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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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12.籠の中の鳥〔2〕

 帰り道。

 無言で前へと進む私。私のななめ後ろを歩く久瀬くん。二人だけだった。


「世間的には、んなわけねーって思うんやな」


 久瀬くんは少し困ったようすだった。

 お食事会の最後の話題は、久瀬くんと私のネタ。

 私はさほどいじられなかった一方、彼はさんざんだった。鬼畜とか両刀使いとか、好々爺仮面とか。総じてろくなものではない。

 ああそうそう、安賀島さんの家に泊まらせてもらったことの反応。

 なにもないってば。そんなわけないやん。なんで否定するん?

 堂々巡りの会話がつづいた。


「きちんと弁明すべきかな」

「弁明?」

「迷惑やろ、天宮さん。あいつらだけならともかく、他の連中に公認されたらもみ消しにくいし」


 正直言って、どうでもよかった。弁明に注ぐ力で、藤生氏のことを考えたほうがいい。

 帰り道もロコツに二人きりされ……もはや突っかかる気力もない。

 否定的にとらえず、解釈を変えれば。むしろ藤生氏のことを相談する時間ができた、と私は思っている。

 学校でもカフェでも常に頭の片すみで、早く終わらないかな、と思っていた。それで、久瀬くんと一対一になる時間を待っていた。あの夢の出来事を彼に話さなければ、と。

 友達がいのないやつ、と自分でも思う。


「久瀬くん。藤生氏のことで」


 私は立ち止まった。

 久瀬くんも足をとどめ、ふりかえった。


「藤生君の身に?」


 そう聞きかえされる。

 これまでの人のよさそうな表情は消えうせていた。かわりに見せる厳しい眼光は、返答なしですますことを許さない。

 私はうまく働かない頭で、答えた。


「夢で……海に沈められてた。藤生氏」


 彼は目を見ひらき、口もとをゆるめた。

 彼はなにか話そうと努めているようで、そのくせなんの声ももれなかった。世界から音が奪われたような、そんな気がした。

 やがて久瀬くんは目をそらし、くちびるを噛んだ。そして無言で再び歩きだす。

 私も後につづく。

 速い。

 ひどく早足だった。

 追いつけない。小走りで彼の背中を追う。


「どこ行くん」息が切れそうになる、「ねえ、待ってよっ」


 視界がぼやけてきた。頭がクラクラする。目の奥が痛む。

 しんどいよ。

 そう一度思ったら、なぜか涙がこぼれた。流れだしたらもう、止められない。何度も目をこすり、流れるものをぬぐった。

 久瀬くんが歩調をゆるめたとき、私はようやく周囲の風景に気づく。

 東谷公園……。

 芽衣川がオレンジに染まっている。きらきらとひかり、目にしみた。

 久瀬くんは歩みを止めた。川面に視線を投げる。

 夕刻を知らせる鐘の音。それとともに水がオブジェを作り出す。噴水がふき上がった。

 もたつくように重いまぶたの中に、夕日にはじける噴水の水滴がかかりそうだ。私と噴水までは距離がある。なのに、そんな気がした。

 中学のときは、ここから藤生氏のところに行ったけど。

 今度はどうだろう。魔法のアイテムはない。魔方陣を描いてどこかへ飛んでは行けないのだ。

 私たちはどうすればいいのか……。


 がたーん。


 激しい音に、私は肩をすくめた。


「なにやっとんのや……」


 かすれた声で吐き捨てた久瀬くんのななめ前。色あせたプラスティックのベンチが倒れていた。

 あかね空に雲が下りてきた。灰色がしだいに交じり合ってゆく。


「ゴメン」


 久瀬くんはぽつりと、言った。

 そして横転したベンチをもとに戻す。私は手をこまねいて突っ立ったまま。背もたれの端が少し、割れていた。


「とりあえず帰ろう」


 葉のない桜が枝を揺らす。

 風も、久瀬くんの言葉も、冷たい。さらに私は肩をすくめる。


「このままなにもせんでいるの、嫌や」


 彼を見る気になれず、冷たい地面を見すえた。


「なにかできるはず。なにか」

「天宮さんがそんな深刻になることないやろ。顔色悪くしてまで」


 あくまで久瀬くんは冷淡に言いはなつ。

 私は彼の言いようが理解できなかった。なぜ、心配に思う私に冷や水を浴びせるわけよ。

 落ち着けというなら私は落ち着いてる。今日一日、この行き場のない気持ちを、ずっとおさえてきた。


「……久瀬くん。藤生氏、心配ちゃうの」

「知ったことか」

「なんでそんな言い方すんのよ!」

「なんでそこまで思いつめんとあかんねん」

「だって、藤生氏が海に」

「アイツ俺に大言壮語吐いたんやぞ。『巻き込んだら殺す』て。ふざけんな、てめえが……!」

「でも」


 否定の言葉がつづかなかった。

 久瀬くんもいいかけたなにかをそのままに、ふうっと白い息を吐く。


「いま現在の話でもなし。いまさらあせったって、なんになる」


 そのとおりだ。

 夏からはじまった夢は、たった数日の物語。

 時間感覚が正しければ。藤生氏が海に消えたのは、半年も前になる。


「もうひとつ。ノルウェーに行くにしても、パスポートを持ってへん」

「パスポート。そっか、私も」


 現実の壁だ。

 藤生氏がいたノルウェーの海へ向かおう。

 そう思っても、国境というものがある。パスポートで身分を証明しなければならない。ビザでほかの国に入る許可を得なければならない。国によってはもっと煩雑にもなるそうだ。


「お金もないんやんね。飛行機代って、結構かかるんよね。あと泊まれるとことか」


 もうひとつの現実の壁。

 もしパスポートがあっても、現地に向かうのに必要なお金がない。

 私たちは籠の中で飼われている鳥みたいだ。籠の中でじたばたしてるけど、結局、空に向かって飛べない、鳥。


「エア代くらい楽勝で調達できるよ」


 久瀬くんは手を後ろに組んだ。

 それはなにか隠すような不自然なしぐさで……。

 腕、手首。

 あ。

 分かった。袖口にきらりと輝く、ブランパンの時計。まさか……売るってこと?

 彼にはもう怒りの色はない。むしろ穏やかに笑みを浮かべていた。それも愛想笑いではない。少し暗さを含んだ、つくり笑顔のようだった。


「時計のこと、言うてる?」

「お金やお宝は使うためにあるもんやん」


 私の否定的な質問に先回りするような答えだ。

 たしかに間違ってない。けど。

 私は感情的に否定しかできない。

 なにかしたいと願うだけなら、だれでもできる。実現には代償がいる。それは時間だったり、知恵だったり、ときにはお金だったりするだろう。

 けど……感傷的すぎると言われても、やっぱり、ブランパンの時計はダメだ。きっと大切なもののはずだ。嫌われていたっていうお父さんからもらった『お祝い』の時計。彼にとっての価値は高価さじゃない。祝ってもらったこと。時計はその証だよね?

 久瀬くんはそれを手放そうとすぐ考えた……私の気がすむように、なんとかしようとしてくれている。その気持ちと覚悟に対して私はただ、あがくだけ。

 もっと考えなきゃ。

 でもまず毅然と否定しなくちゃ。時計はダメ。それも大切なものだからと言ってはいけない。気を使わせるから。


「時計売るのはアウトやわ。お祝いの品やのに、失礼やよ」

「役に立つならええことない」

「でも、ダメ」


 久瀬くんは少しの間、黙って考えていた。

 やがて小さく「別の手、考えるわ」とつぶやく。

 私は小さく息をついた。


「久瀬くん、もうちょっと待つことにせえへん?」

「次の夢で事態が好転するかもしれんよな」

「そうそう。たとえば、海がどーんと割けてさっ。『十戒』のモーセみたいに」

「それで藤生くん復活、みたいな」


 いろんな映画が混じってそうな妄想に私たちはひととき盛り上がったものの、


「今日の話、サナリにもしとく」

「帰ろ。私、眠いし」

「そうしよ。僕も、なんか疲れた」


 夕日が沈むより先に、灰色が空を覆っていった。

 夜は曇。放射冷却現象もないから、今夜は厳しい冷え込みにはならないかな。そんなことを言いながら、私たちは再び家路を急いだ。

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