12.籠の中の鳥〔7〕
籠の鳥。
ふと、そんな言葉が頭をよぎる。
風も雪もなくホワイトアウト。左右どころか上下も判別不可。籠の中の鳥をお題に表現するなら『色彩のない世界の透明な籠の中、身動きできず声をも無くした鳥』か。
今日の夕方、私は籠の中の鳥のようだと思っていた。パスポートもお金もないからと。けれど今は、外国に行く行かないどころの話ではない。
友達と話せない、自分の思いを表せない。
なんだろ、頭がくらくらする……意識を奪われ……。
「はるこさん」
そんな思いを断ち切る声。
ホワイト背景に人の姿がかすんで見える。女の子のよう。半ば都合のいい不思議の世界にすがるように、あてずっぽで呼びかける。
「あおいちゃん」
「はい」
あ、当たりだ。
どこか安心してうれしいのもつかの間、
「今度ばかりは無茶しすぎです」
あきれ口調で怒られ、へこむ。
お小言ついでに彼女は状況を説明してくれた。
私は安賀島大地の封じる呪文をうけ、意識のすみに押しやられ、ぽっかり空いたスキにとこ小波さまをつっこまれた。今の私は小波さんの意識が主導権を握っている。
「なつきさんや久瀬さん、鹿嶋さんたちのようすを見てきます」
「私も行きたい」
「はるこさんは自分を取りもどすこと。それを優先してください」
「そんなこと、できるん」
「はるこさんなら得意かも。小波さんと争わず受けとめて、仲良くなればどうかな」
この状況下で『仲良く』?
ムリそうな目標……努力してみるけど。
行ってきます、という元気でかわいい声とともに、女の子らしき『映像』は消えた。
自分を取りもどす。小波さんを受けとめて。
受けとめるのとは違うと思うけど、疑問と興味はある。漠然とした興味だ。
それがなにかをつきつめる。知りたいことはなにか。
やっぱりこれかな。小波さんってなにものだろう。幽霊となってでも船出を止めたいのは、なぜだろう。
霧なのかもやなのかがやがて晴れてくる。
……すると見えたのは、歴史ドラマのセットみたいな板張りの広間。
なんだか面食らうけど、そのままなりゆきにまかせよう。
目の前にいるのは若い……安賀島大地?
烏帽子&白装束&紺地に金襴な袴姿の安賀島大地が真向かいに座っている。
「七鬼への遺恨を止め和睦をなすべきです」
いや。ちょっと違う。
耳にピアス穴がない。髪も黒いし、少し色黒だ。そしてなにより、
「さもなくばいずれも呑みこまれ、志摩の無辜の民は塗炭の苦しみを味わうこととなりましょう――丹嬰の姫巫女」
態度もことばも丁寧だ。
そして『私』はぴんと背筋を伸ばし、毅然と答えていた。
「すでに呑み込まれている。七鬼は尾張の走狗となった」
「否。ひと波乱はあれど、吠えるだけの狗には終わりますまい」
「それは当代随一と評判の、伊布登美神の禰宜安賀島実嗣どのの卜占か」
「然り」
安賀島。あの大地さんのご先祖さま?
「随分と現世に気を配られた占いよな」
「幸魂の導きとお思いになられませ」
「実嗣どのが評判な理由がよう分かった……この丹嬰の小波の身ひとつでおさまるならば、よしなに使われよ」
安賀島実嗣どのは深く低く、頭を下げた。
「苦渋の決断、深く拝謝し申し上げます」
固有名詞の応酬に別の意味でホワイトアウトしかけた。
耐えられたのはクリスマスに安賀島翁から借りた本のおかげだ。目を通しててよかった。二百ページ分の十ページでも。
たまたま、丹嬰って単語は覚えてた。
たしか本はこんな内容だった――最大勢力が北の『七鬼』、もうひとつは南の『丹嬰』。ふたつは長らく対立していたけど、戦国時代が到来するや『七鬼』は負けた。でも彼らはあきらめず織田家に助けを求めた。その後がんばったおかげで『七鬼』は『丹嬰』をやっつけて、もといた土地にかえり咲いたとさ。めでたしめでたし。
推理する。おそらく、やっつけられた側のお姫さまが、小波さんなのだ。和睦とか言ってても要は降伏勧告だ。そして小波さんは身のふりかたを七鬼にゆだねる。
なにがめでたしめでたしだ。『七鬼』サイドから見たらってだけやん。
借りた本には一行も出てこない、めでたくもない出来事が小波さんには真実なのだ。
あれ。でもそれだと、変だ。
ナナツギスミタカは敵だ。立場上。
なのに小波さんが心配しているっぽいのは、なぜ。
と、疑問に思ってる間に暗転。
目の前には海が広がっている。野外シアターに変わったようだ。
「はいはい分かった、姫さまは七鬼の御館での人質生活が救いがたく暇なんだな」
そして眼下には若そうな男の人。
「どうせ妾は暇」
「その暇つぶしに巻きこまないでほしいんだが」
岩に腰を下ろして『私』を見上げ、片手にある筆をふりかざす。
うわイケメン。
彼は大きな板を地面にしいて図面らしき紙を広げている。なにかを設計している職人らしい。
「妾のいるところに三郎がいるだけ」
「こんな磯場に遠路はるばるどうも」
「そもそも三郎は船の図面にかかりきりで、まともに話しなぞせんではないか」
「話すことないから」
文字どおり犬も食わないってやつだ。
痴話げんか以外のなにものでもない。
どうやら小波さん、このイケメン三郎さんとやらに気がある模様。これがうわさのツンデレか。一方の三郎さんは静かに図面と向かう。図面は船の設計図らしい。時折、砂の上になにかを殴り書いては足で消し、納得したら紙に清書している。話すとチャラいが仕事はまじめらしい。そんな彼を(文句言ってたけど今は)静かに見守る小波さんの図か。
船にかかわりがある彼の存在が小波さんを動かす原因、だろうか。
そんな気がする。
実は幽霊船、彼が書いてる船だったりしてね。
ところでこのピュアな感じのシーン。見て目に毒、聞いて耳痛、心がしぼり削られそう。もうおなかいっぱい。見守るのやめていいかな……。
やがて小波さんが問う。
「この図面の船で、またいくさを」
「いいや」
イケメン三郎がぽつりと答えた――この船はいつか大海を見るためのもの、と。
私――小波さんは瞳を閉じて、よせては返す波の音を聞いていた……。
* * *
「言い分は聞きましょう」
私ははっと<現実>に立ちもどった。
見覚えのある、夜闇、幾重ものかがり火、幽霊武者たち。苅野のお城の中だ。
そして上座に腰をすえるエリマキ和服。ナナツギスミタカだ。
「将士らは違います」私の口が勝手に動く、「ここに集った者たちの大半は、ただ積年の怨恨を晴らしたいだけ」
ナナツギスミタカは答える。
「当たり前だろ。海賊だもの。海で存分に暴れたいだろうよ」
「澄隆どの、分かっていてなにゆえ」
「海賊衆が山に追いやられた恨み、それを海賊『丹嬰』の姫が軽く考えるのは感心しないな」
私もとい小波さんはキッとにらみすえて、
「妾はあの伴天連が信じられませぬ」
「妄信はしてない。上手く立ち回り、みなの鎮めになればいい」
小波さん完全論破されてる。
でもさほどくやしくもないようで、相変わらずだと思っているようだ。ともあれ、空気が険悪ではないのでひと安心。
ところで、小波さんが信じられないと二度も言ったバテレンって。
いきなり頭の中で豆電球がともった。
「あの」
……声が出た!
なんでだ。
いや迷うな、進め!
「バテレンって、銀髪美形のナゾの南蛮人フロリアンさんですか」
「ん? そうだ」
「それで行き先は」
「ノルウェー。天宮はるこどの、彼をどうして知っている」
「そちらこそどして私の名前、知っとんの。しかも判別つけるとか」
「夏にあれだけやらかされたら普通は覚える。話し方も違いすぎる」
ナナツギスミタカは容赦ない。
安賀島大地もきっと覚えてたんだろう。初詣後に安賀島さんちにごやっかいになったときはしれっとしてたけど、絶対気づいてたに違いない。タヌキめ。
それはさておき「ナゾの南蛮人」だ。
苅野でフロリアンと少女を見かけた。それは偶然ではなかった。幽霊船の出現もまた、偶然ではなかった。さらには藤生氏と久瀬くんのメールも、少女と藤生氏の出会いも。
複雑に考えないでおこう。すべては関連しているのだ。
ならフロリアンと少女、彼らを追えば藤生氏に近づける?
危険かも。でも藤生氏を捜しだす手だては……これしか今は考えられない。
私は力をこめて言った。
「小波さんにOKと言わせます。だから一緒に乗せてってください。ノルウェーに。私も『彼ら』にどうしても会いたいんです。会って友達を助けたい」
ナナツギスミタカの眉間にしわがよった。
ふに落ちないといった様子だ。でも説明を求めるでもない。
いろいろ考えるのはやめにして、
「とにかく乗せてって……なに勝手にスミタカさまに直訴……ふがふふ」
小波さまに乱入されて、自分がなに言ってるかわからない。
今度のナナツギ……スミタカさまは『私』の様子を面白そうに観察しつつ、
「良いよ」
と、こともなげに言った。
「えっマジで……なにをおおせか」
「大地が今、船出の準備中だ。準備が整いしだい船は出立。それまでに『そなた自身』の話をつけてもらいたい」
「話などつきは……わかりましたでもだめだったら」
「置いていくだけ」
うまくいくかな。
そして次は小波さんも私も共通の質問になる。
「ちなみに準備はどれくらいかかるの」
「明け方までの見通しと、聞いている」
ポケットの携帯電話を確認した。一時半。電波は圏外。
どうしよう、都合のいい展開にまた考えなしにとびついちゃったよ。
もし小波さんと意見が一致しても、なつきを連れて行った久瀬くんとか、様子見に行ったあおいちゃんとか、みんながみんな戻って来れるとは思えない。どうすんのよ。
でもこれはチャンスだ。足踏みするより一歩でも前進したい。
かたやスミタカさまは、
「期待してるよ。そうだ、奥に茶菓子があるけど、どう」
「いただきます」
危機から一転、茶菓子接待。
とりあえず食べよう、てのも小波さんと両者意見一致していた。