表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
89/168

11.初詣にて〔2〕

 そんなしだいで大晦日、年変わりを待つ。

 張り込み決行を大晦日にしたのは単なる都合だ。友達と初詣と称して夜中に出かけられる、というだけで深い意味はない。

 久瀬くんと私は、お社の裏側に張り込んでいる。

 その現象をつまびらかにしたい。ひいては『ナナツギスミタカ』の幽霊にもつながるのでは。そんな期待に私は胸をふくらましている。

 まさに新年へのカウントダウンは始まっていた。

 声を聞きとるために、私語も厳禁だ。

 でも。

 おなかが少し痛い。

 凍てのせいだ。冷えきった夜の空気のせいだ。

 カイロでは役不足だ。ストーブが恋しい。ファンヒーターに会いたい。たき火でもないかな。

 黙っているから余計に気になる。しゃべっていれば気が晴れるのに。胡桃のお菓子のことでも考えようか……。

 気晴らしに、石段の方をふりかえる。

 明るい。

 その明るさは境内の方の照明のものではない。白々とした蛍光灯ではない。赤みを帯びた光だ。夜明けのような明るさで、石段のある地平線が満たされている。


(な、なにあれ)


 幽霊出現の予兆なのか。あの悲しい声の主が現れるのか。

 私は出来うる限り冷静に観察を続けた。久瀬くんもそれに気づき、石段の状況を注視する。


 サッ、サッ


 ほうきで掃くような音がする。

 それは数度すると、また静寂に戻る。そしてまた、音が微かに伝わってくる。

 規則正しく繰り返される謎の音は心拍数と同じだった。が、やがてそのリズムもずれが生じる。私の心臓の鼓動が速くなってきたからだ。


「―――っ!」


 思わず、息を止めた。

 石段に浮かび上がった、姿。

 それは人影だった。白い装束を身にまとう。

 幽霊?!

 じゃないだろ。

 ふつうに人間だった。

 左手に炎ゆらめくたいまつ、右手に小さなほうき。白い衣に水色の袴の、神職の服装を着けた、現実の「人間」だ。

 なーんだ。

 神職さんは腰をかがめて、石段から社殿までの通り道を掃き清めていたのだ。

 光はたいまつの火だ。あの音もほうきのような、じゃなくて本当にほうきの音だったみたい。

 その神職さんは安賀島さんではない。若い人だった。髪の色を抜いているみたいだし、体格もほっそりしている。

 安賀島さんの息子さん、だろうか?

 彼は背筋をうーんと、伸ばした。首を左右に倒して、腰をひねる。たいまつとほうきを持ってやっているから、見た目に不思議なパフォーマンスだ。

 彼はひとしきり運動を終えると、社殿に近づいていった。

 私たちの視界から消える。

 見えないところで、ごとごとと、音がする。扉を開いているらしい。がさごそと、音がする。中にあるものでも触っているのだろうか?

 非常に気になる。

 神経を集中する。まさにそのとき。


 ジャンジャジャジャジャーン


 『おれはジャイアン』の存在感あふれる旋律が、雄大に五秒間、流れた。

 腕時計はすでに十二の数字を指していた。


「……なんやそれ」

「メールの着信音……」


 かのんあたりからの『あけおめ』メールだ。

 脱力する久瀬くん。立つ瀬がない私。

 私、その場に泣き崩れようかな。それとも腹切って果てるか?


「なにをしているんですか」


 目が合った。

 神職さんと目が合った。おまけに声、かけられた。

 完全に隠れてるのがばれたのだ。そりゃ、そうだろう。


「はわっ」


 袖口を引っ張られた瞬間、視界真っ暗。

 なんだかこの状況、前にもあったぞ……クリスマス・イヴや。

 たしかあのときは相手がタチバナで、きゅっと抱きとめられていて。

 でも今回、ちょっと違うのは。相手が久瀬くんで、頭を羽交い絞めにされていて、彼がいるのは背後で、肩甲骨付近のみが温かくて。

 なによりロマンティックさがかけらもない点だ。


「初詣でっす」


 頭の上で久瀬くんの声がした。いつもより軽妙な調子だ。


「それでかい」


 彼の腕が、少し下がった。ホールドされているのは肩の上。

 それに伴って視界が開けた。

 すでに神職さんは一メートル先に腕組みをして立っていた。セルフレームのメガネをかけ、左耳にだけピアスをふたつ着けている。

 安賀島夫人に、似ていないこともない、かも。


「ばれずにすんだらこの先僕らも安泰みたいな、運試し、みたいな」

「最近のガキどもはなにやってんだか」


 そう吐き捨てたピアスの彼に、あくまで軽そうなノリで久瀬くんは答える。


「クジ引きみたいなもんデス。今年は末吉かなぁ。バレたし」

「帰れ。もしくは他でまともな初詣をしろ。ここはそういうトコじゃない。不謹慎な」

「あぁい」


 私はそこでようやくホールド状態から解放されたのだった。

 だが息をつくのもつかの間。せかされて、私たちは不本意ながら石段を降りていった。しばらく怖い顔で石段の上から見張られて、しかたなく歩みを進める。


 ―――トメテ


 石段も半ばのそのときだ。

 嘆きが微かに耳に触れたのは。

 久瀬くんも足をとどめ、厳しい眼を虚空に向ける。彼も聞こえているのだ。

 ふりかえると、今まで見張っていたピアスの神職の姿はない。


 ―――アノヒトヲ、トメテ


 あの人って、誰だ。


 ―――アア、タスケテ、タスケテ……


 それよりあんたは誰なんだ!

 声を聞くたびに体が異常を訴え始める。

 後頭部がひきつるようだ。全身がしびれてくる。おなかがズキズキする。寒気が襲う。


「寒い……」


 それに息苦しい。

 なにが起こっているのだろう?

 肩をすくめ、細かく呼吸をくり返す。


(助けてっ)


 これはあの女の人の声か。

 いや、私だろうか。

 全身が悲鳴をあげ出している。そしてなにかがぐるぐると、回りつづける。


(あたし、つぶされる)

「天宮さん!」


 地面がゆれた。


「天宮さん! 天宮さん!」

「え、お、おなか、痛いっ」


 かろうじてそれだけ言えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ