07.事故現場
二週間後の土曜日。
魔のものの間で評判のタマシイの主『日下部あおい』を藤生氏と私とは見張っていた。
私はダークベージュのスリムラインなワークパンツに、黒にちょっぴり金のラインをデコったアンサンブルを着ていた。少し大人のスタイルを目指したわけだが、藤生氏から感想なぞまず得られまい。
藤生氏のスタイルは、ネイビーのパーカーにグレーカラーのジーンズ、アウトドアブランドの大きなショルダーバッグ。飾り気ないけど、うまくナチュラルにきまってる。結構かっこいい。
ちなみに藤生氏はバッグに、呪がたまった小さな花瓶を忍ばせていた。
対策なんてなにもない。今回は、白河くんの協力は得られなかった。
「運命は他人が変えられるもんやない」
藤生氏と同じせりふを白河くんは口にした。
白河くんは頼まれたら嫌といえない、人のいい子。それが学校で受ける印象だった。
でも藤生氏評するに、
「できることは快く手を貸しても、ムリそうと判断したらさっさと断る、きわめてシビアで常識的で冷静な人間」
……掛け値なしにいいひとじゃないんだ。印象が変わった。
それよりも張り込みのことだけど。
こっそり監視する側からすると、監視対象の日下部あおいちゃんは、幸いな条件がそろっていた。
まず『一家で遠出』の予定はなさそうだ。父親が単身赴任中という情報を耳にしていた。隔週一回は家に戻ってくる。母親はパートにでてるそう。彼女は成績優秀、週一回ヴァイオリンに通ってる。おっとりとしたお嬢さまで、おおむねインドア系。
できるなら、Xデー前後にあまり外出してほしくなかったんだけど。
残念ながら、日下部あおいは十一時から徒歩で家を出たのだった。
仕方がない。尾行を開始した。
行き先は、キャナルシティ駅前の大型ショッピングモール『アクシア苅野』。彼女と待ち合わせる人はいない。ひとりでお買い物、のようだ。
二階の洋服売場、下着売場、おもちゃ売場と回る。余談……下着売場での藤生氏の困惑顔が印象的だった……以上。
日下部あおいはひととおり売場をチェックし終わったか、移動をはじめた。 私たちは気づかれないよう、ひとつ隣の列の売場を通った。
だけどその選択は失敗。そこはゲーム売場で、顔見知りにばったり会ってしまったのだ。
「藤生と天宮やんかぁ」
同級生の庄司くん。渡辺くんが隣にいる。彼らはニヤニヤした顔で、私たちの行く手をさえぎった。
日下部あおいが遠ざかっていく。
「おまえらってつきあっとんのー?」
無視。
私は彼らの横を通り抜けようとした。
「なんや、返事しろや」
ガラ悪っ。なんで偉そうにからんでくるのさ?
「だーうるさいわっ」
私は彼らを強引に押しのけようとした。やばい。日下部あおいちゃんの姿が見えなくなる……一方で二人はしつこくつきまとい、そんな私のあせりと抵抗でさえ、おちょくりの対象にしてる。
泣きそう……こっちは人ひとりの命かかってるってのに!
「うるさい」
藤生氏は二人をにらんでつぶやく。
「邪魔すな」
か、かなりの迫力……庄司&渡辺、固まって後ずさってる。
藤生氏はすばやく私の腕をひっつかむと、早足で彼らから離れた。私は文字どおり、引っ張られるかたちで彼についていった。
「ごめんな」
藤生氏はそう言った。
私には彼が謝ってる理由が分からないんだけど。
「謝ることは……」
「いた」
日下部あおいちゃんだ。ふたたび彼女の姿を認めた。
彼女は一階のベンチを置いたレストコーナー、インフォメーション・コーナーにつながるらせん階段を下りようとしていた。
彼女の周囲に、黒い霧みたいなものが見えた、ような気がした。
「なんかもやがかかってる?」
魔のもの。
藤生氏は鋭く言った。
まとわりつくような黒いもや。それは細胞が分裂するように増えていった。
「え、じゃあ」
「やばい!」
藤生氏はとっさにバッグを開いた。日下部あおいは突然、体のバランスを崩した。
あっという間だ。
一階レストコーナーに人だかりができた。たこ焼き屋のおじさんが、日下部あおいちゃんに声をかけていた。
彼女、ぐったりと動かない……。
私たちは二階吹き抜け部から彼女を確認した。ここにも、何事かと様子を眺める客が集まってきている。タンカがすでに運ばれてきていたが、救急が来るまで動かすなという怒号も耳にした。お客さま、離れてください。四、五人ほどの店員さんたちがやじ馬を散らそうと格闘していた。
私は一階を見るのもいたたまれず、藤生氏の顔へと視線を向けた。
藤生氏は日下部あおいの姿を凝視している。
「大丈夫、たぶん……」
「頭をカバーするように、呪をとばした」
「それなら絶対大丈夫」
「頭さえ打ってへんかったら」
「絶対助かってる!」
藤生氏は私を見ると、深呼吸をした。そして、腕を組んでフェンスにもたれかかった。
彼の体は、かすかにふるえているようだった。
私もただ、つっ立っているばかり。それが、限界だった。