07.ある日突然、恋敵〔1〕
夜もすっかり寒くなったな、と感じる。
コンビニに行くにもなにかを羽織らなきゃ、風邪をひく。ましてやあのコンビニは徒歩十分。ちょっとそこまで、って気分じゃないよね。
実は夏休み以来ご無沙汰。体育祭に文化祭に中間テスト。忙しくて、ついつい学校の近場を利用していた。にもかかわらず、サナリさんは私を見かけると微笑んで出むかえてくれた。今日のサナリさんはレジに立っている。
お客はいない。大丈夫なんかな、このお店。他人事ながら心配だ。
「意外とお昼はお客がいるんですよ。裏手が神社の境内で、その竹林を近道にするとすぐ苅野北英高校が」
苅野北英、といったら苅野と近辺の地域でいちばん勉強のできる公立高校。せりちゃんや鹿嶋久瀬、それに橘が通う学校だ。
では彼らも来るのかというと、そこは微妙。近いのはグラウンド側の裏門で、しかも通過点の神社の竹林は砂利道だというから、徒歩客に限られる。そんな地理的条件からこの店は北英高校の体育会系部活のみなさんの御用達であるが、文化系帰宅部な彼らとは縁が薄い。ゆえにこのコンビニでの偶然の出会いは、期待薄といえよう。
「ところでサナリさん? 例の胡桃のお菓子、どこいったん」
「ぎくっ」
「ぎく、やなくて。まさか販売中止ですか」
「はい」
ショック。
近年にないハマリ菓子だったのに。
「申し訳ありませんが、発注番号がなくなっていて注文できないのです。店長さんに仕入れる方法を聞いているのですが」
難しい話はよくわからないが、とにかく今後の入荷は未定、ないかもしれないとのことだった。
どうしよう。
この店に来る意義って……サナリさんだけになっちゃった。
うつむいて途方にくれていると、サナリさんは和やかに質問してきた。
「タチバナモトイはいかがです。最近、ふたりで会ったそうですね」
なんで知っている。
とツッコもうとしたが、そういえば同じバンドだったっけ。練習中に話でも出たかな。ということは、鹿嶋久瀬も知っているかも。
ちなみに、あれから二人からはなんの連絡もない。
それはさておき、私は思いをめぐらしながら答える。
「正直なところ、わかりません。たぶんサナリさんも久瀬くんも、藤生氏のこと意識しとんのやろけど、藤生氏みたいで藤生氏みたくなくて」
「私も同じ感想です」
サナリさんの率直さは予想外だった。
「上主様には長年、あなたからするとそれこそ幾星霜ともいえる年月、私は仕えて参りました。魔法を使う術は封じられても<呪>を感じる限りは上主様がどんな姿をしていようと、ひと目で分かります」
「ひと目で分かるつもりが、分かんなかったんや」
ツッコミでなく、真剣に私は問い返した。
サナリさんは戸惑いつつ首を横に振った。
「あの人は上主様です」
私は雷に打たれたようだった。
なら、やはり藤生氏じゃないのか。
頭の中にその等式が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
サナリさんは私の反応を見て、そして自分の考えを再確認しつつ、ゆっくりと言った。
「私にすら分からぬように、お姿を変えられている、としか考えられません」
「『知っとおといえば知っとおし、知らんといえば知らん』」
「それは?」
「橘が話してたコト。藤生氏のことを知ってるのかって聞いて」
サナリさんの銀縁メガネの奥底に見える瞳は、憂愁、という言葉が似合う。
その瞳と私の目が合った。彼はささやいた。
「今後もこのコンビニにいらして頂けませんか」
私は小さくうなずいた。
「君!」
押されたように私は背筋を伸ばした。
声は背後から聞こえた。いつの間やら、お客さんがひとりいたようだった。ふり返るとバーバリーのセーターを着た、品のいい老人が立っている。
話、聞かれてたかな。聞かれてもまずい話じゃないだろうし、いいか。
「あの胡桃のお菓子、もう扱いはないんかいな」
愛好者がここにもいた。
サナリさんは私のときと同じ説明をした。私も横から「買いに来たけど、なくて悲しいっす」とぽそっと話す。
「そんなに売れゆきが悪かったんかな」
「そうですね。私の入る時間帯ですと、お客さまと、この彼女しかお買い上げがなく」
「そうかね」
かのご老人の落胆ぶりもかなりのものだ。
思うに、私の嗜好って、老人と同じか。自分、枯れてるなあ。
「今回は申し訳ございませんが、なにとぞ今後とも、当店をご利用ください」
「うん、分かった。君には公演の券を予約するんにも頼っとおしなあ。また寄らしてもらう」
「ありがとうございます」
というわけで、かのご老人は気を取り直して店をあとにしたのだった。めでたしめでたし。
えらいなあ。クレームをさわやかにまとめるところは、サナリさんさすが年の功。若そうに見えるけど、実はすごい年齢らしいし。人生経験というものか。いや、人じゃないから魔生経験……わけわかんなくなってきた。
「天宮はるこさんもまた、いらしてください」
急に話をふられてあわてた私だったけど、
「そうする」
今度は、大きくうなずいた。