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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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06.タチバナと魔法の花瓶〔1〕

 秋。夏休みボケも遠く去りゆき、芸術とおイモに心高まる季節。

 幽霊船体験から一ヶ月が過ぎようとしているけれど、未だにあのときの衝撃は忘れられない。

 幽霊船。そして魔法少年。

 不可思議というか、謎というか。残念ながらそれらは解決の糸口さえ見えないままだった。

 鹿嶋くんの携帯電話のカメラがとらえた画像には、ただ闇が広がるばかり。物証はなにも残っていない。

 かのんにはおしゃべりで体験を伝えるが、記憶だけが頼りだった。その記憶にしたってあやしいもの。なつき、せりちゃん、鹿嶋くんは、船に乗り込んだところまでは覚えていた。でも武士がいたことは忘れてしまっていた。

 『闇に帰す』。

 それは記憶を闇に葬ること。

 久瀬くんはそう結論づけ、納得していた。

 私は納得できない。魔法少年・橘はともかく、久瀬くんと私が『闇に帰』らなかったのはなぜか。それがずっとひっかかっていた。

 なお、船内で網に捕らえられた話は自主規制している。話せばどうしても、あの人物のあの魔法について説明せねばなるまい。


 そんな秋晴れの土曜日の朝。


『ちょっとつきあってもらいたい』


 橘から電話があった。

 だれが電話番号を漏らしたんだ。鹿嶋久瀬のどちらかだろうか。厳重に抗議せねば。

 いや、それより。

 私は布団にくるまりながらベッドの上で姿勢を正した。


『魔法の花瓶が欲しい』

「ちょっと理解できへんのですけど」

『藤生君は花瓶に呪を貯めていたんやなかったっけ』


 藤生君。

 その名前に、鳥肌が立った。

 彼のことを知るのは久瀬くんとサナリさんと私だけ、のはず。橘がなぜ藤生氏の名を知っているのだろう。

 いや、幽霊船の出来事を思い出せ。

 彼は苅野の結界を知り、『カギ』とやらにこだわっていた。そしてなにより、まがうことなき魔法少年だった。魔法少年に結界といえば、藤生氏が結びついてもおかしくない。むしろ、自然な発想かもしれない。

 橘はなにか知っている。私は半ば勝手にそう決めつけていた。謎が解けるかもしれない。ならば一日おつき合いするくらいの労苦は、いとわない。

 私は携帯電話を力いっぱい握りしめた。


「わかった」

『おすすめの焼物屋、ない?』

「コンダで陶器まつりやっとおよ」

『新苅野駅のホームで待つから』


 私は急いでベッドから飛び出した。



  *  *  *



 コンダ、は苅野市の北隣の町。

 漢字で書くと『今田町』。

 峠ひとつ越えた山あいの農村地帯。陶芸が昔から盛んらしく、<陶芸の里>というフレーズで町おこしをしている。

 電車とバスを乗り継いで、山と山に囲まれた狭い地域に南北に伸びる道にたどり着く。その道沿いにはそこかしこに『窯元』の看板が上がっていて、<まつり>を銘打っているからか、歩行者の数も少なくはなかった。


 私たちはぶらぶらと店を渡り歩いていた。

 買う気があるのかないのか。私が見るかぎり、橘の様子は購買意欲のかけらも垣間見えない。そもそもついて行っているだけの私など、冷やかし同然だろう。

 しかし、である。

 若いおねえさんやマダムの集団がこっちを見ている。すれ違うたび視線がぴたりと止まる。その焦点はいわずもがな。


(確かに美少年には違いない)


 タチバナモトイ、その人だ。

 こんな連れを持つのは、さぞ気分が良いだろうって……そんなわけはない。落ち着かない。見世物だ。いわゆる引き立て役、刺身のツマ。いや、アンバランスなコンビ(カップルではない!)、さながら鉄板上の神戸牛ステーキとモヤシいため?

 ネガティブに自分を見つめなおし、離れとこう、と二歩ひいた。


 道中、そこかしこでひとあし早く、紅葉が訪れていた。

 今年は記録的な早さとか。朝晩のひどい冷え込みが例年以上だからだそうだ。でも、今日は天気が良かった。むしろ暑い。秋の「夏日」……なんだか変な表現やなぁ。

 などと、どうでもいいことを考えてなんとなく複雑な気分をまぎらわしてみる私。


「陶芸教室」


 橘がぽそりとつぶやいた。

 少し心ひかれているようでもある。私は首をかしげながら、問いかけた。


「花瓶買うんやなかったでしたっけ」

「買いでも作りでもどっちゃでも」

「陶芸教室やと花瓶にはならないと思うけど」

「なんで」

「材料、湯呑みとかお皿くらいの土しかない」

「頼んでみる」


 そのまま橘は店の中に入っていった。

 私は店内の焼き物を眺めて首尾を待つ。

 店内には、素焼き風の大きな水がめもあれば、釉薬(うわぐすり)を斜めからさっとかけ流したような大胆な横長の花瓶もあり、あちこちの作品に目を奪われる。そんな中、手のひらサイズのお地蔵さんたちの一体と目があった。

 丸くて愛想がいい。そしてかわいい……。思わず手のひらに一体、二体とのっけてしまうのは、人情ってもんじゃないでしょうか。

 そんなこんなで、ひとつずつ微妙に表情が異なるお地蔵さまをとっかえひっかえして、各々とのご縁を楽しんでいるうち、


「OKやった」


 橘は報告をしに戻ってきたのだった。

 なにが?

 と言いかけてことばを飲み込む。魔法の花瓶の製作ですね。完全にお地蔵さまに心奪われてて忘れてたわ。

 受講のお誘いを受けたけど、丁重に断り、彼の製作光景を横から眺めるだけにした。

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