表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
82/168

Interlude 09.

 今日一日の終焉は近いというのに、夜の帳はまだ下りない。

 藤生氏が窓の外をうかがう。通行人はまばらながらも歩いている。まだ闇は近くて遠い。


「会わないわ。カイがそう言うのなら」


 少女は礼儀正しくひざをそろえてベッドサイドに座っていた。

 藤生氏は窓の外から視線をはずしてふりかえる。


「偽らざる魂は常に純粋なもの――あんたみたいに純粋でいて、偽りに覆われた魂も珍しい」

「どういう意味?」

「『嘘つきは泥棒の始まり』って言っている。あんたこそ分かっているのか。会いたいと願う相手が誰なのか」


 少女はそっぽを向いた。

 藤生氏はそんな彼女に、険しい視線を投げる。


「これはとある歌劇の話……『ヴァン・デル・ヴェッケン』という紳士がいた。彼は紳士であり、連合東インド会社の航海長兼船長であり、そして、神に背いた者だった」


 少女は弾かれたように立ちあがる。

 おののくくちびるからは息だけが漏れた。問いかけは声にならない。

 そして、彼女は苦しげにかぶりをふる。


「あんたは『Flying Dutchman』という話を知っているかい?」

「……サッカーの?」

「それはヨハン・クライフ。八十年代オランダが誇ったエース・ストライカー……って、何歳だよあんたは」


 私、知らない。ボケ・ツッコミにならないぞ。


「とりあえずそういうタイトルの歌劇がある。ワグナーの代表作のひとつだ」


 神に背いた男は、彼の船と共に海にさ迷う運命が定められていた。死ぬことは許されない。なぜなら神の罰だからだ。

 彼はただひとつの『救い』を求めて、ひたすらに海を漂い続けていた。

 そんな永い航海の中の、ある短いひととき。入り江でその男と会ったある航海者は、宿泊の礼として財宝を授けられた。その航海者は財宝に目がくらみ、やがて時が来れば自分の娘を男の妻とすることを約束する。

 娘ははじめは反目するも……乳母に教えられた神に背いた男のバラードを歌う。歌ううち、神に背いた男に激しい同情を寄せるようになる。彼女は純粋で、夢見がちな娘だった。だからこそ娘は、魅入られるように男を救う運命を自らに定めたのだ。


「娘が、私だというの?」


 藤生氏はくちびるを結んだ。


「歌劇の話でしょ? 私が会いたい人は現実にいる。彼は会えると言ったわ!」

「出来すぎた想念は、夢を現実に変える」

「分かったわ……会いたい人はその『神に背いた男』だとする。私は彼に夢を見ているのかもしれない。でも、だから何だというの? 私が会うことで彼を救えるのでしょう? 可哀想な彼を救うことに、なぜあなたは反対するの?」


 彼はまぶたをふせ、闇に溶けるごとくに沈黙する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ