05.月さえも眠る夜〔4〕
「……との連……が……」
三階に上がると、目の前にあるのは変なマークを黒く染めた白いカーテン。カーテンを少しめくると、板ふすま。梅に桜に桔梗に牡丹と、なかなかキレイだ。声はその向こうからする。
鹿嶋くんと橘が遅れて、そっと階段を上がってくる。二階の様子を確認していたのだ。二階にも武士がいる。よって、ここでどうにかやりすごす方法を考えるしかない。
ここは下の二層とは明らかに違う間取りだ。
窓があり、のぞけば甲板の様子が見える。霧がなければ、新苅野駅か駅前マンションが見えるかもしれない。満月なら月見もいいな。
「若殿。イーユウケンは最早、時間の問題とのこと」
イーユウケン? なんだそりゃ。
若い男だろうか、強い口調で答える。
「キボウホウもバミュウダも準備は整うた。我らの調練もこれまでにし、早う外海に出ねばならぬ」
「御意」
キボウホウ。喜望峰のことか。それって、どこだっけ。「バミュウダ」ってバミューダパンツのバミューダ? 地名でもあった気がする。
博学な久瀬くんなら知ってるだろう、と彼の様子をうかがって見る。
だが視界に入ったのは橘―――彼は一歩下がりながら叫んだ、
「さがれ……!」
突如としてふすまが開いた。
頭上から、網が落ちてくる。
(やられた!)
と思ったときには遅かった。
瞬時にして、私たちは投網漁の獲物になってしまった。
「うそっ」
「マジかこれー!」
まさに一網打尽。
全員一箇所にいたことが災いしたようだ。
私たちがもがく間、若いちょんまげが十人ほど、近寄ってくる。いや、中には頭を剃らずに髪を結ったまげもいる。
「いかがいたしましょう」
「闇夜に帰せ」
青年が鋭く命じた。
「話を聞かれておりますが」
「現世の者を殺すと厄介だ」
青年が若殿らしい。羽織を着て偉そう。
頭はちょんまげじゃなく、まげ。私的にはこのビジュアルの方が好きだ。ちなみに目鼻だちははっきりきりっと凛々しい。顔のつくりは今風イケメンかも。
ともあれ、少なくとも槍で一突きあの世行き、にはならない模様。
だが『闇夜に帰』す、このことばがどういう意味なのか分からない不安がある。
それに目下の問題はこの網。
「どうする、鹿嶋」
「ど、どうするって」
鹿嶋くんが答えながら、手を止める。
いず方から、笛の音が聞こえる。
ゆるやかにたゆたう、美しいメロディライン。その穏やかな音色。安心感を覚える。
心地よい。
ていうか、眠いなぁ。
…………。
(はるこさん!)
どこかで声がした。女の子の声だ。
「え」
(眠らされたらあかん!)
眠らされる?
私は、はたと目を見開いた。
「なつき! せり!」
二人は倒れていた。
私は揺さぶり、頬をはたき、起こそうとする。それでも二人は目を閉じ、深い眠りに堕ちたままだ。
「鹿嶋もや」
久瀬くんもまた、相方の体をかかえていた。橘は剣呑な目の色をたたえ立っている。
やがて、笛の音が止んだ。
「音色に囚われない、か。タダビトではなさそうだな」
その声に背筋が凍った。
ふりかえると、神社にいる人みたいな格好をした青年が背後に立っていた。なんだか陰陽師? って感じ。彼は白い手に笛を抱えていた。先ほどの音は彼のライブ演奏だろうか。
さて、若殿は少し考えていわく。
「やむを得ぬ」
その、やむを得ぬ、の続きはなに?
武士どもの槍の白刃がキラリ、ひらめいた。
……冗談やろ、それ。
「冗談も大概にせえよ。そっちこそ結界、勝手につぶしやがって」
いらついた口調で言う橘。
神社の人(?)は眉間にしわを寄せた。
「貴様、何者だ」
私もよほど『貴様何者』と問いつめたい。
しかしそんな状況ではない。
「まあええわ」
橘が鼻で笑う。
その手の中でビー球がぶつかりあい、カチカチ音をたてている。
「さほど一般の人様に迷惑かけとるわけやなし、カギ返して道開けたら、不問に付したる」
「四の五のうるさいよ。やれ」
若殿が一喝。武士が何人も槍を突き出してきた。
逃げられへん、と頭を抱えた瞬間。
どん!
と床に衝撃が走り、辺りは煙に満ちた。
その煙幕も……消えうせると、槍の武士の姿はそこにはなかった。
「カギ返すか、船壊されるか。どっちや」
橘はさっきと変わらず手の中のビー玉をもてあそびながら、宣告する。
色をなした青年神主は、若殿へと向き直る。
「スミタカ殿、撤退命令を!」
「将士の大半が帰っておらん」
先ほどに倍する衝撃が起こる。
なぜなつきたちは起きないんだろう、というくらいだ。立ってられない。
今度は背後。煙が消えると、壁面には穴がぽっかり開いていた。外は、闇だ。
「そんなに壊してほしいんや?」
神主は若殿につかみかかって訴えている。
「忠義ある彼らだ、彷徨えども必ずや戻るはず……また長い歳月を無為に待たせるってのか!」
橘がビー玉を投げる仕草を見せた。
私は腕にしがみついて、それを止める。
「これ以上壊したってしゃあないやん」
彼らはもう、私たちをどうこうしている場合ではない。そう言いたいんだけど、うまいことばが出ない。
橘は不機嫌そうな表情で言い返す。
「あんたらには単なる探検かも知れんけど、俺はそうやない」
「カギっての、渡す気まるでないか全然知らん、て感じやん、奴ら」
久瀬くんが口をはさむ。
イライラを隠さずに橘は問う。
「なにがいいたい」
「先輩、破壊活動が目的なん?」
「……お人良しが」
―――撤退!
命令は私の頭に響きわたり、大きな船のすべてに届くようにさえ思われた。
だがその命を下す若殿の顔は、苦渋に満ちていた。
……やがて目の前が急に真っ暗になり、そして、
(おしりがつめたい)
と思った。
それもそのはず。私は芽衣川の浅瀬にしりもちをついて座り込んでいたのだった。