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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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Interlude 06.

 この北欧の港町の夏は短いという。晴れる日のほうが珍しい。

 あくる日の空模様は雨。無風だがこころもち、肌寒い。


「今日はきっと、すばらしい夕日を見ることはできないわね」


 少女はホテルの軒先でワインレッドの傘をさしていた。

 藤生氏は不機嫌を隠さず、ぼそりとつぶやく。


「寒い」

「寒がりなのね」

「違う。あんたの服見てるとこっちが寒くなる」


 彼女は昨日の半袖ワンピースのままだった。

 藤生氏はというとTシャツにフリースをひっかけている。周囲の通行人も、市場のおじさんでさえも、上着を羽織っていた。


「だって、私、服ないもの」

「風邪ひくぞ」

「ふだんはこれくらいなんともないわ。もう少し寒くなったらローブを着ます。使い古しの毛布で作ったものだけど。かばんにちゃんと入ってるわ」


 少女はそう言うと、後ろ手にリュックをぽんと叩いた。それが少女の全財産だ。


「毛布の、ローブ」

「暖かいのよ」

「使い古しの」

「なによ、悪い?」

「いいや」


 藤生氏は後ろをついていきながら、ぽそりとつぶやく。


「ヴィンテージのローブ、最高にクール」


 少女は一瞬、きょとんとしたが、すぐに目を細めて応じる――あなたもね。

 ヴィンテージ。藤生氏はそういうけれど、鑑定でもして値段がつかなければ、お古はお古でしかない。

 毎年季節ごとに服を何枚も買い足してしまう私からすると、ひどく堅実でつつましい。いくら日本が不況だといっても、子供のころの毛布をリメイクして上着にすることはないだろう。室内着に限定したって、バーゲンで買ってしまう。


「今日のランチはおごる」


 藤生氏はつぶやきに、少女はふり返る。


「きのう結局、おれ、食べさせてもらったし」

「サンドイッチくらいいいわよ。一晩宿を提供してもらったのだから」

「あんた、金もないし、アルバイトをしようにも保証人がないだろ」


 少女は言い返そうとしたが、思いとどめた。

 藤生氏のことばは事実である。衝動的に家を出たものの、あてはなかった。あったとしても頼れば連れ戻される。保証人はお金で買えるが、そんなお金なんてない。それどころか一週間も食べつなげるかどうか。

 今さらながら、自らの無計画さにあきれはてている。少女の心境はそんなところだろう。


「雇おうか」


 少女は立ち止まる。


「……変な意味はないわよね」

「ない。俺はことばが不自由だから通訳がほしい」

「十分話せていると思うけど」

「話していても自信がない。俺はほんの短期間しか勉強していないから」

「カイは日本人だっけ。日本人はなに語を話すの?」

「日本語って言語がある」

「そうなの。英語や中国語ならここって観光都市だし、通じると思ったけど。もっとも、私はどちらも分からないけどね」


 藤生氏はカフェに入ろうと促した。

 驟雨(しゅうう)が、本降りに変わろうとしている。

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