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魔法の壺  作者: 鏑木恵梨
Spiral Stairway
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04.さぐりあい〔1〕

 あの夢は荒唐無稽な話ではない。

 確実に地球のどこか――行ったこともないヨーロッパ風の街――で展開されていそうな話だ。まあ私としては、藤生氏の挙動は素直に受け止められるものではないけれど。

 疑問を呈したいのは舞台。

 舞台である街とホテルは私が経験したことのない空間だった。『屋根裏部屋のように傾斜のついた天井』になっているホテルの内装自体、初めてであり新鮮、私にそんな発想はない。空想で創り上げるにしてはディティールが凝りすぎている。そのリアリティに私は戸惑う。

 そう考えてみると、ひとつの仮説につき当たる。


 あの夢は現実とリンクしているのではないか。


 とすると、久瀬くんはウソをついているのではないだろうか。

 私は彼に藤生氏からの連絡はないか、と尋ねた。彼は答えた。


『ないけど。どしたん、突然』


 ところが藤生氏は久瀬くんのメールを確認しだい即座に返信している。あくまでメールの内容に対して事務的に。たまたま、久しぶりのやりとりだったとしたら、ほかの感情の入る余地はあるだろう。多からずもやり取りがある、と私は想像する。

 そもそも、である。

 藤生氏が久瀬くんからのメールを見たタイミングはいつなんだろう。

 図書館に赴いた後日だろうか。後ならいいが、前の話なら虚言の可能性が高くなる。

 いまひとつ判断がつかない。

 私たちの日常と夢の中の出来事の「時の流れ」が違うからだ。

 夢を見はじめて、かれこれ数週間がたつ。ところが私が見た藤生氏の「物語」は夕焼けが去った数時間の話。数週間かけてたった一日の出来事すら終わっていない。


 ――夢は「過去」なのか。「未来」なのか。

 それとも現実ではないのか。たんに私が精緻に創り上げた絵空事なのか。

 無限階段をのぼり続けるような自問自答を、私はくり返す。




  *  *  *



 新学期。

 いきなり確認テストとは、なんと非人道的な仕打ちだろうか!

 私は武崎なつきに断固、不平をぶちまける。

 なつきは大人しく耳を傾けていたのだが、私が口を閉じるとぽそっと、つぶやいた。


「お休み気分ひきしめっしょ?」


 大人な意見だ。言い返す言葉もない。

 反論すると私のヘナチョコぶりをさらすことになるので、あえて話題を変えることにする。

 話題は、そう。アレだ。


「幽霊船の話、知ってる?」

「ゆうれいせん?」


 なつきはオウム返しに聞き返してきた。


「芽衣川に深夜、船が出現するんやって」


 私は、ちらとなつきの顔色をうかがう。

 興味ナシというわけでもなく、大いに関心を寄せているわけでもなく。

 だが彼女を誘う義務が私にはある。鹿嶋くんのためだ。

 私は平静を保つようつとめながら、落ちついて話をつづける。


「目撃したっていう人間もリーマンとか看護婦とか、まっとうな人たちなんよ。川から音や声が聞こえて、不審な構造物があると思ったら、船が浮かんでたって」

「川に幽霊船て変」

「やろ?」


 なつきは私より頭がいい。私は久瀬くんに諭されるまで不自然さに気づかなかったんよね。

 少し複雑な気分になりながら、


「しかもその船、大きくて朱塗りでハデやそうやねん」

「なんか具体的表現」

「そこが非常に興味深くてね」私は声を落とす、「探究心そそられるねんな。実際どんなんやろって、すごく」

「つぅか、すでに見に行く気マンマンちゃうのん」


 なつきは予想以上にこの話題に関心をよせている。

 すでに彼女は私が誘いをかけていることを見抜いているようだが、それはかえって好都合だった。ムダに頭を使うことなく直球勝負に出られる。


「なつきも一緒にどう?」


 しばらく彼女は口をぽかんと開けたまま、首をかしげて考えていた。

 たて続けに二球目を投げる私。


「今週土曜、夜を考えてんねんけど」

「夜って、夜中?」


 彼女は難色を示す。


「ちゃんと成人の保護者と<足>を用意しとおよ」


 鹿嶋くんはお姉さんも連れて来る、とのことだった。理由は、自動車がないと帰りが怖い、ということ。

 都会の人からすると、ガキっぽい理由だと思うかもしれない。

 が、ベッドタウン苅野市は実のところ田舎、真夜中はとことん真っ暗になる。ましてや、集合場所の新苅野駅周辺は遠景に大きいマンションがぽつねんと二棟、食事処がぽつぽつあるくらいで、あとは河原と田んぼの寂しい場所なのだ。そんなところで幽霊に対面するには、ある意味度胸がいる。

 これが神戸の生田川や大阪の淀川だったら。あまり怖くないだろう。適当にネカフェかカラオケボックスでも手配して一晩すごすやろし。


「鹿嶋くんて、あの花火の」


 なつきはすぐに思い出したようだ。

 私が、ふむ、と答えると、


「じゃあ」


 なつきは口元に手を当て、しばらく考えてからつぶやく。


「白河くんもいるんやね」

「そうやけど。不都合?」


 私は少し突っ込んでみることにした。彼女の表情は曇ってはいない。


「不都合やないよ」

「いまは親が離婚したんで、白河やなくて久瀬っていうんだけどさ、あやつはなつきのこと『小学校のときの知り合い』と言うてたけど」


 彼女は遠景を望むような表情で言った。


「そっか。離婚しはったんや」

「うん。そやから今は白河やないよ」


 と、私は受け答えしながら思う。

 私となつきの受け答えが微妙にずれている。


 私は『小学校のときの知り合いって言ってたけど、どうよ』と聞きたかったわけだ。でも、なつきは別の話に論旨を置いた。


 離婚しはったんや、って。

 彼の家庭事情を知っているからこその、反応ではないのか。それがフツウに『知り合い』と言えるものなのか。

 これはなにかあるんじゃないのか。

 深読みしすぎだろうか?


「もし、あやつとは顔を合わせたくないとかならええよ」


 思いやり半分、探り半分の提案である。


「別にそんなことないよ」

「『会いたくないやつと会っちゃったな』て顔してたし」

「そんなことないよ」


 少しなつきの表情が曇ってきた。このへんで切り上げたほうがよさそうだ。


「じゃ今週末」


 と念を押した。なつきの首が縦に動いたことを確認。とっとと別の話題に移る。


「しっかしさあ。びっくりたまげたね」

「なにが?」

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