ。元々の引き篭もり気質が幸いした、のだろうか。軟禁状態みたいなものだが、室内飼いの猫なんてそんなもんである。ちなみに、猫は外に出すよりも家の中だけで飼う方がストレスも感じなくて長生きするらしい。テリトリーが平穏ならそれでいいというか。




旦那様は毎日出かける訳ではないらしい。普段は執務室で書類を処理している、という感じっぽい。僕から見た印象なので違うのかもしれない。時々、気取っているけど動きやすい格好で何処かに出かけて行ったりする事もある。

あの日着ていた礼服?はどうやら、特別な時に着るものの様だ。まあ、あんなの日常的に着るのなんてかたっ苦しい事この上ないけど。




僕は毎日、うたたねをしたり、屋敷を歩き回ったりして過ごしている。時々構われる以外は気楽だし、平穏だ。悪くない。

でも、時々思うのだ。


何かが足りない、さびしい、と。


『贅沢者ね』


人は、満たされていても、その内それになれてさらに上を目指すものだというよ。


『あら、あなたは猫でしょう?』


うん。ボクは猫だ。でも、寂しいんだ。何かが足りないと強く思うんだ。

俺は、何かを忘れているのかな。何が足りないんだろう。

お前は知ってるのか?オレが何を必要としているのか。何を忘れているのか。


何が、足りない?


『…思いだせないなら、思い出さない方がいいんじゃないかしら』


何故?


『思い出したら、辛い思いをするかもしれないわよ』


辛い事をオレは忘れたのか?忘れたから平穏?そも、何故俺は此処にいる?だって、俺は猫で、猫で、猫で、猫で、猫で、人で、猫で、猫で、猫だ。

俺は、猫だ。猫で、猫だ。

忘れるのは、賢い事だって、生きるために必要だから忘れるのだって、誰かに聞いた気がする。なら、俺は必要だから忘れたのか。忘れないと生きられないのか。何故だ?オレは猫で、俺に危害を加える者は此処にはいないのに。皆、やさしいのに。


『無理に、思い出さなくてもいいのよ?』


僕は、無理をしているのか?思い出すのは無理なのか?足りないのは、もどかしく、苦しいのに。それでも、思い出さない方がいいのか?君は、何をしっている?


『私は、あなたの知っている事しか知らないわ』



ボクは、何を知っている?










「ネーロ」


顔を上げて声のした方を見ると、旦那様が優しく微笑んでいた。…何を考えているんだろう。少し、嫌な予感。


「ネロだって、偶には外に出たいよな?」

「なおうん(別に)」


変なフラグが立つ気しかしない。しかも、下手に転べば、今の平穏が無くなる様なフラグだ。それは勘弁してほしいものである。


「だよな、そうだよな。ネロだってずっと屋敷の中とか飽き飽きだよな」


おい、勝手に同意した事にするんじゃない。ボクは同意した覚えはないぞ。

旦那様は楽しそうに僕を抱き上げて(相変わらず抱っこするのは下手だ)、何時からか其処に立っていたバトラーに言う。


「っていう訳で、オレはネロとデートしてくる」

「ダメです」


バトラーは即答で斬り捨てる。容赦がない。旦那様はぷー、と口を尖らせた。男がやっても可愛くない。ていうか、やめろ。バトラーは顔色一つ変えない。


「お嬢様は猫です。犬とは違うのですよ?」

「知ってるって。超ツンデレだよな」


ツンデレとかいうな。そして家猫を連れ出そうとするんじゃない。

旦那様が頬をすりよせるので猫パンチをお見舞いする。爪で引っ掻いたりしないのはオレの優しさだ。まあ、本気で嫌になったら容赦なくやる予定だが。


「他の奴がいると恥ずかしがるんだよな、ネロは。そういうとこも可愛いけど」


ちげぇ。







結局、旦那様が息抜きしないとお仕事できないとかごねてちょっとした散歩に行く事になった。傍迷惑な旦那様である。お前の血は何色だっ(余談だが、本気で赤以外の色をした血が流れていそうな人が数人いる。恐ろしい事である。流石人外)。


「…オレはネロと二人っきりのデートがしたかったんだがなぁ」

「そんな事、させるとお思いですか」

「…思わねぇ」


そんなやり取りをする旦那様とバトラーを、簡素な鎧を着て、腰に剣を佩いた男が二人、苦笑の様な表情を浮かべてみている。旦那様の護衛の様なものだろう。ちなみに、バトラーは付いてくる訳ではないらしい。

護衛の二人は、どちらも二等辺三角形な耳が頭頂部に生えていた。虎と豹、だろうか。尻尾も見える。所謂、獣人…まあ、獣要素は少ないんだけど。

僕は植物で編まれた小さな籠の中。小さい、と言っても十分僕が体を伸ばせる程度の大きさがあって、柔らかい布が敷かれている。その籠は旦那様の腕の中にある。取っ手もあって、それは肩にかけられる程度の長さがある。


「オセー、バラーム、旦那様をよろしくお願いします」

「おい、バトラー、どういうことだ」


旦那様が抗議してもバトラーはスルーする。まあ、要するに旦那様が変なことしない様に見張れって事なんだろう、多分。ダメダメだな、旦那様。





旦那様の歩みに合わせて少し揺れる籠の中から外を眺める。

何と言うか、自然が溢れた場所だ。道も舗装されていない、むき出しの土の様だ。まあ、それはちょっと道を外れて横道に入った感じだからだろうが。大きな道は舗装(と言っても、アスファルトとかじゃなくて、レンガの様なものだったが)されていた。


「やっぱ、自然の中は癒されるよなー、ネロ」

「なーお(まあ、否定はしない)」


僕は田舎生まれの田舎育ちだ。コンクリートジャングルよりは自然の多い場所の方が馴染みがある。まあ、そうは言っても、こんな森!って感じの森はそうそういった事がなかったが。…あまり、外に出る方でもなかったし。

…否、でも、小さい時は結構外で遊び回っていた様な…。んー…まあ、どうでもいいや。

聞こえるのは旦那様の足音と、後ろから付いてくるオセーとバラーム(どっちがどっちかは不明)のたてる金属が触れ合う様ながしゃがしゃという足音。それに、鳥の声。鳥の声はしても、それが何処にいるのかはよくわからないし、姿が見えない。

何だか眠気がして、僕は小さく欠伸をした。


「どうした?ネロ。眠いのか?」

「なー…(そうかも)」

「そうか…。ふむ」


旦那様は一度立ち止まって少し何かを考えた後、優しくオレに微笑みかける。


「着いたら起こすから、眠っているといい。…お前を連れて行きたい場所があるんだ」


そう言って優しく撫でるから、ボクは静かに目を閉じることにした。








「ネロ」


優しくゆすぶられてボクは目を覚ます。小さく欠伸をした後、顔を洗う。何か、色々な甘い匂いが漂っているのを感じる。とはいえ、お菓子の匂いとかではない。この匂いは、花の香り、だろうか。


「ネロ、見えるか?この花畑が」


旦那様に促されてボクは辺りを見回す。諸所に咲き乱れる様々な種類の花達。やはり、花の匂いだったらしい。旦那様は此処に連れてきたかった、という事だろうか。


「綺麗だろう?これをお前に見せたかったんだ」

「なーおう(…まあ、綺麗だとは思うよ)」


でも、少し…匂いが煩い、かな。色々混ざりすぎてるというか。悪かないけど、微妙。


「ネロは花にはあまり興味がないのか?」


そんな取り立てて興味はないかな。嫌いじゃないけども。

旦那様はボクを抱き上げて花畑の中に寝転がった。視界が大きく動いて、その中で一瞬少し呆れた様な顔をしたオセーだかバラームだかが見えた。…まあ、外で寝っ転がるのは大人としては中々…うん。だが、旦那様は暫くそうしているつもりらしいので、ボクはそのまま旦那様の胸の上で丸くなった。


…別に、悪くは、ないと思うよ。






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