09.ナナツギの物語〔2〕
そのあと各地を転戦し、織田信長に認められたナナツギは、直属の水軍大将となった。
なったはいいがすぐ次の戦いを命じられた。
次の相手は、毛利水軍。当時最強の水軍だ。
「勝ったんよね」
「いや、負けた」
「なんでよ!」
思わずがっかり。
いつの間にか私は、ナナツギに肩入れしていた。がんばって実力でのしあがっていく。そんな様子が小気味いいし、成長ものRPGみたいで、応援したくなってくるのだ。
久瀬くんはコーヒーを少し楽しむと、また話し続ける。
「相手は戦国時代最強の水軍やしね」
その『最強』の毛利水軍。
主力は進むスピードの早い小船だ。しかもおそろしく統制のある動きをとる。火器の射程を計算しながら巧みに近づき、ナナツギの軍船に火をかける。
ナナツギは鉄砲や大砲を放つどころか、消化活動をしながら逃げまどう。しかし鉄砲を積んでいるから動きが遅い。船を片っ端から燃やされて、コテンパンに負けてしまったのだった。
「鉄張りなら、そんなことにならへんのに」
「ナナツギも気づいた。そこで作った。側面を鉄で覆った大きな安宅船をさ」
鉄張りの軍船。しかもこれまでにない大きな船。
大きな船にした理由はごく単純なものだ。
鉄を張るとどうしても動きは遅くなる。確実にまた、火矢を放たれる。鉄を張った部分は火には強いから問題ない。問題は甲板より上である。ひとつは船の重みのバランス。もひとつは人間がその上を歩くことで、むきだしの鉄の上ではすばやく動けないので、鉄を張れない。そうなると木板のままも甲板部分が弱点になる。どうするか。簡単に火矢が届かないようにすればいい……。
「今度こそ勝った」
久瀬くんは少し笑って答える。
「勝った。正しくはとっとと逃げられた」
「よかったあ」
「めでたしめでたし。というわけで、鉄張りの船と大砲や鉄砲てのはナナツギからしたら、輝かしい栄光の証なわけ。幽霊となった場合、<呪>の最も力を発揮するスタイルなのかなと」
なるほど。
どん底から勝ち上がるのに、船や鉄砲・大砲を利用した。最も大切なアイテムなわけだ。
「で、結局、苅野の殿様になったから、船を芽衣川に浮かべてるわけやね。苅野には海ないし」
「そこがね。さっきの話の主人公、『ナナツギ・ヨシタカ』という人物なんやけど」
久瀬くんは違う画像ファイル『七鬼家_系図』をクリック。
すると、名前が七段にわたってずらりと並んでいる。
私は目がくらんだ。系図が長い。長すぎ。由緒正しいおうちなのかも知れないが、実に目に優しくない長さだ。
ポインターは五段目に『嘉隆』と表示されてあるところを指している。
それが話の主人公『ナナツギ・ヨシタカ』らしい。漢字読めないけど話の流れから察するに。彼の後ろからずっと系図は続いている。世に言うところの「中興の祖」という人なのだろう。
彼の孫である『康隆』という人の横には「苅野藩」と書いている。孫の代から苅野にやって来たようだ。久瀬くんの話では、江戸時代の話という。
船を浮かべているのは、この孫以降の時代の人ということになる?
さらに系図を眺めていると……。
「……スミタカ?」
『ナナツギ・ヨシタカ』には兄弟がいる。系図の書き方からしてお兄さんだろう。そしてそのお兄さんには子供がいる。
『澄隆』という名の、おいっ子だ。
―――スミタカ殿、撤退命令を!
撤退を叫んだ、あの若殿さまの顔がフラッシュバックする。
あのイケメンな武士。
もう一度、慎重に記憶を探る。
数ヶ月たっても『闇に帰』ることはなく、すぐに思い出せるほどに鮮明だ。
私は『澄隆』の表示を指さして尋ねる。
「スミタカって、船にいた若殿」
「……たぶん」
久瀬くんはまた歯切れが悪い。
「なにか疑問が」
「でも苅野にいるのが不思議でならへん」
苅野に来たのは『ヨシタカ』おじさんの孫からだ。
「『スミタカ』が江戸時代まで長生きしたなら、苅野に来てるんやないの」
「『スミタカ』は若くして亡くなってる。叔父の孫の顔すら知らないはず」
「それは変。なら苅野に一度も来てないことになる」
「それも疑問やけど、もっと疑問が……苅野は『スミタカ』の幽霊が来たとしても締め出したいはずやないかと」
「どういうこと?」
久瀬くんはポインターを『澄隆』と『嘉隆』の間を行き来させている。
「『スミタカ』は、叔父の『ヨシタカ』に殺された」
私はカップを置いた。
「実は『ナナツギ・ヨシタカ』は統領代行やった。父親を失った小さな『スミタカ』の」
『嘉隆』につながる系図の先を追う。
……実力と地位を獲得したら、自分の子供に継がせたい。
だから邪魔なおいっ子を殺した。
さっきまでの爽快なサクセス・ストーリーが一転、血なまぐさく陰惨な悲劇へと変わる。
「スミタカが幽霊になるなら恨んで出そうやね。ヨシタカの子孫としちゃ、確かに出てきてほしくないと思うのが筋ってもんかも」
久瀬くんは小さくため息をついて、嘆く。
しょげたような表情はかなりレアものだ。
「そうやねん。なぜ、わさわざ相性の悪そうな苅野に『ナナツギ・スミタカ』が登場したのか……その背景がぜんぜん推理、いや想像さえつかんのよな」