06.タチバナと魔法の花瓶〔2〕
「呪術ツールなら出来合いより、手作りがいい」
橘は言い訳じみた話をしながら土をこねていた。
「天宮は『かわらけ投げ』って知っとお?」
「お寺とか神社で、ちっちゃいお皿投げるやつ?」
願掛けとか厄払いとかで、高い場所から素焼きのお皿を投げるんだっけ。京都のお寺と天橋立でやったことある。
花瓶製作とかわらけ。陶器つながりには違いないが、なんの関係があるのだろう。
「千尋の谷、水踊る瀑布、荒波打つ断崖。そういった場所は人が容易に立ち入ることを許さない、隔絶すべき禁足の地、神宿る地となる。かわらけを投げる場所はそういう場所が多い」
「うむ」
「てことは、かわらけは神様への呪術的メッセンジャーといえなくないか」
要は手作りだと『呪』がためやすい。そんな感じか。
一応、意図をたずねてみる。
「それと手作りであるべきとの主張とどういう関係が」
「単なる趣味」
オチか。それともまじめな答えか。
ツッコミをちゅうちょしていると、
「若いのに難しい話しとうなあ」
講師のおじさんが作業を確認しにやってきた。
橘が目線だけを、講師のおじさんに向けた。
「こんな感じですかね」
「そうそう。魂を込めると必ずええモンが出来るからな」
橘は静かに笑みを浮かべて、うなずいた。
彼の手の中の土はどんどん柔軟さを増してゆく。長くなり、丸くなり、あらゆる形に変わる。魔法の花瓶になるという土は、たしかに初心者向きの湯のみ用より、多い気がする。
どんな形になるのだろう。
彼は白い手をひっきりなしに動かし、淡々と指を土の中にうずめ続ける。他の生徒たちはとうに粘土を様様な形にかたどっている。橘は彼らが扱っている土よりさらに前段階のものをいじっているらしい。
やがて彼はおじさんの指示に従い、棒状のかたまりを作り出した。そのかたまりを積み上げて器の形を作る。そうとうに精巧に作ろうとしているらしく、棒は『筋』と言い表してよいほど、細い。
大変、集中力の要る作業だ。静かにしていよう。
……。
やはり、沈黙には耐えかねた。
この際だからと、私は最も聞きたかったことを率直に切り出した。
「藤生氏のこと知っとんの?」
橘の反応は素っ気なかった。
「知っとおといえば知っとおし、知らんといえば知らん、てとこ」
「それって謎かけ、本音、どっちなんです」
「本音。そやから器を作ってんのやんか」
「そやから器を、って? ぜんぜん分からない」
「だから、趣味」
だめだ意味が分からない。
「いったい、藤生氏とはどういう関係なんですか」
「天宮はどういう関係やったん」
橘は視線をちらっと私に向けて問う。
「関係って……」
「どう思ってたん」
「どうって、ともだち」
橘は少し手を止め、私に顔を向ける。
「率直に聞くけど。藤生皆はきみになにをした」
「なにって」
するって、な、なにを?
どういう答えを求めているんだろう。
ヘンな方向へ発想が飛んでいく。……ダメだ。顔が赤くなる。
彼は作業に戻りしばらく没頭していた。だが、やがて苦笑をおさえきれなくなったらしい、含み笑いで確認するように言った。
「笛の音に眠らされなかったやんな」
そういうことか。
私が幽霊船で『闇に帰』らなかったこと。彼も疑問に思っていたようだ。
藤生氏が私に魔法をかけて、バリアみたいなものを張ってるとか。橘はそういった類のことを尋ねているのだ。むろん私は思い至るふしもない。
……もっと早くフォローしてくれ。想像力の駆使しすぎで疲れてしまった。
「久瀬が眠らされなかったのは納得できるけど」
「なんで納得できるん?」
「なんでかな」
私が答えを出さない限り、彼も久瀬くんの理由は答えないつもりらしい。
代わりに、彼は土の塊をそっと差し出す。
「天宮さんも作ってみる?」
今までのような小バカにした笑みは影をひそめていた。理知的で落ち着いた表情は決して冷たいものではない。
「いいです。ぶきっちょやから。その、見てるほうが楽しいし」
なぜ、どぎまぎしているんだ。私は。
「一度、陶芸教室に来たことあって、マグカップにチャレンジしたんで」
「前回マグカップなら今回、お皿とかどう」
前回結果。茶碗とお皿を足して二で割った外見で、さらに底に亀裂が走っているという、常用に耐えない代物が出来上がった。金輪際、作ろうという気は酔狂でも起きないだろう。
その思い出話を聞くや、橘はバツ悪そうに無言で土に視線を落とした。
「というわけでお気遣いなく」
「……退屈やない?」
「別に。見とどけます。魔法の花瓶の製作過程」
「なら、遠慮なくゆっくり楽しませてもらうな」
彼はそう言うと、まぶたを伏せて微笑した。
そして再び粘土と向き合った。
その横顔は穏やかで、温かみをも感じる。それに一瞬の笑顔は、見守るような優しげな温容、寛容なオトナの顔。
私はそれをどこかで見た。
それは……。
(夢の中の藤生氏だ)
亜麻色の髪の乙女、彼女を見る藤生氏の視線は温かかった。「珍しい」どころではなく、見たことないかも、というくらいだった。
付け加えればセリフまでどことなくかぶっている。
どこかが、どことなく、似ている。
橘と初めて会ったとき、私はデジャヴを覚えた。それも今思えば納得がいく。
いや、違う。
納得してどうする。
目の前の人物は藤生氏ではない。なぜ藤生氏と似ていると思うのだろう。
「人に惑わされないように気をつけなさい。多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストと言い、多くの人を惑わすであろう」(マタイによる福音書第二四章五節)
イエス・キリストは偽キリストをかく述べた。
藤生氏だったらどう言うだろう。
「あ」
橘がふと顔を上げる。
「誤解してそうやからフォロー」
「フォロー?」
「かわらけ投げって、宗教儀式やなくて単なる花見の余興やから」
よきょう?
遊び半分てこと?
花見の呪術的メッセンジャーだし、手作りの方がよいとか、そういう話言ってたはずなのに。
「単なる縁起かつぎというか。かわらけ投げは座興、マイ花瓶製作も単なる趣味」
前段でかわらけと呪と花瓶について考察した時間、返してくれ。そう言いたかったが、勝手に私がミスリードしてただけって気もする。
この人、意地悪ってより、これが素なんだろうな。よけいタチが悪いわ。