Interlude 03.
「十分ほど待ってて」
藤生氏がライティングデスクに向かいノートパソコンを開く動作は、全く無駄がなかった。PCの起動までに椅子に腰を下ろし足を組みながら、乱雑に置かれたメモを揃えている。
少女……そして私も、彼の日常を垣間見た気がした。
無造作にテーブルに投げられた十字架の側には、分厚い本。白い山羊の皮のカバーがかかっている。なぜ山羊とわかるかって……それは私にも説明は出来ない。
大学生。
日本人。
住み慣れた家から遠く離れた都会の夜。
少女はどれも馴染みがない。不安が交錯する。
「待ってる」
と答えた少女はベッドに倒れこみ、両肩を抱えた。
屋根裏部屋のように傾斜のついた天井。落ち着いたワインレッドとディープブルーの寝具に、心地よいマットレス。心和む間接照明。窓の外に広がる港の灯。
不安が氷解し、安らぎがもたらされる。
このまま……眠りに堕ちてしまいたくなる。
藤生氏はメールを確認していた。
「白河、やなかった。久瀬やったっけ」
慣れないな、と藤生氏は独りごちた。
「苅野、芽衣川、幽霊船。幽霊船……」
藤生氏は腕組みをした。
そして無表情な彼にしては珍しく、眉間にしわを寄せていた。
厳しい表情のまま返信記事を素早くタイプする。
―――天宮さん巻き込んだら殺すぞボケ。
手遅れです。
自分から首突っ込んでます。私。
その後数人に返信し、素早くパソコンを畳んで、席を立つ。
ベッドのクッションを軽く投げつけて。
「もがっ」
クッションの的にされた少女は、本気で眠りかけていた。
しかも、おなかの虫をきゅるきゅる鳴らしながら。
「悪い。寝てるのとディナーとどっちがいい」
「ディ、ディナー」
「一階のレストラン。邪魔が入るかもしれんけど、それで良ければ」
"Ja……Nein."
「どっち?」
少女は困惑の眼差しを返し、首をかしげながら答えた。
「いいのかしら。ホテルのレストランでディナーをとるのに、私、こんな服を着ているけど」
「それ、俺に言ってる?」
この貧相な格好の二人組。どこをどう見て老婦人が『新婚さん』と勘違いしたのか。藤生氏はそれが不思議でならない。