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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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12.籠の中の鳥〔4〕

 一度、雪が舞ったらしい。

 来た道の車には粉砂糖をかけたようだった。道路はところどころ凍結している。白い粒、凍結防止剤が道にばらまいてあった。

 湿りがちの空気が肌にまとわりつく。湿気のせいで底冷えしない。いいことだ。


「てことは、幽霊船の話の続きなんか?」


 鹿嶋くんは落ち着いていた。

 久瀬くんは、手早く今までの話を説明していた(藤生氏やあおいちゃんの話は省いている)。鹿嶋くんはパニックになっていると聞いていたけど、私の目にはずいぶん冷静に見える。


「だから久瀬、おまえ、急に探しに出るて言い出したわけやな」

「そういうこと」

「最初は警察にまかせたら、と他人事やったのにな」


 鹿嶋くんのもの言いはケンが立っていた。

 気持ちは分かる。私はそのやりとりを聞きながら思った。

 夕方と同じだ。藤生氏のことを「知ったことか」と言った久瀬くん。私は反発しつつ、そのほかの事情に負けた。


「警察が幽霊と捕物劇演じられるんやったら、警察にまかせるよ」

「おまえらしいよな。冷静な判断で、他人のこと突きはなすスタンスって」


 鹿嶋くんは『らしい』という言葉で片付けた。この場でケンカしたってはじまらない。彼は、私よりは合理的だった。


「で、ここが総領神社?」


 石段をあおいだ。

 お社の小山は不気味だった。初詣のときより、ずっと。

 闇のせい。そして、霧のせいだった。

 私たちは鬱蒼(うっそう)とした石段を上っていく。最初は早足だったが、少しずつ歩みがゆるむ。


「画像の場所って」


 石段は道半ば。鹿嶋くんがつぶやいた。


「違いない。ここや」


 久瀬くんは断言した。

 石段の端が割れている。割れ目には枯れたペンペン草に霜がおりている。

 たったそれだけの特徴だった。

 それを瞬時に現場と判断するとは、二人ともすごい観察力の持ち主だ。何度もくり返し、画像を見たのだろう。

 ともあれ、なつきはここで写真を撮った。それを鹿嶋くんに送信した。

 なぜ鹿嶋くんなのだろう。いや、なつきに送信先を選ぶ余裕があっただろうか。彼女が来た状況が分からない。何者かにさらわれていったのか。自らのぼって行ったのか。

 真実は闇の中だ。


「先に行こうよ」


 私はさらに上へと向かった。鹿嶋久瀬もあとにつづく。

 静かだった。なんの音もしない。

 上りきった境内も同じだった。いっそう粛然としている。私たちの靴と土がこすれあう音も騒音になる。水を打ったような静けさというが、水の音さえ境内の木々に共鳴を起こすだろう。

 空を見あげた。

 星も見えない。月もその姿はない。

 手元の懐中電灯だけが頼りだ。唯一の光を向けると、苔むした柱がぼんやりと浮かび上がる。


「だれもいない」鹿嶋くんが自答する、「ここに来たんとちゃうんか」


 彼の声が木霊(こだま)した。

 渓谷でわめいてみたときと同じだ。周囲に反響し、私たちに還ってくる。

 ここは苅野市内の中心地、城山町の丘なのに。深い深い、森の中にいるみたいだ。


「いや、聞こえへんか?」久瀬くんが問う、「笛。しの笛、和楽器の」

「鳥の声にも似とう……余韻嫋々(よいんじょうじょう)、一鳥()きて山、更に静かなり」


 鹿嶋くんは詩人だ。

 私も耳を澄ました。


 ―――イマイチド……


 声。女の人だ。

 笛ではなくて声じゃないのか。


 ―――今一度、お考え願えませぬか。


 初詣のときの声とは違う。

 あのときのように哀切な響きはない。むしろ強い意志をもっていた。一体、なにを考えろというのか。それになぜ声に聞こえるのだろう。

 さらに耳をかたむける。


 ―――所詮、良い様に使われるばかりにござりましょう。


「……っ!」


 鹿嶋くんがよろめいて私にぶつかった。

 私ははっとして、あたりを見回した。息をのむ。

 浮かび上がる大きな門。

 幾重もの、かがり火が、門の中、闇へと伸びる。

 突然開ける視界。石段の向こうに広がる、苅野の町。そこにはひとつもビルはなく、ぽつりぽつりと、白い点が浮かんでいた。ひときわ輝く点の集まりは東城山三丁目のため池付近。そこにはあの木造船が灯りに照らされ、浮かんでいる……。


「苅野の城とか、言う?」


 鹿嶋くんはひきつった声で言った。

 時代劇がかったセリフ回しに、苅野の城。いやにうまい取り合わせだ。

 なつきを探すという本来の目的を見失いそうだ。が、このままつき進むことが最終的に解決につながるように思えてならない。

 単なるカンだけど。


「行こう。門の中へ」


 私は宣言して、きゅっとくちびるを噛んだ。

 久瀬くんは少し目をふせ、再びまぶたを開く。微笑を浮かべていた。彼にも異存はないらしい。


「行こうか」

「冗談ちゃうよな……」

「鹿嶋、おまえここに残れ」


 鹿嶋くんはきつく久瀬くんをにらんだ。


「嫌や。武崎さんがいるんやろ。そう考えとんのやろ。なら、おれも行く」

「じゃあお好きに」久瀬くんの笑顔が少し歪む、「でも僕はいざとなったら、他人なんて切り捨てる冷徹なヤツやし、目的のためには手段を選ばへんし。なにがあっても恨みっこなしやからな」


 さっきの鹿嶋くんの非難への仕返しだろうか。

 いや……私には、久瀬くんが自身を皮肉っているようにも聞こえた。

 ともあれ、私たちはさらなる闇へ向かい、門の中へと足をふみ入れる。


「お待ちしておりました」


 脇からぼうっと浮かび上がる人影。

 私たちは一様に後ずさった。

 その人は女性。正座してかしこまっていた。着物だ。時代劇の貧乏武家の奥方っぽい、素朴な小袖だ。

 思いおこすのは初詣。タスケテ、との悲鳴、彼女では。声が似ている。

 ちなみに鹿嶋久瀬が「笛」と言っている、声の主ではない。


「『さと』と申しまする。『里親』の『さと』と書きまする」彼女は地面に頭をこすりつける、「貴女は新暦の年替りのあの日、わたくしを助けてくださったお方。『あまみやさん』様ですね」

「あの。助けた覚え、ないんですけど」


 声を聞いた覚えはありますが。

 それと『あまみやさん様』の『さん』は要らん。ツッコミ損ねた。


「いいえっ! 魂魄封じの祓いよりわたくしをお救いくださいました」


 サトさんはがばりと頭を上げた。

 思いこみ、強そう。永遠に話が進まなさそうだ。スルーしよう。


「それで。待ってたって?」

「お願いがございまして、お待ちしておりました。貴女がたの御力で、姫様をお救いくださいませ」

「……え」

「突然のことにて無礼とは存じております。なれど最早時がございませぬ。今宵は折も折、船団出立の宴。いまを逃してお救いする機は他にございませぬ」


 話が見えないんですけど。

 適当にうなずくとマズそう。どうしたものか。


「船団ってナナツギ水軍のですか」


 私の横で問いを投げる。久瀬くんだった。

 サトさんはぱっとほおを紅くして、


「左様でございます」

「あなたのお仕えする姫様は水軍の出立に反対していらっしゃる。だが船出がぽしゃる望みはないし、姫もどうなる巻きこまれるか分からない。てなわけでこの城から逃げ出そう、と」

「はい、はい。おおせの通りでございます!」


 なんで分かるんだ久瀬くん。


「分かりました。努力します。案内してください」


 ……マジで?

 いきなり話つけて大丈夫なん?

 鹿嶋くんも同じことを思ったらしく、


「待て久瀬。そない簡単について行ってええんか」

「ええやろ。僕らだけでうろちょろするより早そうやし」

「ていうかなんで話が分かるんや」

「船団イコール七鬼水軍。出立とは旅に出ること。これを逃れるってのは旅に出たくないってこと。姫というと……僕は夏の幽霊船での運命的出会いを忘れてへんのやな。地味ながらかなり高そーな打掛(うちかけ)を羽織った、僕好みの大人な美女との出会いをさ。あの時はみんないたから心ならずもスルーしたけど、今度こそは的な期待がふくらむね」


 久瀬くんは一気にまくしたてた。

 正直、彼の脳内妄想についていけなかったが、たった二点だけ。

 幽霊船探検のとき、桟橋を歩く前だっただろうか。なつきがあらぬ方向へ視線を向けていた。その方向を見やると、長い髪の小奇麗な和服女性が立っていた。

 その人が美女で、久瀬くん好みかどうかは知らん。


「そのひと、私も見たわ」

「きっと姫様です。姫様は大層お美しい方ですから」


 サトさんは再度深く頭を下げると、音もなく立ち上がり動き出した。ちなみに彼女、足はあるけど足音がなかった。


「さあ、早う参りましょう」

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