3、歩きまわる
どうやら、朝歩きまわった時に誰にも会わなかったのは、ある意味運が悪かっただけであったらしい。
屋敷の中を気ままに歩いていると、ちらほらメイドさんやらボーイ(?)さんやらを見かけた。まあ、所謂使用人という職業の人で、皆揃いの白黒のお仕着せを着ていた。肌の露出を抑えた上品なデザインの洋服である。間違っても、某コスプレ喫茶のような服装ではない。機能性もあるのだろう、皆プロフェッショナルの様な美しい動きをしていた。…いや、多分プロフェッショナルの様なものなんだろうけども。
服装は皆一様にお仕着せの白黒だったが、各々の持つ色彩は彩に溢れていた。流石に旦那さまと同じ色、オッドアイをしたものはいなかったが、赤青黄色緑紫白銀金様々な色の髪や目をした者がいた。
…そして、認めよう。どうやら、此処にいるヒトたちは人間ではないようだ。獣人とか、あからさまに人外の姿をしている者は見かけなかったが、翼をはやした者や尾を生やした者はいた。後、何か摩訶不思議現象を起こしている者もいた。あれは魔法だろうか。ボクも使えたらいいのに。
『使えたら、って何に使うのよ』
え?うーん…まあ、使えたら面白いのにな、ってだけだし、思い付かないなぁ。テレポートできたらいいのに、とかは度々思ったけど、屋敷の中を動き回る位なら態々テレポートするのも何ていうか、オーバーアクションな気がするし。
『相変わらず、その場のノリで発言するのね』
発言はしてないけどね。思ってるだけだから。頭で考えるのはボクの自由でしょ。
使用人の人達はオレに対する対応を迷っている様な気がした。何と言うか…遠巻きにされてる感がある。こちらから近づけば逃げられたりはしないのだけど、あちらから近づいてくる事は無いし、離れて追いかけられたりはしない。まあ、仕事中だってのもあるんだろうけど。まあ、危害を加えられないんだから別にいいや。
ボクがどういった位置づけなのかは不明だが、近づけばネロ様、或いはお嬢様と呼ばれた。多分、ボクは旦那様のペットという事になっているんじゃないかとは思う。どうしてそうなっているのかは知らないが。
…気になる事は気になるが、調べる方法が思いいたらない。ボクは猫だから旦那様達と意思の疎通があまり詳しく測れないし。バトラーは多少ボクの意思をくみ取ってくれるけど。どうせなら旦那様の僕への扱いも矯正してやってほしい。
「――あら」
背後から声がして、誰かが走ってくる。オレは何となく身の危険を感じ、緊急回避を図る。即ち、前方にあった家具の上へ飛び上がり、さらに高く上る。大きな柱時計に乗ろうと飛び上がった所で足を掴まれ、登りそこなった。
「あなたがルードお兄様のネロ?」
見知らぬ女性…少女?だ。だが、不思議と既視感がある。大きな紫色の瞳がオレを見つめている。多分美少女と言って差支えないだろう。跳びあがろうとした所を掴んで止めるのはいただけないが、抱き方自体は悪くない。…いや、旦那様が下手すぎるだけかな…。…ああ、そうか、旦那様に似てるんだ。髪の色も旦那さまと同じ空色だし、顔立ちも何となく似てる…ような気がする。多分。…まだ全然顔覚えられてないけど。まあ、この子はオッドアイじゃないけど。
「本当に左右で目の色が違うのね…お兄様と一緒だわ」
「にゃー(お兄様?)」
「私はフランシスカ。ファニーでいいわよ」
少女はそう言って花が咲くような笑みを浮かべた。お兄様というのは多分旦那様の事なんだろう。という事は、この子…ファニー、だっけ?は旦那さまの妹なのか。
ファニーはニコニコと僕の頭を撫でる。まあ、気持ちいいのだけど、ボクはそれで誤魔化されるような性格はしてないんだから。引きずり落とされた恨みはのこってるんだから。
「フランシス様、此処にいらっしゃったのですか…」
「バトラー。もう来たの。…それに、フランシスじゃなくてフランシスカ」
心なしか、バトラーは疲れているようだ。ファニーは頬を膨らませ、口を尖らせる。美少女は何をやっても可愛いから得だなぁ。
バトラーはファニーの腕の中にいるオレを見て、キリッと顔を真剣なものに変えた。
「フランシス様、お嬢様は病み上がりですので、あまり構いすぎないでさしあげてください」
まあ、そもそも猫はあまり構われ過ぎるのは好まない生き物だけどね。つかず離れず、位が丁度いいんだ。時々構ってくれれば十分。
「折角お兄様が居ない時に来たのに」
どういう事なの。
…うーん………まあ、いいや。多分オレが考えてもわからないんだろうし。
「…学校を抜け出して、ですか?」
「そ、それは…わ、私は優秀だから、問題ないのよ。一日ぐらい授業に出なくても何の問題もないわ」
「そういう問題ではないでしょう。迎えの方がすぐにいらっしゃるそうですから、大人しく戻ってくださいね」
「えー…」
どうやら、ファニーは学生であるらしい。…迎えがくる、って、どういう事なんだろう。所謂VIP待遇ってやつなのかな?ていうか、サボってここに居るんだよね、つまりは。優秀だから大丈夫だって本人は言ってるけど、優秀だからってサボっていいわけじゃないと思うんだけどなぁ。ていうか、皆勤を狙ったりはしないのか。…まあ、よく病欠してたボクの言える事じゃないか。
「…ねぇ、バトラー、じゃあ、ネロも連れて行っていい?」
「ダメです。旦那様が泣きます」
「ケチー」
泣くのか。
結局、ファニーの迎えとやらが来るまでの間、ファニーはボクを構い倒した。疲れた。
ファニーを迎えに来たのは、暗緑色のローブ?を着た男性だった。ローブと同系色の帽子を被っていて、背が高かった。
ファニーは最後まで僕を連れていくと言ってきかなかったが、男の人に寮はペット禁制だと言われて渋々諦めた。そんな所まで旦那様に似なくて良いと思う。…というか、ファニーって寮に入ってるのか。
「もう、相変わらずアンドラス教授は堅物よね」
「ヴェルフォールが破天荒すぎるだけだ。戻るぞ」
「またね、ネロ。今度はちゃんと許可を出させてからくるから」
ファニーはそういって僕の頭にキスを落とす。”アンドラスキョウジュ”はため息をついているようだ。ファニーってもしかしたら問題児なのかもしれない。御苦労さまとしか言えない。…いや、ボク《ねこ》に会うためだけに学校を抜け出してくるんだから問題児でも何ら不思議はないか。で、なまじ成績はいいから性質が悪い、と。
「…外出許可をとるとらない、ではなく休暇まで待ってください」
「あら、私がいつ外出許可の話をしたのかしら」
じゃあ、何の許可だ。
………まさか、ね…。
「ヴェルフォール、寮でペットを飼う許可はどうやっても出ないぞ」
「あら、そんな事やってみなきゃわからないわ」
「学校の許可が出ても旦那様の許可は出ないと思いますが」
オレもやだよ、学校なんて人多そうな所に行くの。
ファニーと男の人がいなくなって、ボクはバトラーと二人きりになった。バトラーの足を引っ掻く様にしてやると、バトラーはそれに気づいてボクに笑いかけた。
「どうなされました?お嬢様。もしや、空腹ですか?」
「にゃーおう(ううん。それは別に平気)」
「違う…では、…何でしょうか」
何も言わずに頭を擦りつける。そうしたらバトラーは僕の頭を撫でてくれた。
多分、バトラーは猫好きなんじゃないかなぁ、と思う。猫の扱いに手慣れてるし。根拠はあんましないけど。