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4、夜は嫌い





お昼も過ぎて、日が傾きかけた頃、旦那様が返ってきた。テンションが高くて鬱陶しい。何処に行っていたのだかは知らないが、何か疲れたらしい。…疲れたって言ってるわりに妙にテンション高いけど。


「ネローvV」

「なーお(ウザい)」


旦那様が僕を抱きしめてすりすりと頬を擦りつける。ウザい。まあ、邪険にするのすら面倒くさいからなすがままになってるけど。耳にでも噛み付いてやろうかな。

後、何かバトラーが苦笑するしかないっぽい感じなんだけど。そういえば、服に毛がつくのとか気にならないのかな。ボクは気にしてやらないけど。面倒くさいし。どうしようもないし。

そういえば、旦那様は結局何処に行ってたんだろう。…まあ、どうでもいいか。ボクには関係ないし。











晩御飯の後、ボクは寝床として用意されていた籠の中に丸まっていた。つまり、朝眠っていた場所だ。其処は旦那様の部屋の一角でもあって、僕の籠の隣にはふわふわしたソファもあった。そちらも中々居心地がよさそうだと思わないではないが、矢張りその為に用意されていたのだし、というわけでボクは籠の中にいた。やわらかい布が詰まっていて寝心地は結構いい。眠いので、このまま眠ってしまってもいいだろう。


『もう眠くなったの』


眠いのは、眠いのだ。猫だからかもしれない。猫は眠るものだ。だから僕は間違ってない。だから眠ろうと思う。


『…そう、お休みなさい』


おやすみなさい。また、あし、た……。








唐突に僕は目を覚ました。辺りは真っ暗だから、まだ夜中なのかもしれない。大きく欠伸をした後何故目が覚めたのかを考える。不思議と眠気はない。…夜中に目が覚めた事なんてなかったのに。一度眠れば朝起きる(起こされる)までぐっすりだったのに。寧ろ眠りにつくまでに時間がかかる方だったのに。

猫の目は暗闇を見通すから、僕の目には部屋の様子がよくわかる。ベットに人が眠っている様子は無い。旦那様はまだ起きているのだろうか?

籠から下りて絨毯の上で思いっきりのびをする。旦那様を探してみよう。起きているのなら、其処には明かりがあるかもしれない。何かをしているなら、それなりの音もするだろう。猫の耳も目も優秀な筈だから、きっとすぐに見つけられるだろう。多分。






暗い屋敷の中を歩き回る。不気味なほど静まり返った屋敷の中は、昼間と同じである筈なのに、何故か恐ろしく感じた。ボクはホラーは嫌いだ。正確に言うのなら、気持ちの悪いものと吃驚するものが嫌いだ。お化け屋敷なんて冗談じゃない。

………


何も聞こえないのは、怖い。


「…にゃー」


口に出して、僕の耳が聞こえなくなってるわけじゃないとわかって少し安心する。

昼間はそれなりに音がしていたのに、音のない屋敷の中はとても恐ろしい。遠くで、鳥の声がする。フクロウだろうか。フクロウとかの猛禽類は結構好きだ。だって、カッコいいから。でも、何故だか今は恐ろしいと感じる。状況に酔って感覚が敏感になっているのだろうか。

歩みを止めて、近くの窓を見上げる。暗い空だ。月は見えない。位置の関係だろうか。そういえば、今日の月齢はどれくらいなんだろう。…どうでもいいと言えばどうでもいいけれど。









暫く歩きまわって、僕の耳は小さな音を捉えた。紙を捲る音、だろうか。その音がしたのが何処か、よくわからなかった。僕は立ち止って耳をすませる。


………


ペンで何か紙に書き物をする音も聞こえる気がする。旦那様だろうか。バトラーという可能性もなくは無い気がする。

前方にある部屋の一つ、その扉の隙間から、細く薄く、光が伸びているのが見える。

僕は静かにその扉に駆け寄る。ちりん、と鈴が鳴って、そう言えば僕の首には鈴がついていたのだと思いだした。どうも、鈴自体は後ろの方に寄ってしまっているような感触があるが。

扉に手をかけてひっかくようにして隙間を広げる。そうして、丁度ボクが通れる程度まで隙間を広げると、ボクはその隙間から部屋の中に忍び込んだ。







「…ああ、ネロか」


旦那様が手元から顔を上げて、部屋に入り込んだボクを見る。何故だか眼鏡をかけていて、右手に持っていたペンをペン立てに戻した後、小さく伸びをした。ボクは小走りで旦那様に駆け寄ってみる。


「にゃー(夜更かし?)」

「ん?どうした?腹でも減ったのか?」


別に腹は減ってない。

旦那様はくすり、と笑って僕に手招きをした。ボクは少しためらった後手招きに応じて旦那様の膝の上によじ登る。机の上にはインク壺が見えたので、絶対に登らない事にする。悪戯をして怒られるのは御免だ。


「…ネロはあったかいな」

「なーお(猫だからな)」


基本的に体が小さい生き物ほど体温が高いものだと思う。人間でも、大人より子供の方が平熱が高いし。

旦那様が優しく僕の背を撫でる。ボクは旦那様の膝の上で丸くなる。何だか少し眠い。旦那様は抱き方は下手だが撫でるのは上手なんだ、多分。







旦那様の膝の上でうつらうつらしていると、ふっとランプの光が消えた。ボクが少しびっくりして耳を立てると、旦那様は小さくため息をついた。


「…何も、こんな時に来なくてもいいじゃないか」


折角ネロがデレてくれたのに、と呟く旦那様に猫パンチを喰らわせてやろうと思ったが(デレって何だ)、ついで感じた何か異様な気配に、僕は身を固くした。


何か(・・)居る(・・)


それが何だか、とても恐ろしい事のように感じられた。

きっと、見上げれば僕はその正体を見る事が出来るだろう。猫の目は、この暗闇でも目の前のものを正しく認識できる。でも、そうする気にはなれなかった。其処にいるものを直視するのが恐ろしかった。


「...chatte le maitre ...duc volfe」

「あんまりネロを怖がらせないでやってくれるか?…オレがバトラーに怒られる」

「bien」


低い声が、僕の知らない言葉で話す。何かに見下ろされているのがわかる。何でだかわからないけれど、怖い。旦那様の膝の上にいるんだから、きっと攻撃を受けたりはしないだろうと、何となく思うけれども。でも、怖いものは怖い。


「…威圧感を出すな、と言っているんだ。わからなかったのか?モート」

「...non moi poser il dignite」

「じゃあ何故ネロがこんなに怖がっているんだ」

「...vie di hiwers instint?」

「本能、なぁ…。まぁ、生き物にとっちゃあ、お前を恐れるのは当然の事なんだろうが…」


旦那様の手が優しく僕の背を撫でる。ボクは、いつの間にか瞑ってしまっていた目を恐る恐る開いた。初めに映ったのは、苦笑を浮かべる旦那様。そして、その隣でボクを見下ろしていたのは、


「...terrible moi chatte?」


暗い位、深淵の様な、何か(・・)。それは、人の姿はしていなかった。人という姿の枠に収まる様なものではなかった。でも、なんだかそれは、悲しい目をしている様な気がした。だから、ボクは首を傾げた。闇の中で、暗い、暗い色をしているという事しかわからない瞳を見つめて、ボクはすうっと、恐怖が引いていくのがわかった。それが何故かはわからない。でも、ボクはそれを恐れる必要などないのだとわかった。


「にゃー(何でかわからないけど、怖くない)」


ボクがそう言って旦那様の膝の上に座ってそれを見上げると、それは驚いたような顔をした(気がする)。旦那様が小さく笑うのが聞こえた。それに気づいてボクが首を傾げると、旦那様は優しく僕の頭を撫でた。


「どうだ、オレのネロは可愛いだろう」

「...niais...tres niais,mais varier di mauvais」

「お前なぁ…」


旦那様が不機嫌そうな声を出すと、それは目を細め、少し笑った(様な気がする)。それを見てか、旦那様が凍りついた様に動きを止める。どうやら、予想外の反応だったらしい。


「...un peu de...tres un peu de,peu etle vouloir cet chatte」

「?!ネロはやらんぞ?!」

「...lui blague」

「…お前の冗談は冗談に聞こえん…」


疲れた様に溜息をつく旦那様を見て、ボクは首を傾げた。それが何を言ったのかは知らないが、どうやら"悪い冗談"でも言ったらしい。旦那様の反応からして、ボクがほしい、とかそういう事だろうか。んな事言われても困るんだが。主にどう反応していいかわからない、という点で。


それが僕に手を伸ばす。敵意は感じなかったのでじーっと見ていると、頭を撫でられた。冷たい手だ。手が冷たい人はやさしい人だって聞いた様な気がするから、それもやさしい人なのだろうか。…人ではないけれど。明らかに人ではないけれど。


「...dans di le conte vi travail duc volfe」

「…ああ、そうだな。お前が世間話などしに来るわけがない」


旦那様の手が僕の耳を覆うように僕の頭の上に翳される。


「ネロ、お前は聞かない方がいいだろう。眠っているといい」


旦那様が小さな声で何か呟いたのを理解する前に、僕の意識はすとんと落ちていった。









次に目を覚ました時、僕は旦那様の腕の中にいた。もっと正確に言うのなら、旦那様と一緒に旦那様のベットの中にいた。所謂、同衾という奴だろうか。まあ、猫と(らしきもの)で同衾と言うのも妙な話だが。

日が昇り始めているのか、部屋の中にうすく光が差し込んでいて、僕は小さく欠伸をした。目は覚めはしたが、まだ少し眠い。起こされるまで大人しく眠っていよう。僕はそう決めてまた目を閉じた。






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