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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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09.ナナツギの物語〔1〕

 クリスマス最高潮に突入する前に。

 期末テスト終了のごほうびに。

 久瀬くんからの指定で足を運んだ先は、苅野グラスタウンにあるリゾート型ホテル。

 グラスタウンのショッピング街のカフェから目と鼻の先にある、憧憬の場所。テーブルからの眺望を楽しむ。いつものカフェを見下ろしている。ひどく新鮮で、気分が高揚しているのが分かる。


「ただのケーキバイキングやん」


 と冷や水をあびせかける久瀬くん。

 いいじゃないか。ここに来たのはじめてだし、なにより、


「ホテルでお食事なんて、家族旅行以外、初めてなんやもん」

「そりゃ喜んでくれてどうも。今度は新神戸オリエンタルホテルはどうですか? スカイラウンジで三宮の街並を一望しながら」

「わあ! ムードあるある」

「力の限り食い尽くすのにムードもあるかいっ」


 序盤からツッコミ入りっぱなし。

 キツいツッコミは遠慮してくれるんじゃなかったのか。

 ともあれ、花より団子、色気より食い気。デザートを調達に向かう。

 ドイツ菓子。

 毎月テーマが変わるそうなのだが、今月のテーマはドイツ菓子。クリスマスらしいテーマだ。ザッハトルテに、シュトーレンに……切り分けられたブッシュ・ド・ノエルもセレクト。

 さてテーブルについて臨戦態勢に入ろう、というところだった。


「先に謝っとく」


 彼は真顔になった。私は姿勢を正して次のことばを待つ。


「幽霊船の件にしろ藤生君のことにしろ、全然話してなかった。言い訳になるけど、ちょっと時間も余裕もなかった」

「今聞かせてくれたら別に」

「ありがと。なら、はじめに幽霊船の素性をひも解こうか」

「素性?」


 私は身を乗り出した。

 幽霊船はあれから出現のウワサを聞かない。シーズン・オフやし? というのは冗談。でも橘にぶっ壊されたから修理中なのかも、と思いながら、放ったらかしにしていた。

 どう調べたらいいか分かんなかった、というのも理由だけどね。

 今、素性がわかる……ものすごく、期待。


「この苅野、昔はなんて大名が治めてたか知っとお?」


 唐突に彼は質問してきた。

 私は素直に「知らない」と答える。

 予想通りの回答だったか、特に反応を示さず(それはそれで悲しいが)カバンからタブレットを取り出す。


「そんならコレは見覚えある?」


 クリックを繰り返し開いた画像は、大きく黒い変なマーク。

 変なマークといっても至極単純な形。真ん中に黒い「丸」があり、その周囲にも黒い丸が六つ。

 覚えている。はっきりと。


 ―――三階に上がると、目の前には変なマークを黒く染めた白いカーテンが。


 私は身を乗り出して液晶画面をのぞき込んだ。


「見た! 幽霊船の楼閣の中で」

「家紋。紋章や」

「カモン、て『ええい控えおろう、このアオイのモンドコロが目に入らぬか』のアレ?」

「そうそう。そんでこれは苅野藩ナナツギ家の『七曜』」

「苅野藩、ナナツギ家」


 あのカーテンのデザインは、ナナツギ家という苅野市の殿様の家紋(カモン)だったのだ。とするとあの幽霊船は……。


「苅野藩の船なんや!」

「おそらく」


 久瀬くんは明確に肯定しない。


「なにか不審な点でも?」

「川である理由」

「……ああ」


 そうだった。久瀬くんが最大の関心を持っていたのが「なぜ船を川に浮かべるのか」なのだ。


「苅野の藩のお殿様やからやないの。んで、自分とこの川で船を浮かべた」

「微妙に納得しがたいんやけど」

「なにか矛盾でも?」


 久瀬くんは少し間を置いてから、ゆっくりと話した。


「ナナツギ家の歴史を……戦国時代にしぼって、説明してみるよ」


 七鬼。

 ナナツギ、は漢字ではそう書く。

 変な名前。陰陽道とかやってそうな感じだ。

 だが久瀬くんいわく「戦国時代はれっきとした戦国武将」とのことだった。


「出自は、志摩の国になる」


 志摩は三重県の南部のことだ。

 小学校六年の修学旅行が伊勢・志摩だったから、すぐ思い出した。伊勢海老が土地の名物。秋の終わりから冬が旬だよね。それから真珠。ミキモトってジュエリーメーカーの真珠島なんてものがある。そのころ住んでた神戸は真珠加工地という縁もあって、修学旅行には志摩に行くって聞いた。

 といった回想はこのへんにして、と。

 海やね、と私はつぶやいた。


「志摩と海、きってもきれないね。幽霊船も関係ありげ」

「ほう。知らぬ間に賢くなったな。えらいえらい天宮さん」

「アホ扱いしとるでしょ」

「えらいえらい。で、だ。志摩はすぐ背後は山で、田んぼや畑なんかは少ない。伊勢湾近辺で海賊をやって、通行料取り立てたりして」

「『海賊』って、世界をまたにかけて冒険する荒くれものでそ」

「それはマンガの中の話」


 彼いわく――膨大な資金・物量がないと長距離航海はできない。王族や貴族らがスポンサーになり資金を得れば、世界じゅうを航海する『探検家』となる。資金がなければ生計を立てるために限られた海域で他船から財を奪う『海賊』となる。なぜ限られた海域かってーと、攻撃はまだしも、退却となると潮の流れを熟知してないとすぐ身の破滅や。ま、そんな感じで、社会的見地からはまったく異なる存在やな。

 理屈屋さんぶりにはあきれ、いや感心する。

 が、難しい話は頭のはしにやっとく。久瀬くんも脱線していることには気づいていて、ナナツギは船を使って武力で稼いでた人たちだと思えばいい、とものすごくアバウトな物言いをして、話を戻す。


「ナナツギが志摩で海賊してて、それで」

「時は戦国、弱肉強食の時代。ナナツギは負けた。滅亡はまぬがれたけど、志摩の地は追われた」

「そして苅野に」

「そう甘くない」

「どうしたん」

「ひとまず織田信長を頼った。えらいついでに知ってるやろ、ノブナガ」

「『人生五十年』の人やんね」


 戦国時代といえばこの人だ。下克上の天下布武、本能寺で焼かれた人。

 ……私の認識、おかしいですかね。


「そ。のちの天下人やけど、このときの信長はまだ愛知・尾張や岐阜・美濃をおさえたばかりで、新発売キャンペーン中にすぎないんやけど、あとのことを考えると、ナナツギの統領はえらい強運とカンの持ち主やったんやろね。ナナツギは織田の武将・滝川の配下に加えてもらえることになった」

「織田信長の部下の部下ってあんまりえらくないね」

「新参者やししかたがない。最初のうちは慣れない陸戦で負けとおしやったらしい」


 なんだかパッとしない。


「でもナナツギの運がいいのはこれからやねん。織田に水軍を指揮できる人間がいなかったのがポイントやろな」


 最初の大活躍は伊勢だった。伊勢は志摩のすぐ北の国だ。

 『伊勢長島の一向一揆』という戦いだそうだ。

 織田の主力はみんな陸の武将だから、陸の上で一向一揆を取り囲んだ。

 ナナツギは船に乗り込み、海上を封鎖した。封鎖しただけでなく、上司である鉄砲大将の滝川から学んだ鉄砲を大型に改良し、船に搭載した。そして海から大きな鉄砲で攻撃した。


「大きな鉄砲。船の甲板にあった、あれ?」

「かもしれんね」


 少しずつ、ナナツギの歴史と幽霊船が結びつく。


「それで。船も鉄板の?」

「まだ。鉄張りの船が登場するのは次の話」

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