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1、身体を洗う




「お姉ちゃんさ、就職どうなってるの?」

「…決まってない」

「決まってないって…ちゃんと試験受けに行ったりしてるの?」

「・・・」


…何で妹に尋問されなきゃいけないんだろ、オレ。

いや、オレが何も言ってないからいけないんだってのはわかるけど。何もしてないように見えるのがいけないってのはわかってるんだけど。

でもさ、だからって何で?お前はお前の事頑張ればいいじゃん。テスト三日後ならその為の勉強でも何でもやればいいじゃん。お節介焼き。

早く髪の毛洗って場所を開けてよ、ボクが髪の毛洗えないじゃん。お風呂、何か今日熱いから早めに出たいんだけどな。

君がボクの事お節介焼かなくていいよ。頼りない姉だってわかってるけど、だからって世話を焼こうとしなくていいよ。ボクの事なんか放っておいてよ。お前はお前の事を頑張るべきだろう?だって来年度からはお前大学に行って家を出て下宿するんだろ。っていうか、下宿するってのは今聞いた所だけど。


「ねえ、お姉ちゃんはなんで遅刻すると怒られるかわかる?」

「…何の話?」


どくんどくん、心臓が早く動いてる。何だか気持ち悪い。


「今どうなってるかわからないから怒るんだよ。今どうしてるかを言わなきゃダメなんだよ」


そんな事言われたって、言える事なんかないんだから仕方ないじゃないか。




白い泡が排水溝に溜まっている。気持ち悪い。だって、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

唾を吐きだす。しょっぱい。涙の所為とかじゃない。きっとこれは、汗の所為だ。汗をかいたからしょっぱくなってるんだ。もしかしたら鼻水の所為かも知れない。ああ、気持ち悪い。

心臓がどくどく言ってる。のぼせてきたのかな。気持ち悪い。

今日は髪の毛洗わなきゃ。だって汚いもの。汚いんだから洗わなくちゃ。気持ち悪い。

気持ち悪い。





『ねえ、何でこんな事言われてるのかちゃんとわかってる?』


わかってる。ボクが何も言わないから。何も言われないからって何も言わないから。わかってる。

でもねぇ、言う事なんてないよ。言える事なんてないよ。わかってるんだ、言ったって意味がないんだもの。わかってるよ。

だって僕はダメだもの。わかってる、わかってる。でも、ダメなんだもん。わかってる。


『そうね。あなたはダメだわ。言われた事しかできない、お人形だもの』


・・・


『私たちと話すのもただのお人形遊びだってわかってるんでしょう?ねえ、わかってるんなら改善してみたらどうなの?』


お人形遊び?改善?何それ。わからない。だって、ボクはお人形は嫌いだもの。気味が悪いし、怖いもの。わからないよ。

それに、オレは人形じゃない。人形じゃない。人形じゃない。人のいいなりになったりしない。人と同じになったりしない。

だって、オレはオレで、オレだもん。お前の言う事はよくわからないよ。お前もオレのはずなのに。何でだ?わからない。

お前はオレだろう?オレはお前じゃないけど、お前はオレだろう?そうだろう?そのはずだろう?なのに、何でお前はオレにわからない事を言うんだ?何でだ?


『いつまで、私に頼るつもりなの?私に尻をたたかれないと何もできないの?それとも、私に慰めでも期待してるの?私は、あなたを慰めたりなんかしないわ。だって、私はあなたを人形にしたい訳じゃないもの。私に頼りっきりの人形なんて、いらないの。ちゃんと自立しなさいよ、鬱陶しい』


何時になくとげとげしいな。オレがいつお前に慰めを期待した?何時頼った?オレは、自分からお前に何かを求めた覚えはない。


『そう、あなたは何も要求しない。自分からは動かない。誰かにしてもらうのを待ってるだけ。だから人形だって言ってるのよ』


オレは人形じゃない。人形じゃない。人形じゃない。じゃない。だって、オレは、人形じゃない。

ボクは、ボクは、ボクは、人形じゃない。人形じゃなくて、人形じゃなくて、人形じゃなくて、ボクは、ボクは、ボクは、猫だ。

そう、ボクは猫だ。猫。猫なんだ。猫だから、人形じゃない。だって、ボクは猫だから。


『……そう。で、いつまでそこでぼうっとしているつもり?髪の毛洗うんじゃなかったの?』


そう、髪の毛洗わなきゃ、そうだった。髪の毛、洗わなきゃいけないんだ。だって、汚いから。洗わなきゃいけないんだ。

心臓がどくどく言ってるけど、言ってるから、ゆっくり、動かなきゃ。髪の毛洗わなきゃいけないから。まずはお風呂から出て、シャワーを出さなきゃ。

あ、お風呂から出たら蓋をしなきゃ。だって、お湯が冷めちゃうもの。まだ、妹たちが入ってないんだから、蓋をしなきゃ。蓋をしておかなきゃダメだ。

髪の毛、洗って、お湯で流してから、シャンプーで、リンスで、顔も洗って、だって、汚いもん。汚いものは洗わなきゃ。


『何で?』


だって、汚いものは洗って綺麗にしなきゃ。汚いもの。でしょう?だって、洗わなきゃ汚いもの。


『汚いものは洗っても汚いままよ。だって、汚いものは汚いんだもの。洗って綺麗になるのは綺麗なもの。綺麗なものについていた汚いものがとれて綺麗になるのよ』


ボクは汚いものじゃない。汚れてるだけ、だって、そうでしょう?ボクは別に汚いものじゃないもん。汚れてるものは洗わないと。洗って、綺麗にしないと。そうでしょう?だって、汚いもん。

洗わなきゃ。洗わなきゃ。洗わなきゃ。汚れを落として、綺麗にしなきゃ。汚い、汚い、汚い、汚い。


『あら、あなたも汚いものでしょう?だって、その汚い汚れはあなた自身から出てきたものだもの。汚いものは汚いものから出てくるものでしょう?だから、あなたは汚いのよ。汚いものなのよ』


違うちがう違う。ボクは汚いものじゃない。汚いものなんかじゃない。だって、ちがう、ボクは汚いものじゃない。

オレは、綺麗なものじゃないかも、しれないけど、汚いものじゃない。だって、違うんだ、オレは汚いものなんかじゃない。


『いいえ。綺麗なものなんてないのよ。何もかも汚いものばっかり。汚いものが表面だけ繕って綺麗なフリをしてるだけ。そうでしょう?あなたもわかっているでしょう?なにもかも、汚いものしかないのよ』


汚くない、だって、洗えば綺麗になるもの。汚くなくなるもの。だから、汚くない、汚くないの。そう、ボクは汚くなんかない。汚いわけじゃない。そうでしょ?ねぇ、そうでしょ?


『ねぇ、わかってるんでしょ?だって、私はあなただもの。あなたは私だもの。そうでしょう?ねぇ、お人形のご主人様。お人形遊びをしてるお人形のご主人様。それとも、名前で呼んでほしいの?』


名前で呼ぶ?名前、名前?いやだよ、呼ばれたくない。呼ばないで、君は呼ばないで。ボクを、呼ばないで。いやだもん。嫌なものはいや。ボクは君を名前で呼べないのに、君はボクを名前で呼ぶなんてずるいよ。ねえ、そうでしょう?不公平だよ。それに、ご主人様とか何の冗談?君は僕でしょう?主人も何もないでしょ?そうでしょ?ねえ、お前はボクでしょう?

ねえ、何で意地悪言うの?前はそんな事言わなかったのに。何も言わなかったのに。偶にちょっかいをかけてくるだけで何も言わなかったのに。ねぇ、何で?何で?何でそんな事言うの?君はボクなんでしょう?何でボクにいじわるするの?


『そう、あなたはいつもお人形で、お人形でいるのが寂しいからって自分でお人形を作ってお人形遊びをしているのよね。いつもそう。前からそう。ずっとそう。ねえ、でもねえ、お人形が作り主に逆らえるって事もわかっているでしょう?だって、あなたもそうだもの。ねぇ、そうでしょう?』


わからないよ、だって、お人形はお人形でしょう?君はお人形じゃないでしょう?だって、好き勝手喋っているもの。お人形は勝手に喋ったりしないでしょう?ボクはお人形じゃないよ。そう、だってボクは猫だもの。ねぇ、何を言っているの?


『じゃあ聞くけど、あなたは何故動かないの?何故あの時動かなかったの?何故あの時苛められていたの?』


え?何の話?ねぇ、何の事を言っているの?ボクはボクでしょう?ねぇ、何の話をしているの?ボクは、ボクは、ボクは、猫で、猫で、猫で、そう、だから、ボクは猫で、君は、そう、君は中の人。そう、そうでしょう?ねぇ、違うの?何が違うの?ねぇ、君は僕で、ボクなんでしょう?そうでしょう?何の話をしているの?ねぇ。


『10年前の話』


10年前?10年前って何時?ねぇ、いつの話?10年前って何時?昔の事?知らないよそんなの。昔は昔でしょ。昨日も一昨日もその前も十日前も一か月前も去年も一昨年も3年前も六年前も10年前もみんな過去でしょう?ねぇ、そうでしょう?過去は過去でしょう?何で区別する必要があるの?ねぇ、過去は過去でしょう?どうでもいいよ。昔の事とか覚えてないよ。覚えていたくないよ、ねぇ、知ってるでしょう?君は知ってるでしょう?ねぇ、ボクは覚えてないよ。覚えていたくないよ。思い出したくない、いやだ、だって、辛いのも痛いのも苦しいのも怖いのも気持ち悪いのもねぇ、いやだよ。いやいやいや。ねぇ、君は知ってるでしょう。知ってるでしょう?知っているでしょう?だって、君はボクだもの。ねぇ、そうでしょう?


『ねぇ、そうやって逃げたんでしょう?人形(あなた)に押し付けて逃げたんでしょう?あなたはあなた(人形)に押し付けて逃げたんでしょう?辛いのも痛いのも苦しいのも怖いのも気持ち悪いのも嫌だって逃げたんでしょう?』


逃げた?ボクが?何から?ボクは、逃げた?戦った。戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦ったよ?ボクは、戦ったよ。ねぇ、ボクは戦ったよ。そうでしょう?ねぇ、そうでしょう?

オレは戦ったよね。戦ったよ。戦った。戦ったもの。戦って、戦って、戦って、戦ったけど何も残らなかったよ。ねぇ、お前も知ってるだろ。何も残らなかったよ。オレは戦ったのに。逃げなかったのに。戦ったのに。ねぇ、どうして?戦ったのに、どうして?

戦わなきゃダメだって言ってたのに。何も残らなかったよ。だって、ボクは戦ったよ。戦ったのに。どうして?ねぇ、そうでしょ?どうして?オレは、戦ったよ?ちゃんと、逃げずに戦ったよ?戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦ったのに、誰も、誰も誰も、誰も、誰も、オレは戦ったのに、ダメだったよ、何で、オレは一人にならなきゃいけないの?ねぇ、何で?ボク頑張ったよ?ねぇ、頑張ったよね?ねぇ、そうでしょう?ボク、頑張ったでしょう?


『知ってるわよ。ええ、私はあなただもの。知っているわ。でも、努力したからって全てが報われるわけじゃなくってよ?知っているでしょう?現実は小説みたいにみんな上手くいくわけじゃないわ』


知ってるよ。知ってる。大団円なんて作りもので、瞬間で、ハッピーエンドは現実に生れっこない。だって、問題解決したって現実はそこで終わらないもの。ずっとずっとずっとずっと続いていくもの。そこで終わりじゃないもの。だから、みんな上手くいって終りに何てならないもの。


『ねぇ、いつまでお人形遊びをしているつもりなの?髪の毛を洗ったらお風呂をでなきゃ。次の人が入れないわよ』


わかってるよ、うん。わかってる。知ってる。知ってる。洗い終わったから、身体を拭いて服を着なきゃ。あと、髪の毛を乾かさなきゃ。でも、お風呂から出てから。そう、お風呂の部屋をでなきゃ。そう、でなきゃダメ。出て、タオルで体をふかなきゃ。パジャマを着なきゃ。そう、わかってる。

うん、わかってる。いつまでもこうしてると、他の人が迷惑。そう、わかってる。うん。





『あなたは猫になりたいのよね』


そう、猫。ボクは猫。猫。人間は嫌い。嫌いだもの。みんな嫌い。そう、だって、ボクを嫌いなものを好きになれる訳ないでしょ?だって、嫌われてるんだもの。ボクは、嫌いじゃなくても、嫌われてるんだもの。


『それは只の被害妄想でしょう?誰もあなたの事なんか気にしてなんかいやしないわ』


うん、そう。大多数の人は無関心。ボクの事なんか気にしない。気にしない。居てもいなくても同じ。そう、それだけ、僕なんか採るに足らない、ただのモブ。そう、知ってる。わかってる。ボクは特別じゃない、只の1。

でも、アイツらはみんなオレの事嫌ってる。嫌いって仲間外れにした。そう、だって、そうなんだろう?戦っても、戦っても、戦って、何にもならなかった。オレは、一人ぼっち。一人は嫌い。寂しいのは嫌い。なぁ、そうだろう?お前もそう思うだろう?だって、寂しいもの。嫌だ。寂しいのは嫌だ。そう、オレは、一人は嫌いだ。なぁ、そうだろう?


『みんながみんな、そうとは限らないでしょうに』


だって、好きって言われた事なんかない。ボクが好きじゃないのに、好きって言われるわけはない。嫌いじゃないけど、好きじゃない。ボクは、自分なんか好きじゃない。弱虫で、臆病で、何もできない。ねぇ、君だってボクの事なんかどうとも思っていないんだろう?そうだろう?だって、ボクはボクの事なんか好きじゃないんだもの。


『そもそもあなたに好き嫌いなんて、情熱なんて、強い気持ちなんて有るの?一回で諦めるくせに、強く思う事なんて有るの?』


そんな事ない。ボクだって好きなものはある。好きなものがないなんて事は無い。


『じゃあ、何が好きなの?』


ボクは、ボクは。ボクは、ボクは、ボクは、ボクは、音楽が好き。音楽、絵を描く事、考える事、文を書く事、音楽が好き。そう、ボクは音楽が好き。歌うのが好き。歌が好き。そう、ボクは、ボクは、音楽が好き。


『猫なのに?』


猫が音楽が好きで何かおかしいの?ねぇ、何故そんな事言うの?ボクは猫だよ。猫。ボクは音楽が好きだよ。ねぇ、何がおかしいの?ねぇ、何がおかしいっていうの?

君はボクなんでしょう?ねぇ、何で?何で?何でそんな事言うの?ボクなんでしょう?なら、わかるでしょう?ボクは猫で、ボクは音楽が好きなんだよ。ねぇ、そうでしょう。そうでしょう?


『あなたは飼い猫になりたいのよね。…自分でえさを取るのも、他人に媚を売るのもできないみたいだし』


うん、そうかもしれない。多分そう。そうだと思う。多分そうだと思う。そうじゃないかな。あってるんじゃない。うん、そうだと思うよ。

ボクは猫だもの。鼠を捕ったりはできないけど。天気予報はできないけど。猫だもの。


『人間が猫になれる訳ないじゃない』


知ってるよ。知ってる。わかってる。人間は猫にならない。でも、ボクは猫になりたい。だって、ボクは猫だもん。そう、知ってる。無理でも、ボクは猫になりたい。猫がいい。人間はもうウンザリ。猫がいい。猫。ボクは猫。


『猫は、音楽を聞かないし、絵を描かないし、文も書かないわ』



『ねぇ、そうでしょう?知っているでしょう?身近にちゃんと猫がいるもの。猫は音楽を聞かないわ。わかっているでしょう?』


でも、ボクは猫だよ。猫がいい。猫がいいんだ。だって、ボクは猫だもの。ねぇ、そうでしょう?だって、皆ボクの事を変だっていうもの。だから、猫がいい。人間は嫌。猫がいい。猫なの。ボクは猫。ねえ、そうでしょう?

猫が音楽を聴いちゃいけないの?音楽がなきゃボクは生きていけないよ。だってそうでしょう?ボクには音楽が必要だよ。知っているでしょう?僕から音楽を取り上げたらダメだよ。まともで居られないよ。だって、そうでしょう?ねぇ、知っているでしょう?

君は知っているでしょう?ボクには音楽が必要なんだ。だって、必要なんだもの。ねぇ、知っているでしょう?


『……今日はもう休んだ方がいいわ。あなた、疲れているのよ』


そうかなぁ。ボクは疲れているのかな。そうかな。君が言うんならきっとそうだね。疲れている気はしないけど、君がそういうならきっと僕は疲れているんだ。きっとそう。よくわからないけど。ボクは疲れているんだ。うん、きっとそうなんだろうね。

眠るよ。ボクは眠る。君が休めというなら、ボクはそうする。だって、疲れている時は休んだ方がいいもの。そうでしょう?休まなきゃ。疲れているんなら休まなきゃ。そうだよね。


おやすみ。おやすみなさい。ボクは眠る。だって疲れているんだもの。






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