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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Magi Farm
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09.彼女のタマシイ

「魔のものは大丈夫?」

「あんまりいないみたいです」


 うん。よい傾向だ。

 事情は彼女もよく心得ている。

 ことの始終も初めてのお見舞いであらかた説明ずみだ。

 納得してもらうのに苦労はなかった。思えば、こんな信じがたい珍奇な話、どこからともなく誰やわからん人間から聞かされたら、疑ってかかるよね。

 これも貴重なタマシイゆえなのかしらん。


 あおいちゃんと私は、しばらくはとりとめのない話をした。

 今日はくもり。まだ雪が降らないねとか。クラスメートがお見舞いに会えなくてさみしい、とこぼすのをなぐさめてみたり。一転、ドラマのあらすじを語りつつ、お茶の入れかたを論じてみたり。

 話してても、あおいちゃんは素直で気が利いて、それに考えがしっかりしてて、大人びてる。学年は三年違うけど、気があう。……私が幼いんではというご指摘はスルーで。


「ところではるこさん」


 改まったようすであおいちゃんが言った。


「なんでしょ」

「魔のものが来なくなったんって、藤生皆ていう人のおかげなんですよね」

「うん。そう」

「そのひとに、改めてお礼を言いたいんです」

「藤生氏なら、私を通して聞いてると思う」


 あおいちゃんはうつむいて、小声で告げた。


「いままで、ありがとうございました」

「……いままで?」


 藤生氏が先に反応した。


「いままでってどういうこと? ……って藤生氏も言ってる」

「それは、つい昨日……サナリっていうひとの話を聞いて」


 サナリ!

 白河くんの忠告を思い出した。そろそろ動くって、もう来てるやんかあ!

 あおいちゃんは私のココロの動きを感じ取り、私がサナリを知っていることを理解すると、再び話しはじめた。話はたどたどしいものの、彼女のココロに浮かぶ情景が、すんなり伝わってきたので話はよく分かった。

 つまり、サナリは彼女にこう告げたわけ。


「日下部あおいは、運命として定められた寿命を越えて、生き続けてしまっている。これは法則をたがうことなので、このまま生き続けると、まず身内にその影響が及ぶ」


 脅しじゃないの?


「そんなん信じたらあかんって」


 私は彼女に強く言った。声にも出したかも知れない。

 そこへ藤生氏が口をはさんだ。といっても、あおいちゃんには聞こえていないのだが。


「嘘やないかもしれん」

「なんで?」

「サナリには嘘を話されへんてゆう魔法がかけられとるらしい。自称やけど」

「その自称が大ウソやったら?」


 ちょっと意固地な私。けんか腰である。


「本当かもしれん」

「藤生氏は彼女が死んでもええ思てんの?」

「そこまでの責任を負えるんか」

「責任を……」


 言いよどむ私に藤生氏はたたみかける。


「サナリの警告どおり、彼女も今の状態のままで、さらに彼女の身内に不幸が起こる事態になったら。今よりも悪い状況を招いた原因は俺らやぞ」


 二の句が継げない。

 でも今さら見捨てるなんてできないじゃない?

 そんな頭の中のもつれぶりを見抜かれてるのか、あおいちゃんはふたたび話しだす。


「私もほんまかなあと思ったし、どうしようか迷ったんやけど。

でも、運命より長く生きられたし、その間みんな私のこと心配してくれてるんやなってわかったし、はるこさんにも会えたし……もういいかなって。で、はるこさんに、最後にお願いなんです」


 私はどきっとした。

 最後ということばに。


「なに?」

「私のタマシイ、というの、天宮さんがうけとってほしいんです」


 ?だらけの私に、藤生氏は解説してくれた。


「魔のものの持ち物になるくらいやったら、天宮のところにおるほうがましやと」

「私のとこ? そんなことできるん?」

「できる」


 そして、私が同意するのかと聞いた。


「そりゃだって、彼女の頼みやん」


 断るわけはなかった。即座に同意した。

 藤生氏はというと、眉をよせている。私は少々心配になった。


「なにか問題あるのん?」


 しばらくの間、彼はじっと私を見ていた。

 やがて、ゆっくりと足元の花瓶を持ち上げた。


「やる」


 藤生氏はそういって、眼を閉じた。私も眼を伏せた。

 なんだろ、聴覚がぷつんと切れた感じ。道を行き交う車の音が聞こえるも、やがてだんだん遠くなってゆく。

 静けさが訪れる。

 音なく時が流れる。

 やがて……静寂を藤生氏は破った。


「おわり」


 自分の目から、光を感じた。

 あらゆる魔法から解放されたのか、感覚もいつもどおりに戻っていた。目前にいたあおいちゃんも、今は見えない。


「……彼女は?」

「天宮のところ」

「うそ、なんも変わってへんよ私」

「変わった」


 藤生氏は病棟へ眼をやった。


「人がひとり、おらんようなった」


 私は彼の視線を追った。

 ――病室では異変に気づいているころだろうか。

 看護婦さんが、お医者さんが慌ただしく動き、いつも病室に待機している彼女の母親が、ただならぬ動きにおびえる。想像に難くない、病室の情景。

 時折、空から落ちてくる白い羽のような、今年はじめての雪。灰色の空を仰いで思う。

 さっきは気軽に、いいよと言った。

 けど……自分の選んだことは、実はとんでもないことではなかったろうか。


「私、彼女に……」


 藤生氏は無言でジャスミンティーを入れ、私に差し出した。

 家で入れたときは自画自賛したくらい、良い香りと苦みとでおいしかったはずなのだ。でも今は味もわからない。暖かい液体がのどを通り抜けるだけだった。

 ふう……と私は長く息ついた。

 涙はだすまいと努力。

 でも落ち着いてる場合じゃなかった。

 スロープから歩いて近づいてくる人影に気づく。白河くんと、サナリだった。サナリは相変わらずの美青年。で、白河くんはその仲間なのか?

 サナリは藤生氏に微笑みかけた。


「例の少女は、天に召されたのでしょうか?」

「さあ」


 藤生氏はうそぶいた。冷たい目をサナリに向ける。


「うそを平気で返してくれる。アンフェアではないですか」


 サナリは微笑む表情を変えない。


「魂は、どの花瓶へ?」



 サナリは、あおいちゃんの魂を藤生氏が手に入れたと確信している。でも、今どこにあるかまでは分からないのだ。

 バラしてはいけない。私は直感的に思った。サナリにも、白河くんにも。

 藤生氏も無言だった。だれが教えるか、といった感じでサナリを斜めに見ている。


「忠告しておきます。このことで確実に、魔のものどもは皆の存在を知ったことでしょう。でも今は手に入れた事実、それだけで満足しておくべきです。その魂を人間の皆が持ち続けるなら、苅野の魔のものすべてを敵に回すことになるからです」


 藤生氏は冷ややかに返した。


「それは大変やな」

「魔のものには数々のルールがあります。魂の争奪において、上位の魔が直接参戦しないこと、下位の魔が数々の保証と引き換えに手に入れた魂を上位の魔に献ずること、とされているのもそのひとつ。

無益な争奪戦が歯止めなきがゆえに拡散せぬように、偉大にして賢明なる上主様がお定めになられたルールです」

「知るかそんなルール。俺は人間や」

「至宝をめぐる争いに加わるのなら、人も魔も、関係ありません」

「そやから大変やろなーて思てるわ」


 要するに。サナリさんはそのタマシイよこせと。藤生氏が持ってると危ないからと。

 なんか虫のよすぎる話じゃないかね。


「あんたの要求は断る。最近、なんでか知らんけどさらに魔のものがえらい勢いで増えとおしな。それで覚悟はしてる」

「それは残念です」


 サナリさんは表情を変えない。藤生氏の反抗も想定どおりってとこか。

 だけどそこへ、いまひとりの人物が割って入る。


「サナリさん。そもそも、おかしくないですか」


 白河くんだ。

 にこにこしながらも、その問いかけは鋭い。


「その弱い下級の魔物がこんなに増えてるのは、それこそ無秩序な状態になってると思うんですが。上主様の賢明なる思いと矛盾してるんでは」


 白河くんの言葉に、ぴくっとサナリが反応した……ように見えた。

 彼はサナリの仲間なのかと思ったけど、そうじゃないの?


「帰ろう、降り出す」


 藤生氏はそういって自分のリュックと私の水筒を肩にかけ、背を向けて歩き出す。

 私は二人に、そいじゃ、とだけ声をかけ、後を追った。

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