11.初詣にて〔2〕
そんなしだいで大晦日、年変わりを待つ。
張り込み決行を大晦日にしたのは単なる都合だ。友達と初詣と称して夜中に出かけられる、というだけで深い意味はない。
久瀬くんと私は、お社の裏側に張り込んでいる。
その現象をつまびらかにしたい。ひいては『ナナツギスミタカ』の幽霊にもつながるのでは。そんな期待に私は胸をふくらましている。
まさに新年へのカウントダウンは始まっていた。
声を聞きとるために、私語も厳禁だ。
でも。
おなかが少し痛い。
凍てのせいだ。冷えきった夜の空気のせいだ。
カイロでは役不足だ。ストーブが恋しい。ファンヒーターに会いたい。たき火でもないかな。
黙っているから余計に気になる。しゃべっていれば気が晴れるのに。胡桃のお菓子のことでも考えようか……。
気晴らしに、石段の方をふりかえる。
明るい。
その明るさは境内の方の照明のものではない。白々とした蛍光灯ではない。赤みを帯びた光だ。夜明けのような明るさで、石段のある地平線が満たされている。
(な、なにあれ)
幽霊出現の予兆なのか。あの悲しい声の主が現れるのか。
私は出来うる限り冷静に観察を続けた。久瀬くんもそれに気づき、石段の状況を注視する。
サッ、サッ
ほうきで掃くような音がする。
それは数度すると、また静寂に戻る。そしてまた、音が微かに伝わってくる。
規則正しく繰り返される謎の音は心拍数と同じだった。が、やがてそのリズムもずれが生じる。私の心臓の鼓動が速くなってきたからだ。
「―――っ!」
思わず、息を止めた。
石段に浮かび上がった、姿。
それは人影だった。白い装束を身にまとう。
幽霊?!
じゃないだろ。
ふつうに人間だった。
左手に炎ゆらめくたいまつ、右手に小さなほうき。白い衣に水色の袴の、神職の服装を着けた、現実の「人間」だ。
なーんだ。
神職さんは腰をかがめて、石段から社殿までの通り道を掃き清めていたのだ。
光はたいまつの火だ。あの音もほうきのような、じゃなくて本当にほうきの音だったみたい。
その神職さんは安賀島さんではない。若い人だった。髪の色を抜いているみたいだし、体格もほっそりしている。
安賀島さんの息子さん、だろうか?
彼は背筋をうーんと、伸ばした。首を左右に倒して、腰をひねる。たいまつとほうきを持ってやっているから、見た目に不思議なパフォーマンスだ。
彼はひとしきり運動を終えると、社殿に近づいていった。
私たちの視界から消える。
見えないところで、ごとごとと、音がする。扉を開いているらしい。がさごそと、音がする。中にあるものでも触っているのだろうか?
非常に気になる。
神経を集中する。まさにそのとき。
ジャンジャジャジャジャーン
『おれはジャイアン』の存在感あふれる旋律が、雄大に五秒間、流れた。
腕時計はすでに十二の数字を指していた。
「……なんやそれ」
「メールの着信音……」
かのんあたりからの『あけおめ』メールだ。
脱力する久瀬くん。立つ瀬がない私。
私、その場に泣き崩れようかな。それとも腹切って果てるか?
「なにをしているんですか」
目が合った。
神職さんと目が合った。おまけに声、かけられた。
完全に隠れてるのがばれたのだ。そりゃ、そうだろう。
「はわっ」
袖口を引っ張られた瞬間、視界真っ暗。
なんだかこの状況、前にもあったぞ……クリスマス・イヴや。
たしかあのときは相手がタチバナで、きゅっと抱きとめられていて。
でも今回、ちょっと違うのは。相手が久瀬くんで、頭を羽交い絞めにされていて、彼がいるのは背後で、肩甲骨付近のみが温かくて。
なによりロマンティックさがかけらもない点だ。
「初詣でっす」
頭の上で久瀬くんの声がした。いつもより軽妙な調子だ。
「それでかい」
彼の腕が、少し下がった。ホールドされているのは肩の上。
それに伴って視界が開けた。
すでに神職さんは一メートル先に腕組みをして立っていた。セルフレームのメガネをかけ、左耳にだけピアスをふたつ着けている。
安賀島夫人に、似ていないこともない、かも。
「ばれずにすんだらこの先僕らも安泰みたいな、運試し、みたいな」
「最近のガキどもはなにやってんだか」
そう吐き捨てたピアスの彼に、あくまで軽そうなノリで久瀬くんは答える。
「クジ引きみたいなもんデス。今年は末吉かなぁ。バレたし」
「帰れ。もしくは他でまともな初詣をしろ。ここはそういうトコじゃない。不謹慎な」
「あぁい」
私はそこでようやくホールド状態から解放されたのだった。
だが息をつくのもつかの間。せかされて、私たちは不本意ながら石段を降りていった。しばらく怖い顔で石段の上から見張られて、しかたなく歩みを進める。
―――トメテ
石段も半ばのそのときだ。
嘆きが微かに耳に触れたのは。
久瀬くんも足をとどめ、厳しい眼を虚空に向ける。彼も聞こえているのだ。
ふりかえると、今まで見張っていたピアスの神職の姿はない。
―――アノヒトヲ、トメテ
あの人って、誰だ。
―――アア、タスケテ、タスケテ……
それよりあんたは誰なんだ!
声を聞くたびに体が異常を訴え始める。
後頭部がひきつるようだ。全身がしびれてくる。おなかがズキズキする。寒気が襲う。
「寒い……」
それに息苦しい。
なにが起こっているのだろう?
肩をすくめ、細かく呼吸をくり返す。
(助けてっ)
これはあの女の人の声か。
いや、私だろうか。
全身が悲鳴をあげ出している。そしてなにかがぐるぐると、回りつづける。
(あたし、つぶされる)
「天宮さん!」
地面がゆれた。
「天宮さん! 天宮さん!」
「え、お、おなか、痛いっ」
かろうじてそれだけ言えた。