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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Magi Farm
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08.お見舞い

「では、くれぐれも身の回りに気をつけて、よい年を迎えましょう」


 暴力事件、通り魔、コンビニ強盗。ここ数ヶ月ほど市内で頻発している事件の数々。それだけ苅野が都会になってしまったのだ、と昔からの苅野住民はそう話している。

 でも、都会化しているからだけじゃない。私はそう思ってる。

 だてに藤生氏のキテレツな行動につきあってるわけじゃないんだから。



 終業式の日だけど藤生氏は学校を休んでいた。

 白河くんがプリントの束と通知票を持ってきた。


「藤生氏に届けろって?」

「藤生君の通知票、笑えるくらい学習欄と生活欄のギャップがすごいで」

「さいてー。他人の勝手に見るかなー」


 毎度のこと、と白河くんは笑った。


「そのへんはギブ・アンド・テイクやん。だいいち、藤生くんが通知票見ただの見ないだの、気にするようなやつに見える?」

「見えへん」


 むしろ学校の成績なんぞ全く眼中にないといっていいだろう。

 かといって、勝手に見ようとは思わない。どうせ見せてくれといえば無言で渡してくれるだろうし。……自らの手持ち分と比べると悲しくなるから、見たくないけどさっ。


「今日、用事済ませたら例の公園に顔出すかもしれへんけど」


 私は彼に不審の目を向けた。


「なに考えてるん? いままでなんも関わろうとせんかったくせに」

「んー、僕の見立てではそろそろサナリさん動き出すと思うんよね。そやから、気をつけて。そいじゃ、また」


 私はほっぺたをふくらませて、怒ってるふりをして見せた。

 だけどその一方で、頼りになるかもと思っているのも事実。ほかに『呪』のことを相談できる人はいない。魔法少年藤生氏を理解してる人も。

 それに根拠はないんだけど、藤生氏さえ知らないなにかを彼は知っている、と思う。



  * * *



 藤生氏はグレーのピーコートを着て、広谷公園にたたずんでいた。

 足元には花瓶が四本。うち二本は呪でいっぱいになっている。

 おみやげはプリントと熱いお茶。藤生氏がふう、と息を吹きかけると白い湯気が立ちのぼるが、すぐに消えてしまう。


「凍頂烏龍」

「当たーりーい」


 私が何度も差し入れしてはお茶講釈を披露していたので、藤生氏は『利き茶』ができるようになったようだ。

 道路をはさんで向かい側。苅野市立総合病院の敷地だ。

 公園から見える建物は、南病棟。その五階に外科病棟があった。

 日下部あおいちゃんはそこにいる。頭を強打し意識不明のまま、二ヶ月が過ぎようとしている。


「やっぱり、もやが見えるねえ」


 どうもあの日下部あおいちゃん転落事故から、見えはじめたみたいだ。

 少しずつ、なんとなく。

 慣れとか経験とかってのは、恐ろしいもんだね。

 でもこれはラッキーなこと。藤生氏は感知が大の苦手だから、私でも役に立つようになったのだ!

 そのかわり、最近妙に金しばりが多い。二ヶ月も経ったら慣れたけど。


「やっぱりひとりやったら会話ムリ」


 藤生氏は不機嫌そうにつぶやいた。

 会話。道を隔てて離れてりゃふつうはムリだ。けど、魔法少年藤生氏のいう会話ってのは、常識の枠外でするお話。すなわち、ココロでする会話……魔法でそんなことが可能だったりする。

 ただ藤生氏は、日下部あおいちゃんのココロを見つけられない。そこで、私の感じるだけ力が発揮されるのだ。


「よし、チャレンジ!」


 私はとびきり元気を演出して、藤生氏に握手を求めた。藤生氏は病院に意識を向けつつ、手を握りかえした。手袋ごしに、冷たい手。

 藤生氏が目をつぶった。


 そういえば『感じる』ということ。

 これを、理論立てていうと難しい。

 見えないものを『見る』というのは、そういうものを感じるための触手に触れたときのことを指す。どちらかというと『触覚』に近い。あ、物体的な触覚を考えたら、ビジュアル的にはキモいので、感覚論でとらえてください。

 例えるなら――なにかいると感じたとき。それは、だいたいは他の五感いずれかが意識にはたらきかけた結果だ。視覚つまり眼で見えたからなにかいる、と意識するし、聴覚なら耳から音が聞こえて気配を感じるってぐあい。

 藤生氏の今回の魔法は、そういった感覚を遠くにとばすもの。気分的には触手があってそれを伸ばしてみました、って感じ。その触手を使って日下部あおいちゃんのお見舞いにいくのが、私の役割だ。

 しかしこれ、かなりこわい。

 なぜなら、日下部あおいちゃんの元にたどり着くまでに、魔のものも当然いるわけで。


「来たあぁ!」


 魔のものに襲撃されて半泣きの私。


「どこ」

「左ななめ前っ」


 かろうじて、魔のもの襲来位置を知らせる。

 藤生氏は花瓶をかまえて、ぼそっとつぶやく。


「くうきほう~」


 ドラ〇もんのひみつ道具『空気砲』のパク……ヒントを得て編み出された魔法らしい。

 花瓶の口から呪を放って魔のものをやっつける。その発動たるや、つぶやくだけ。気合いぜんぜん入ってないのに、威力は絶大。魔のものの姿は簡単に消えてしまう。

 しかも、やっつけた魔のものが持っていた呪を花瓶に回収するのだが、やっつけるときに使う呪よりも回収する呪の量のほうが多かったりして、タマ切れゼロ。

 人海(魔海?)戦術で攻められても心配はなさそうだ。魔のものさんは個人主義なのか、今まで集団で襲われたことはないけど。


「ありがと! まいど最強やね」

「レベル低いのばっかやし」


 藤生氏はそう言う。

 謙遜じゃない。そんなガラでもないし。実はチートで無敵ちゃうの、この人って。


「やっぱり、いくら魔のものといっても殺したことになるんかな」


 藤生氏は無言だった。

 人間を助けるため魔のものを消す、その矛盾には気づいている。


「いた。見つけたよ」

「イヤーフォン」


 藤生氏はすぐ、新たな魔法をかけた。

 彼女と私の会話を聞けるようにする魔法だ。残念ながら、彼は話しかけることはできない。聞くだけなので、イメージはイヤーフォン。電源不要・ワイヤレスのすぐれもの。


「こんにちは。今日もきましたあ」

「はるこさん」


 彼女は私の存在に気づいた。

 二ヶ月間、塾の日以外毎日会っている。すっかり下の名前で呼びあう仲良しさんだ。

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