03.幽霊船を考察する〔4〕
「いや。そうやない」
久瀬くんは言い聞かせるように強く言った。
「これやと断定すんのは早い。だいたい船体は鉄板で覆われてんのか?」
「そのへんの解説はないね。難しい」
「こんなでかいの、芽衣川やと川底こする」
「実はたいして大きくないとか」
「なのかも、だけどそれも推測にすぎず。大道具の推定は、実際見るしかないやな。芽衣川を舞台にする理由も」
芽衣川を舞台にする理由。それはイコール、不自然にも『川』に出現する理由。芽衣川でなければならない理由。
本当にそんな理由はあるのだろうか。どの川でもいいんじゃないのか。どの川でもよい、となれば淀川に浮かんだって良いし、海でも良いのではないか。
どんな船で、どういういわれか。
そこまで追求しようとする久瀬くんの探究心はすごいものだ。
私は、幽霊船が出る! と聞いて、面白そうとか、すごい、と思ったりしたくらいだから。
「理由なんて分かる? 実際に見たからいうて」
「あたって砕けろ」
抑揚なく彼は言って本を閉じた。
慎重派のこの発言は、本来から『あたって砕けろ』的行動原理な私もおぼろげな不安を感じる。
「大丈夫かな」
「大丈夫じゃない。だから僕は渡邉さんや高梨さんはご遠慮願いたい、て言うたんや」
そんなん私聞いてませんけど。鹿嶋くんに言ったのかな。
いや。
ちょっと待て。
「久瀬くんさ、私については遠慮せいとは言わんかったわけ?」
「言わへんよそんな無駄なこと。天宮さんてば、言ったって聞かない。殺したって死なない。ある意味最強」
「ええ加減にしなはれや?」
「君の不安材料はタチバナだと思ってる」
「タチバナ」
私はツッコミの舌鋒を止めた。
タチバナとは、せりちゃんを拒否した挙句に私がどうのとほざいたという輩。久瀬くんのいう『不安材料』は、ホレた張ったとかいう話のことだろうか。いびられるとか、そんなのないだろうし。
私がタチバナとやらにヒトメボレするとでも? そんなアホな!
藤生氏以上の社会逸脱ぶりか久瀬くん以上に人格歪んでない限り、私は大きな関心を寄せることはないだろう。これは自信であり、自負だ。
「不安材料てなにが」
私はあえて聞きなおした。
久瀬くんは思慮深い表情を見せ、少し間を置いて答える。
「実際見るしかないやな」
「幽霊船とおんなじかい」
私は軽口をたたいた。
だがやはり不安が心をかすめる。
久瀬くんの瞳には憂いが浮かんでいる。ほんのかすかな色合い。注意しないと分からない。
かつて見覚えがある。
二年前だ。芽衣川の噴水結界に向かったとき。
―――僕も冷静やなかったよな。
そう言いながら彼は藤生氏に思いをはせた。
その後、彼はサナリさんを裏切る。
私も今ならばそのときの感情が分かる。不安もしくは畏れ、だ。
だがタチバナなる輩を久瀬くんが懸念する理由が、私にはまったく推測できない。
ただひとつだけ考えられるとしたら。
藤生氏がらみ、とか。
飛躍しすぎだろうか。
海外ドラマを見るようにリアルな、藤生氏の『夢』。連日、あれを『見ている』ことになにか意味があると考えるのは。
努めて思いつきを装ってたずねてみた。
「……そういや最近、藤生氏から連絡ないん?」
久瀬くんは、射抜くような視線を投げてから、穏やかに返答する。
「ないけど。どしたん、突然」
「いや、ふと思い出したから」
追求するのはやめよう。逆に質問の意図を問い正されそうだ。
当たりさわりのない話題に変えよう。
「でさ、幽霊船遭遇にいつチャレンジする?」
今度は彼も、さらりと答えた。
「新月の夜」
「新月。ああよく言うやんね。『月のない夜は背中に気をつけな』」
「陳腐な言葉シリーズ、その一」
「うるさいやい」
「明るい時より幽霊も出やすい気がする、てだけのセレクトです」
じゃあさ、と私はツッコミを試みる。
「雨の日のほうが良いような気がするんやけど。光がないという意味では」
「うるさいやい」
久瀬くん、スネた。私の勝利か。
いや、彼は反論を繰り出してきた。
「だが天宮さん。雨の日は実際のとこ、条件的に良くないで」
「どして」
「大砲がぶっ放すのに適してない気がしませんか。雨よけとか面倒くさそうやし。それに」
「それに?」
「雨ん中、出かけるのはやだ」
……大いに納得させられた。
* * *
就寝前にメールが届いた。
鹿嶋くんからだ。
『幽霊といやあ新月の夜。
てなわけで来週土曜夜十一時集合。では皆の衆、体調完備のほど!
>天宮嬢、皆様に連絡願い奉る』
鹿嶋くん、テンション高いっす。
来週土曜ということは、新学期入ってからだ。
夏休み中じゃないのは『新月』うんぬんより、宿題の問題じゃないのか。と勘ぐってみたり。
とりあえず、私はメールをせりちゃんとかのんに転送した。
それからなつき……まだこの話をしていない。どうしよう。承諾してくれるだろうか。
……明日考えよう。とりあえず眠い。今日は頭使いすぎた。
おやすみなさい。